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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 闇魔法の理解者と地下図書室の秘密

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第21話 マリアベル・ラベリエ

 魔獣事件から、三日が経った。


 あの日、お姉様が闇魔法を使ってしまった事実。

 それを「火魔法の早期発現」という嘘でシャリアの目をあざむいたこと。

 私たちは薄氷の上を歩くような、張り詰めた日常を過ごしていた。


「……」


 私は、自室の窓から中庭を見下ろしていた。

 午後ひる下がりの穏やかな陽気。メイドたちが忙しなく働いている。

 平和な光景だ。でも、私の心の中は嵐のように荒れていた。


(……シャリア……)


 心の中では、もう「お母様」とは呼んでいない。

 呼びたくない。

 お姉様を苦しめ、私の記憶を奪い、お父様を操り人形にした女。

 そして一周目では、実の娘を処刑台へ送った冷酷な魔女。


(……絶対に……許さない……)


 窓枠を掴む手に力が入る。

 でも、感情だけで動いてはいけない。今はまだ、私には力がなさすぎる。

 必要なのは「証拠」だ。

 シャリアが悪事に手を染めているという、決定的な証拠。


(……催眠薬……) 


 一周目の記憶。お姉様は言っていた。

 十六歳の時、シャリアに命令されて私に催眠薬を飲ませたと。

 そんな危険な違法薬物が、公爵家にあるはずがない。

 あるとすれば――密造しているか、隠しているか。


(……どこにあるんだろう……)


 シャリアは、いつも自分の部屋か、鍵のかかった地下室にいる。

 私が近づこうとすれば、鋭い勘ですぐに気づかれるだろう。

 迂闊うかつな行動はできない。一度でも疑われたら終わりだ。

 私は唇を噛んだ。

 焦りが募る。でも、何もしないわけにはいかない。

 お姉様を守るために。未来を変えるために。


(……なんとかして……調べたい……)


 そして――その日の午後。

 チャンスは唐突に訪れた。

 いつものように窓から庭を監視していた私は、息を呑んだ。


「あっ」


 屋敷の正面玄関から、青い外出用のドレスをまとったシャリアが出てきたのだ。

 後ろには数名のメイドが付き従っている。


「……外出……?」


 私は思わず呟いた。

 シャリアが日中に外出するのは珍しい。普段は屋敷に籠もって仕事をしているはずだ。

 でも、今日は馬車が用意されている。

 買い物か、あるいは貴族同士の社交だろうか。


(……理由はなんでもいい。……今なら!)


 心臓が早鐘を打つ。

 シャリアがいない。数時間は戻ってこないはずだ。

 今なら、部屋や地下室への侵入経路を探れるかもしれない。 

 鍵の場所、隠し扉の有無、少しでも手がかりがあれば。


(……でも……)


 私は慎重に考えた。

 シャリアは賢い。罠を張っているかもしれない。

 もし、部屋を調べたことがバレたら――。


(……危険だ……)


 でも――このチャンスを逃せば、次はいつになるか分からない。

 リスクを冒してでも、踏み込む価値はある。

 私は深呼吸をして、覚悟を決めた。


(……行こう……)


 私は扉に向かい、ドアノブに手をかけた。

 その時――。

 コン、コン。

 扉の向こうから、ノックの音が響いた。


「……?」 


 私はビクリとして手を止めた。

 お姉様? リリナさん?

 いや、ノックのリズムが違う。もっと冷たく、事務的な響き。


「失礼します、アミア様」


 聞き慣れない声だった。

 女性の声。落ち着いているけれど、どこか底冷えするような低い声。

 私は警戒しながらドアを開けた。


 そこには――一人のメイドが立っていた。

 でも、見たことがない顔だった。

 黒髪をきつく後ろで束ねた、三十代くらいの女性。


 メイド服を着ているが、その立ち姿には隙がなく、足音すら立てていない。普通のメイドとは違う、冷たい刃物のような空気を纏っている。

 目が――鋭い。

 まるで、私の心を解剖しようとしているかのような、感情のない目。


「……あの……」


 私は戸惑いを装って尋ねた。


「どなたですか……?」

「初めまして、アミア様」


 メイドは、完璧な角度で丁寧にお辞儀をした。


「私は、マリアベル・ラベリエと申します」

「この度、メイド長としてこの屋敷に配属されました」

「メイド長……?」


 私は驚いた。

 一周目の記憶に、こんな人はいなかったはずだ。

 いや、私が関わらなかっただけで、裏では存在していたのかもしれない。


「はい。普段は裏方の仕事が多いので、お目にかかる機会がございませんでした」


 マリアベルは静かに微笑んだ。

 でも――その笑顔は、能面のように冷たかった。


「本日は、少しお話がありまして参りました」

「……お話……?」


 私の胸に、嫌な予感が走る。


「ええ。シャリア様からのご伝言です」

 マリアベルの目が、スッと細められた。

「……シャリアお母様から……?」

「はい。『アミアの様子を見てきなさい』と」


 マリアベルは淡々と言った。 


「最近、お疲れのようだと心配されておりました」

「……そう、なんですか……」


 私は小さく頷いた。

 心の中で警鐘が鳴り響く。


(……様子を見る……?)

(……まさか……疑われている……?)


 あの夜の食事での会話。私の「火魔法」の説明。

 シャリアは納得したふりをしていたけれど、やはり完全には信じていなかったのか。


「それで――少しお部屋を拝見してもよろしいでしょうか?」


 マリアベルが、静かに、しかし拒絶を許さない口調で言った。


「……え……?」


 私は息を呑んだ。


「お部屋を……拝見……?」

「はい。お部屋の整理や、何か不便なことがないか確認したいのです。あくまで、メイド長としての務めですので」


 マリアベルは微笑んでいる。

 でも、その目は笑っていない。


(……これは……)


 私の背筋が凍る。


(……罠だ……!)

(……詮索せんさくだ……!)


 マリアベルはシャリアの手先だ。

 私の不在や不審な行動を怪しんで、証拠を探しに来たんだ。


「整理」なんて口実で、徹底的に調べるつもりだ。

 もし――あの「アミアの計画書」が見つかったら。

 もし――あの「スターリーフ」が見つかったら。

 あの日、森の洞窟で手に入れた希少な発光草。


 あれが見つかれば、私が森の深部まで入ったことがバレてしまう。「入り口付近で逃げ回っていた」という嘘が露見し、シャリアにさらなる尋問を受けることになる。


(……まずい……!)


 私は必死で考えた。

 でも、断るわけにはいかない。

「見せられません」と言えば、それこそ「何か隠している」と自白するようなものだ。


「……はい……どうぞ……」


 私は、精一杯の笑顔を作って招き入れた。

 大丈夫。計画書とスターリーフは、机の引き出しを抜いた先の奥底、天板の裏側に貼り付けて隠してある。簡単には見つからないはずだ。


「ありがとうございます」


 マリアベルは、音もなく部屋に入ってきた。

 そして――ゆっくりと、部屋を見回し始めた。

 ベッド。机。本棚。窓。

 視線の動きが鋭い。ただ見ているだけではない、何かを探している目だ。

 私は――ただ、入り口で立ち尽くして見ているしかなかった。


(……何も……ない……)

(……何も……出ないで……)


 心の中で祈る。

 マリアベルの視線が、私の方へ戻ってくる。


「アミア様」

「……はい……?」

「最近、どこかへお出かけになりましたか?」


 マリアベルが、唐突に尋ねた。


「……いえ……庭で散歩したくらいです……」


 私は、できるだけ自然に答えた。


「そうですか」 


 マリアベルは頷く。

 そして、一歩近づいてきた。圧迫感が増す。


「シャリア様のお部屋には……お近づきになりましたか?」

「……え……?」 


 心臓が跳ねる。


(……っ!)

(……やっぱり……そこを疑っている……!)


 私がシャリアの秘密を探ろうとしていること。それに感づいている?


「……いえ……近づいていません……」


 私は、必死で無垢な子供を演じた。


「シャリアお母様のお部屋は……お仕事の大切な場所ですから……」 

「勝手に入ったりは……しません……」

「そうですか」


 マリアベルは、静かに微笑んだ。


「よかったです。あそこには危険な薬品もございますので、お子様が近づくのは危ないと、シャリア様もご心配されておりましたので」


 言葉の端々に、「警告」が含まれている。

 近づくな。嗅ぎ回るな。見ているぞ、と。

 マリアベルは、さらに部屋を物色し始めた。


 机の引き出しに手をかける。

 スッ……。

 引き出しが開けられた。


(……っ!)


 中に入っているのは、教科書や文房具だけ。一見すれば、普通の子供の机だ。


 けれど、その引き出しを抜いた先の奥底――彼女の視線からわずか数センチ上の死角である天板の裏側には、私が溶かした封蝋ワックスを接着剤代わりにして厳重に貼り付けた『未来を変えるための計画書』と、『ハンカチに包んだスターリーフ』がある。


 もし、これが見つかったら。

 私だけの問題じゃない。

「嘘をついていた」という事実は、お姉様に火の粉となって降りかかる。


 お姉様にとって、シャリアは実の母親だ。

 絶対的な支配者であり、長年心を縛り付けてきた恐怖の対象。

 もし、実の娘に騙されていたと知れば、あの女はどうするか。


(……許さないはずだ……)


 間違いなく、お姉様を精神的に追い詰め、二度と逆らえないように心を壊しにかかるだろう。

 場合によっては、あの「記憶を消す薬」や「洗脳」を再び使うかもしれない。


 私が証拠を隠しきれなければ――やっと結んだ「共犯関係」が、お姉様の破滅に繋がってしまう。

 それだけは、絶対に阻止しなければならない!


(……お願い……!)

(……気づかないで……!)


 マリアベルは引き出しの中身を確認し、指先で奥の板をトントンと叩いた。


 私の心臓が止まりそうになった、その時。

 パタン。

 彼女は引き出しを閉めた。


 天板の裏側という死角にまでは、考えが至らなかったようだ。


 本棚を見る。ベッドの下まで確認する。

 その手際は、熟練の密偵のようだった。


 数分後。

 長い、長い数分後。


「……特に問題はなさそうですね」


 マリアベルは、私に向き直った。


「お部屋も綺麗に整っていますし、不要なものもございません」

「……ありがとうございます……」


 私は、安堵のため息を噛み殺して頭を下げた。


「それでは、失礼いたします」


 マリアベルは、丁寧にお辞儀をした。

 そして――踵を返して部屋を出て行った。

 カチャリ。

 ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。


「……はぁ……ッ」


 私は、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 全身から力が抜ける。冷や汗で背中がびっしょりだ。


(……危なかった……)


 マリアベルは――シャリアの手先だ。

 私を疑って、証拠を探しに来たんだ。

 今回は何も見つからなかったけれど、これで目をつけられていることは確定した。


(……よかった……計画書も、スターリーフも見つからなくて……)

(……お姉様との秘密も……守れた……) 


 でも――。

 私は窓の外を見た。

 シャリアの馬車は、まだ戻ってきていない。

 絶好のチャンスだったはずの時間。


(……これで……今日は動けない……)


 マリアベルに邪魔されて――探りを入れる機会を潰された。

 あえてこのタイミングで来たのだとしたら、私が動くのを読んでいたのかもしれない。


(……くっ……)


 私は、唇を噛んだ。

 悔しい。

 証拠が取れなかった。一歩も進めなかった。

 しばらくして、窓の外を見ると――シャリアが馬車で戻ってきていた。


 優雅に降り立つその姿を見て、私は確信した。

 彼女の守りは堅い。生半可な覚悟では、尻尾を掴むことすらできない。


(……次の機会を……待つしかない……)


 私はベッドに座り、膝を抱えた。


(……でも……)

(……マリアベル……)


 あのメイド長は危険だ。

 シャリアの目となり耳となり、私を常時監視している。

 これからは、屋敷の中での行動一つ一つに気をつけなければならない。


(……気をつけないと……次は、逃げられないかもしれない)


 私は深く息を吐いた。

 未来を変えるための戦いは――私が想像していた以上に、困難で、息の詰まるものだった。


 ***


 その夜――。

 夕食の時間になった。

 私は、重い足取りで食堂に向かった。

 扉を開けると、大きなテーブルにシャリアとお姉様がすでに座っていた。


「アミア」


 シャリアが、私を見て優しく微笑みかけてくる。

 その笑顔に、背筋が粟立あわだつ。


「今日は、マリアベルが訪ねたそうね」

「……はい……」


 私は席に着きながら、小さく頷いた。


「部屋の様子を見に来てくれました」

「そう。よかったわ」


 シャリアは、グラスを傾けながら言う。

 その赤い瞳は――獲物を甚振いたぶるように、楽しげに私を観察している。


「最近、あなたが一人でどこかに行ったり、勝手なことをしていないか心配だったのよ。何か、困ったことはない? 不自由があれば遠慮なく言ってね」


「……いえ……特にありません……」


 私は、できるだけ自然に、子供らしく答えた。

 動揺を見せてはいけない。


「そう。ならいいのだけれど」


 シャリアは満足そうに頷き、静かに紅茶を飲んだ。

 私は――シャリアの横顔を盗み見た。

 優雅で、美しい。

 公爵夫人として完璧な姿。

 でも――その裏には、恐ろしい秘密と、冷酷な計算が隠されている。


 マリアベルを使って私を牽制し、動きを封じた。

「お前は見られている」という無言の警告。


(……負けない……)


 私は、テーブルの下で拳を握りしめた。


(……絶対に……)

(……いつか……必ず証拠を見つける……)

(……そして……お姉様を守る……)


 夕食が終わり――私は、逃げるように自分の部屋に戻った。

 窓の外を見つめる。

 夜空には星がきらきらと輝いている。一周目の地下牢から見た空と同じ。


 でも、私の心は暗かった。

 証拠が取れなかった。


 マリアベルという新たな敵に阻まれた。

 シャリアの蜘蛛の糸は張り巡らされている。


(……でも……諦めない……)


 私は、窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。

 11歳の、幼い顔。でも、その目は死を知った者の目だ。

(……必ず……未来を変える……)

 長い、長い夜が始まった。

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