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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第二章 魔獣事件再び、変えられない運命

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幕間12 過去の亡霊と、魔法兵団の誓い

 ネフェリアとアミアが救出された、二日後。


 王都、魔法兵団本部。

 張り詰めた空気が漂う団長室の扉が、静かにノックされた。


「調書がまとまりました」


 入ってきたのは、大量の書類を抱えた一人の女性だった。


 紫色の長い髪を低い位置で二つ結びにし、理知的な光を宿す紫色の瞳の前には、銀縁のメガネが掛けられている。肌は陶器のように白く、少女のようなあどけなさすら残る外見だが、白と青を基調とした軍服をアクティーとは対照的に隙なくきっちりと着こなす彼女こそが、魔法兵団が誇る頭脳、調査係のレイシア・フォーネだ。


 部屋の中では、ナフィリア(アクティー)とレオが、深刻な面持ちでテーブルを囲んでいた。


「ご苦労、レイシア」


 アクティーが短く労い、差し出された分厚い調書を受け取る。


「えぇっと、結論から申しますと――」


 レイシアが、メガネのブリッジを中指でくいっと押し上げ、普段の飄々(ひょうひょう)とした雰囲気とは違う、冷徹な分析官の顔で言った。


「現場で採取された『爆発薬』と『暴走薬ベルセルク・ポーション』……成分を分析した結果、これらはリィエル公爵家が独自に精製したものである可能性が極めて高いです」

「やっぱりか。あの女狐め」


 アクティーは舌打ちし、ドサリと書類を机に投げ出した。


「しかし団長。問題なのは薬の出処だけではありません。『使われ方』です」


 レイシアの声が低くなる。 


「魔獣を人為的に暴走させ、連鎖的にパニック(スタンピード)を引き起こす……。この実験的な手口は、我が国と敵対関係にある『アセレリア帝国』の軍部策略家が好む戦術と酷似しています」

「アセレリア帝国……だと?」


 アクティーの目が鋭くなる。隣国アセレリア帝国。かつてこの国と激しい戦争を繰り広げた軍事国家だ。


「おいおい、冗談じゃないわよ。今は休戦条約が結ばれているはずだろ? 表立って軍事行動はできないはずだ」

「ええ、表向きは」


 レイシアは頷き、冷徹に分析を続ける。


「ですが、帝国内の強硬派は戦争の再開を望んでいます。……もし、休戦中にこちらの領土内で『自然災害に見せかけた魔獣暴走』を起こせれば? 手を汚さずに我が国の戦力を削ぐことができます」

「なるほどな……。そのための『実験』ってわけか」


 アクティーが、ギリリと歯噛みする。


「シャリアの女狐め……金か権力のために帝国の策略家に薬を売り、あろうことか実の娘たちが遊びに行く森を『実験場』として提供したのか」

「……売国奴が」


 レオも思わず低い声で毒づいた。点と点が繋がり、最悪の図式が浮かび上がった。


「しかし団長、これだけでは決定的な証拠になりません」


 レイシアが悔しげに言う。


「相手は公爵家。それに背後に帝国がいるとなれば、証拠は徹底的に隠蔽されます。踏み込むには、過去の因縁を含めた『動かぬ証拠』が必要です」


 重苦しい沈黙が流れる中、ふとレオが口を開いた。


「……あっ、そういえば。先日保護したリィエル公爵の娘――ネフェリア嬢を見て思い出したんですが」

「なんだレオ、言ってみろ」


 レオは記憶の糸を手繰り寄せるように、天井を見上げた。


「確か、十一年前だったかな。当時のリィエル公爵こうしゃく――つまり、ネフェリア嬢の実の父親であるジェック・リィエル様が、森で行方不明になった事件をご存知ですか?」

「森で?」

「はい。まだ俺たちが魔法兵団に入りたての新兵だった頃です」


 レオの言葉に、アクティーが眉をひそめる。


「……あぁ、なんとなく覚えているわ。公爵家の夫君が突然消えたって、大騒ぎになった事件ね」

「そうです。表向きの記録では『盗賊の仕業』とされて処理されました。……ですが、前の団長であるレイシラム様と、当時の副団長だったレイフェ教官が、裏で何か言っていたのを耳にしたことがあるんです」

「……なんて?」

「『盗賊にしては、手際が良すぎる』……そして『帝国の影が見える』と」


 レオの声のトーンが下がる。


「あの事件、結局なんの手掛かりも得られず、不自然なほど迅速に『探索の打ち切り』になりました。……まるで、誰かが無理やり幕を引いたかのように」


 アクティーとレイシアが顔を見合わせる。

 十一年前の夫君失踪。そして今回の娘たちの遭難未遂。

 背後に見え隠れする、帝国とリィエル家の癒着。


「もみ消されたってわけか……。根は深いわね」


 アクティーが立ち上がった。その瞳には、新たな決意の炎が灯っている。


「レイシア、レオ」

「はい?」

「そのレイシラム前団長に会いに行くか」


 ***


 王城の一角にある、王立図書館。

 膨大な蔵書が眠る静寂の空間に、三人の足音が響く。

 窓際の席に、一人の初老の男性が座っていた。

 白髪を綺麗に撫で付け、丸眼鏡をかけた知的な風貌。かつて魔法兵団を率いた猛者とは思えないほど、今は穏やかな空気をまとっている。


 元魔法兵団団長、レイシラム・フォルス。


「……おや。これは珍しい客人が来たものだ」


 レイシラムは読んでいた古書を閉じ、穏やかに微笑んだ。


「現・魔法兵団長のナフィリアに、副団長のレオ。それに調査係のレイシアくんか。……私のような引退した老人に、何の用かな?」

「レイシラム前団長さん、単刀直入に聞きます」


 アクティーは礼儀正しく、しかし鋭い眼差しで切り出した。


「十一年前の、ジェック・リィエル様行方不明事件について教えてください」


 その瞬間、レイシラムの穏やかな表情が凍りついた。

 メガネの奥の瞳が、鋭く細められる。


「……今更、あの事件を蒸し返してどうするつもりだ?」

「今まさに起きている事件と、根が繋がっている可能性があるからです。……リィエル公爵家と、アセレリア帝国の癒着について」 


 アクティーが核心を突くと、レイシラムは重い溜息をついた。

「……そうか。あの家の呪いは、まだ続いていたのか」 

「呪い?」

「ああ。……十一年前、我々もリィエル家を疑っていた。当時の公爵夫ジェック氏は、妻であるシャリアが帝国の人間と密会していることに気づき、告発しようとしていた……という情報があった」


 レイシラムは遠い目をして語り始めた。


「だが、彼は消された。事故に見せかけてな。我々は証拠を掴みかけていたが……上からの圧力で捜査は中止させられた。シャリア夫人の実家や、帝国と通じている有力貴族たちが動いたんだ」

「……くそっ」


 アクティーが拳を握る。やはり、11年前からこの国は蝕まれていたのだ。

 そして、アクティーはもう一つの疑問を口にした。


「……なら、今の夫はどうなんですか? アミアの父親、アレト・ファミル伯爵です」

「アレト……か」


 レイシラムの表情が、さらに渋いものになる。


「彼もまた……不可解だ」

「不可解?」

「ああ。アレト伯爵は元々、情熱的な魔道具師だった。だが、シャリア夫人と再婚してリィエル家に入ってから……まるで『別人のように』変わってしまった」


 レイシアが手元の資料を見ながら補足する。


「ええ。最近の調査でも、彼は工房に引きこもって、ただひたすら魔道具を作り続けているそうです。公の場にもほとんど姿を見せず、シャリア夫人の言いなりになっているとか……」

「まるで感情を失った人形のようだ、という噂もある」 


 レイシラムが静かに言った。


「我々も、何らかの薬物や精神干渉を受けているのではないかと疑ってはいた。……だが、証拠がない」

「証拠が……」

「本人が『自分の意思で研究に没頭している』と言えば、それまでだ。肉体的な傷もない。……シャリア夫人は、あまりにも手口が巧妙すぎる」


 十一年前に消された夫。そして今、心を殺されている夫。

 リィエル公爵家の闇は、想像以上に深く、そして今なお家族をむしばみ続けていた。


「無念だったよ。レイフェ副団長などは、最後まで抗議していたがね。……彼女は今でも、兵団を退いた後も個人的にあの事件を追い続けていると聞く」


 レイシラムは立ち上がり、アクティーの肩に手を置いた。


「ナフィリア。今の団長はお前だ」


 彼の瞳に、真剣な光が宿る。


「私にはできなかったことだ。だが、お前なら……その若さと、恐れを知らぬ行動力なら、あの分厚い権力の壁を壊せるかもしれない」

「……レイシラム前団長さん」

「私の代わりに、この事件を解決してくれ。……過去の亡霊を、そしてこの国を狙う帝国の野望を、今度こそ止めてやってほしい」 


 それは、先代からの「遺言」にも似た、重いバトンだった。

 アクティーは、背筋を伸ばして敬礼した。


「――拝命いたしました。必ず、真実を暴いてみせます」

「うむ。頼んだぞ」 


 レイシラムは満足そうに頷き、再び本へと視線を落とした。

 王城の図書館を出た三人は、夕暮れの空を見上げた。

 空は赤く燃えている。まるで、これから始まる公爵家、そして帝国との全面抗争を予感させるように。


「行くぞ、二人とも」

「はい!」


 過去の因縁と、現在の陰謀。

 全ての点が線で繋がろうとしていた。

 魔法兵団の戦いは、魔獣相手だけではない。

 国を蝕む「巨悪」との戦いが、静かに幕を開けたのだった。

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