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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第二章 魔獣事件再び、変えられない運命

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第20話 偽装の火魔法

 魔法兵団に守られ、私たちはリィエル公爵家の屋敷へと戻ってきた。

 門の前には、既に連絡を受けていたのか、蒼白な顔をしたメイドたちが整列して待っていた。そして、その中心には――。


「ネフェリア! 無事だったの、よかった!」


 シャリアが、演技たっぷりに駆け寄ってきて、お姉様を抱きしめた。

 ふわりと、高級な香水の匂いが漂う。本当に娘を心配して一睡もしていなかったなら、こんな完璧な身だしなみでいられるはずがない。

 甘い毒を含んだような、完璧な母親の仮面だ。


「……お母様……」


 お姉様の身体がわずかに強張るのを、私は見逃さなかった。

 シャリアは、ついでとばかりに私にも視線を向ける。


「アミアも、よく無事だったわね」

「……はい」


 私は小さく頷いた。

 シャリアは、お姉様から身体を離すと、アクティー団長に向き直り、優雅に一礼した。


「シャリア公爵夫人。お嬢さん方は確かに送り届けましたよ」


 アクティーさんが、ぶっきらぼうだが力強く言った。 


「ありがとうございます、アクティー団長。娘たちを助けていただき、感謝の言葉もございませんわ」

「仕事だからね。……それじゃ、行くよレオ」

「はい」


 アクティーさんは私たちに向き直り、ニカッと笑った。


「災難だったわね。ゆっくり休みなさい」

「……あ、あの!」


 私は勇気を出して声を上げた。


「……助けてくれて……本当にありがとうございました……!」

「私も……感謝します……」


 お姉様と一緒に深く頭を下げる。

 アクティーさんは満足そうに頷き、レオさんと共に颯爽と去っていった。

 その背中は、どこまでも大きく、眩しかった。


 *** 


 屋敷に入ると、シャリアが鼻をおおう仕草をした。


「二人とも泥だらけね。まずは湯浴ゆあみをしてきなさい。リリナ、手伝ってあげて」

「はい、奥様! さあ、お嬢様方、こちらへ」


 リリナさんに促され、私とお姉様は公爵家の広い大浴場へ向かった。

 前室に入る。リリナさんが「お湯の温度を見てまいります」と言って浴室へ入っていった。

 お姉様は疲れ切った様子で、鏡の前で泥だらけの服のボタンを外し始めている。


 ――今だ。


 私は素早く、脱ぎ捨てた自分の青と赤のスカートのポケットに手を入れた。

 指先に触れる、カサリとした植物の感触。


 ――残りの一株となった『スターリーフ』だ。

 昨夜、洞窟でお姉様の傷を治すために一株使い、残った最後の一株。


 もしこれが見つかれば、薬草に詳しいシャリアのことだ、「どこでこんな珍しい草を?」と怪しまれ、私たちが森の深部まで入り込んでいたことがバレてしまう。


「森の入り口で迷っていた」という嘘が通じなくなる。


 お姉様は背中を向けて着替えている。気づいていない。

 私はリリナさんが戻ってくる前に手早くハンカチでそれを包み、用意されていた新しい寝巻きのポケットの奥深くへと押し込んだ。


(……ふぅ、間に合った……)


 証拠隠滅を確認し、私は服を脱いで浴室へと入った。

 お姉様も続いて入ってくる。

 温かいお湯が、森での恐怖と汚れを洗い流していく。

 リリナさんが身体を洗ってくれ、その後、二人で大きな湯船に浸かった。


 リリナさんは前室で着替えの準備をしている。今なら、二人きりだ。

 私はお姉様の耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。


「……お姉様。あとで、お母様に報告する時……口裏を合わせてください」

「……え?」


 お姉様が目を見開く。


「……分かってる。私の『闇魔法』のことよね?」

「はい。それと……私の『光魔法』のこともです」


 お姉様は、ハッとした顔をした。

 そう、あの時、私はお姉様の前で「ライトショット」を使った。お姉様は私が光魔法使いだと知っている。

 そして昨夜、洞窟で互いの秘密を守ると誓い合ったばかりだ。


「アミアの光魔法……あれも、秘密にするの?」

「はい。光魔法は目立ちすぎます。お母様に知られたら、どう利用されるか……」

「……そうね。分かったわ」


 お姉様は真剣な眼差しで頷いた。


「じゃあ、どう説明するの? 私たちがどうやって生き延びたか……」

「……『火魔法』です」

「火魔法?」

「はい。私が火魔法に目覚めたことにします。お姉様の水魔法と、私の火魔法で撃退したと」


 私は、お湯の中で小さく火を出してみせた。

 ポゥ、と赤い炎が揺れる。それは光のまやかしではない、私の中に宿る本物の火だ。


「すごい……アミア、本当に火が使えるのね」

「……はい。でも、これをお母様への『目隠し』にします。私が火魔法使いだと思わせておけば、私たちの本当の切り札である『光』と『闇』からは、関心を逸らせるはずですから」

「……! そういうことね、分かったわ」


 私たちは顔を見合わせ、小さく苦笑した。

 共犯者としての絆が、温かいお湯の中で深まっていく。


 ***


 お湯から上がり、私たちは身体を拭いた。

 リリナさんが用意してくれたのは、肌触りの良いシルクの寝巻きだった。 


 私はポケットの上から、そっと『スターリーフ』の感触を確かめた。大丈夫、ここにある。

 リリナさんが浴室を出て、髪を乾かす為に必要な魔道具を取りに行っている間。

 洗面台の鏡の前で、お姉様がふと私の肩に手を置いた。


「アミア……」


 鏡越しに見るお姉様の顔は、まだ少し蒼白だった。

 これからシャリアと対峙し、嘘をつかなければならない。その重圧に押しつぶされそうになっている。


「私……うまく嘘をつけるかしら……。お母様の目を見たら、怖くて……全部話してしまいそうで……」


 お姉様の手が震えている。

 相手は実の母親だ。長年、支配され続けてきた絶対的な存在。

 彼女を欺くことは、お姉様にとって世界を裏切るような恐怖なのだろう。

 私は、震えるお姉様の手を、自分の両手で包み込んだ。


「大丈夫です、お姉様」


 私は鏡の中のお姉様を真っ直ぐに見つめた。


「私がついています。私が話しますから、お姉様は私に合わせて頷いてくれるだけでいいんです」

「……アミア……」

「私たちは、あの森で生き残ったんです。あんな恐ろしい魔獣からも、二人で守り合って生還したんです」


 私は力を込めて言った。 


「だから……お母様なんて、怖くありません」


 それは自分自身への言い聞かせでもあった。

 お姉様が、ハッとしたように私を見る。そして、深呼吸を一つして、私の手を握り返してくれた。


「……そうね。私には、アミアがいる」

「私たちが守り合えば……何も怖くないわ」


 お姉様の瞳に、光が戻る。

 私たちは頷き合った。

 血の繋がらない姉妹。けれど、死線を越えた私たちは、誰よりも強い絆で結ばれている。


「行きましょう、アミア」

「はい、お姉様」


 私たちは手を繋いだまま、前室を出た。

 戦場(正餐の間)へ向かうために。


 ***


 正餐の間へ案内されると、テーブルには温かいスープやパンが並べられていた。

 上座にはシャリアが座り、私とお姉様を待っていた。


「さあ、座りなさい。疲れたでしょう」


 シャリアが優しく微笑む。けれど、その目は笑っていなかった。

 獲物を品定めするような、冷徹な観察眼。

 私とお姉様は席に着き、食事を始めた。

 スプーンを置いたタイミングで、シャリアが切り出した。


「……それで」


 場の空気が、一瞬で張り詰める。


「昨日の魔獣事件……衛兵からの報告では、大型のマッドウルフが現れたそうね。雇った護衛たちは逃げ出したとか」


(……え? 逃げ出した? 違う、衛兵さんたちは必死に戦ってくれていた……!)


 私は内心で反発したが、口には出さなかった。

 シャリアが衛兵たちを「無能」だと貶めることで、「では二人はどうやって生き延びたのか」という質問への布石を打っているのだ。


 シャリアは紅茶を一口飲み、静かに問いかけた。


「あなたたちは、どうやってあの一晩を生き延びたの? あの魔獣から、どうやって?」


 核心を突く質問。逃がさないという圧力が、言葉の端々に滲んでいる。

 相手は長年支配され続けてきた、絶対的な存在である実の母。彼女を欺くことは、お姉様にとって世界を裏切るような恐怖なのだろう。


(……大丈夫です、お姉様)


 私は――テーブルの下で、震えるお姉様の手をぎゅっと握りしめた。

 ハッとして私を見るお姉様に、安心させるように強く握り返す。

 そして、シャリアへと顔を上げた。


 洞窟の星明かりの下で交わした、あの誓いを果たすのは今だ。


「……お母様」


 私は、震える声で、けれどはっきりと答えた。


「……私の火魔法と、お姉様の水魔法で倒しました」

「火魔法……?」


 シャリアが、目を丸くする。これは演技ではない、純粋な驚きだ。


「アミア、あなた……火魔法が使えるの?」

「……はい。でも、自分でもよく分からなくて……」


 私は困惑した表情を作りながら、右手を前に出した。


「……昨日、魔獣に襲われて……死にたくない、お姉様を守りたいって必死に願ったら……突然、手のひらが熱くなって……」


 言葉と同時に、魔力を練る。


(……火よ……)


 ボッ、と小さな音を立てて、私の掌の上に赤い炎が揺れた。


 光のまやかしではない。私の中に眠るもう一つの確かな属性――『火魔法』だ。まだ制御が不安定で小さく揺れているが、それが逆に「極限状態で早期発現した」という信憑性を生む。


 あの夜に机に向かって立てた計画通り、この本物の火が、私の真実を隠すための最大の『偽装カモフラージュ』となってシャリアの目を欺いたのだ。


「……これです……」

「……まあ……」


 シャリアが、感嘆の声を漏らす。


「本当に……火魔法……」


 シャリアの目が、鋭く光る。ただの連れ子に向けられる無関心なものではない。利用価値のある新しい玩具こまを見つけた、猛禽類もうきんるいのような目だ。


「……でも……昨日まで……使えなかったんです……」


 私は、わざとらしく不安げにシャリアを見上げた。


「……今朝、森の中で……もう一度出るか試してみたら……少しだけ出せるようになりましたけど……これが火魔法なんでしょうか……? 私はまだ十一歳なのに……」

「……ええ、間違いないわ」


 シャリアが、私を見つめる目が完全に変わった。


「火魔法よ、アミア。通常、魔法が使えるようになるのは十五歳前後の魔力選定の儀の後……でも、稀に極限状態で早期発現することがあるわ」

「あなたの場合――ネフェリアを守りたいという強い想いが、才能を早期に開花させたのでしょう。ファミル家の血筋かしらね」

「……そう……なんですか……」

「ええ。素晴らしいわ、アミア。これからはその才能を伸ばしなさい。リィエル家のためになるわ」

「……はい、お母様」 


 私は殊勝しゅしょうに頷いた。

 内心で、安堵の息を吐く。

 シャリアは納得した。お姉様の「闇」にも、私の「光」にも気づかず、「火魔法の早期発現」に完全に関心が向いたのだ。


 テーブルの下で、お姉様の手の震えが止まっていた。

 私たちは、見えない場所で強く手を繋ぎ合ったまま、この最大の危機を乗り越えたのだ。


「さあ、今日はもうお休みなさい。二人とも、本当によく頑張ったわね」 


 シャリアが満足げに微笑む。

 私たちは一礼して、正餐の間を後にした。


 ***


 食事を終え、私とお姉様は二階へ上がった。

 廊下を歩き、それぞれの部屋の前まで来る。

 メイドの姿がないことを確認して、お姉様が私の手をそっと握った。


「アミア……」


 お姉様の声が、わずかに震えていた。


「ありがとう……私を庇ってくれて……」

「アミアの機転のおかげよ。火魔法を見せて、お母様の目を逸らさせるなんて……」

「いいえ、お姉様」


 私はお姉様の手を握り返し、小さく微笑んだ。


「お姉様の秘密を守るためですから。……それに、私の『光』のことも」

「うまくいきましたね」

「ええ……お母様、信じてくれたみたい」


 お姉様が、ほうっと息を吐く。その瞳には、安堵と感謝の色が浮かんでいた。

 昨夜、洞窟の中で私たちは誓い合った。

 お姉様の「闇」と、私の「光」。この二つの力を、決してシャリアには悟らせないと。


「私たちの真の力は、誰にも渡さない。……二人だけの秘密よ」

「はい。……お姉様、ゆっくり休んでくださいね」

「ええ、アミアも。……おやすみなさい」


 お姉様は名残惜しそうに私の手を放し、自分の部屋へと入っていった。

 私も自分の部屋の扉を開け、中に入って鍵をかけた。


 一人、静寂に包まれた部屋。

 私はすぐに机へと向かった。

 寝巻きのポケットから、ハンカチに包まれたものを取り出す。

 開くと、そこには淡く青白い光を放つ『スターリーフ』――残りの一株があった。


(……これは、いつか必ず役に立つはず)

(……でも、絶対に見つかってはいけない)


 私は机の引き出しをそっと引き抜いた。

 そして、机の上に置いてあった手紙用の「封蝋シーリングワックス」とキャンドルを手に取った。


 キャンドルの火で赤いロウをたっぷりと溶かし、昨日とりあえず隙間に押し込んで隠しておいた『作戦計画書』の羊皮紙と、ハンカチに包んだスターリーフの端に垂らした。

 そして、それらを引き出しが収まっていた奥の空間――机の天板の裏側という絶対の死角へと強く押し当てた。


 数秒後。

 冷えて固まった蝋が強力なのりの代わりとなり、二つの秘密は逆さにしても絶対に落ちなくなった。

 引き出しを戻せば、下から覗き込んでも絶対に見えない場所だ。


 こうして、長い一日が終わった。

 私の計画――「魔獣襲撃事件の回避」と「お姉様の心の守護」。

 その第一歩は、無事に成功した。


 私はベッドに入り、天井を見上げた。

 泥のように眠りたいけれど、頭は冴えている。

 明日からは、魔法の訓練。地下室の調査。そして、いつか来るシャドウとの対決。


(……負けない……)


 私は目を閉じ、強く誓った。

 これが、私たちの反撃の始まりだ。

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