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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第二章 魔獣事件再び、変えられない運命

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第16話 光の奇跡ライトショット

 翌朝。

 窓から差し込む眩しい朝日が、部屋を照らしていた。

 今日は、ピクニックの日。

 そして――一周目で私たちの運命を狂わせた、「魔獣事件」が起こる日。


「……絶対に……迷子にならない……」


 私は、鏡の中の自分に向かって小さく、けれど力強く呟いた。

 お姉様の側を片時も離れない。そうすれば、お姉様が一人で闇魔法を使う状況は作らせない。

 リリナさんが部屋に来て、着替えを手伝ってくれた。


 動きやすいように、青と赤の生地を基調とした、貴族らしい仕立ての散策用のドレスを選ぶ。しっかりとした生地で、前には金色のボタンが並んでいる。そして何より重要なのは、いざという時のためにスカートの横に深めのポケットが付いていることだ。

 ライトブルーの髪もしっかりと結んだ。準備は万端だ。


「アミア様、今日はピクニックですね。楽しんできてください」


 リリナさんが、無邪気に微笑む。


「……はい」


 私は小さく頷いた。これは遊びじゃない。お姉様の未来を守るための、戦いだ。

 一階へ降りて、家族揃っての朝食を済ませる。

 お姉様は心底嬉しそうで、シャリアも完璧な母親の仮面を被って微笑んでいた。


「さあ、そろそろ出発しましょう」


 シャリアが優雅に立ち上がる。


「はい、お母様!」


 お姉様が元気に答える。


 私は――シャリアの背中を、じっと見つめた。


(……あなたの計画通りには……させない……)


 心の中で、強く誓った。

 屋敷の前には、リィエル公爵家の紋章が入った立派な馬車が待機していた。


 シャリア、お姉様、そして私が乗り込む。


 別の馬車には、お姉様付きのメイドと、屋敷が雇った護衛の衛兵たち。


(……あれ? 護衛が、たったの二人……?)


 私は、微かな違和感を覚えた。公爵家の妻と娘たちが郊外の森へ赴くにしては、あまりにも警備が手薄だ。


 すべてシャリアの手配だというが、嫌な予感が胸の奥で警鐘を鳴らす。


 (……まさか、最初から……?)


 疑念を深める私を乗せ、御者の合図で、馬車がゆっくりと動き出す。

 カタカタと、車輪が石畳を叩く音が響く。

 窓の外を流れる景色。遠ざかる屋敷。


 そして――賑わう城下町へ。

 商店、民家、行き交う人々。十一歳の頃の、平和な風景。


 一周目では退学になって屋敷に閉じ込められ、もう二度と見ることができないと思っていた景色だ。


「素晴らしいお天気ね」


 シャリアが、窓の外を眺めながら満足げに言う。


「はい、お母様。風も気持ちいいです」


 お姉様が嬉しそうに答える。

 馬車は城下町を抜け、郊外へ。

 鬱蒼うっそうとした木々が道の両側に並び始める。緑の葉が風に揺れ、ざわざわと音を立てる。


「もうすぐ着くわね」


 お姉様が私を見て言った。


「……はい」


 私は小さく頷いた。

 心臓が早鐘を打っている。緊張で指先が冷たい。


(……来る……魔獣が……)

(……絶対に……隙を見せちゃいけない……)


 やがて、馬車が止まった。


「到着しました、お嬢様方」


 御者の声。

 私たちは馬車から降りた。そこは――『精霊の森』の入口。

 木々に囲まれた、開けた草原。

 色とりどりの花が咲き乱れ、蝶が舞う、ピクニックに最適な美しい場所。


「わあ、綺麗ね!」


 お姉様が感嘆の声を上げる。

 シャリアも、計算された角度で優雅に微笑んでいる。

 メイドたちがテキパキとバスケットを運び、木陰に布を敷く。

 衛兵たちは剣を腰に下げ、周囲を警戒しながら配置につく。


「さあ、こちらに座りましょう」


 シャリアに促され、私たち三人は草原の上に座った。

 具材を挟んだパン、新鮮な果物、焼き菓子。豪華なお弁当が広げられる。


「いただきます」


 食事を始める。

 美味しい。温かい陽射し、心地よい風。

 何も知らなければ、幸せな家族の風景そのものだ。


「ネフェリア、アミア、楽しんでいる?」


 シャリアが優しく尋ねる。


「はい、お母様!」


 お姉様の笑顔が眩しい。


「……はい」


 私も頷く。でも、視線は常に周囲を巡っていた。


(……一周目では……私が何かに夢中になって……迷子になった……)


 地下牢でのお姉様の言葉を思い出す。


『あなたが……何かに夢中になって……迷子になったの』

『私が気づいて……探しに行ったの』


 私は、具材を挟んだパンを強く握りしめた。


(……でも、今回は絶対に迷子にならない)

(……お姉様の側を離れない……)


 そう強く誓いながら、残りのパンを飲み込む。

 やがて食事が終わり、ゆったりとした時間が流れる。

 シャリアは優雅に紅茶を楽しみ、お姉様はメイドと談笑している。


「ネフェリア、少し森を散歩しましょうか。腹ごなしに」


 シャリアが提案した。


「はい、お母様!」


 お姉様が嬉しそうに立ち上がる。


「アミアも一緒に来なさい」

「……はい」


 私は即座に立ち上がり、お姉様の隣に並んだ。

 三人で森の入口から奥へと続く小径を歩く。メイドたちと衛兵も数歩遅れてついてくる。

 木々の間から差し込む光が美しい。


「綺麗ね」


 お姉様が言った。

 その時。

 私の視界の端に、何かが映り込んだ。

 森の奥――木々の隙間に、奇妙な『光』が見えた。


(……あれは……何……?)


 小さな、青白い光。

 キラキラと、手招きするように瞬いている。


 花? それとも――宝石?


 ドクン。


 心臓が大きく跳ねた。

 私は――その光に、強烈に引き寄せられた。

 まるで、意識の一部を持っていかれるような感覚。


(……綺麗……)


 頭では「離れちゃダメだ」と警鐘が鳴り響いているのに、まるで不可視の糸で心を引かれているように、足が勝手に動いてしまう。


「あ……」


 気づいた時には――私は、シャリアとお姉様から数メートルほど離れていた。


「アミア? どうしたの?」


 お姉様が振り返った。


「……あそこに……何か光ってます……」


 私は、森の奥を指さした。


「光……?」


 お姉様が私の元へ戻ってくる。


「本当ね……何かしら……」


 お姉様も、その光に気づいたようだ。


「あまり奥に行かないでね」


 シャリアが、後ろから声をかけた。その声には、どこか期待のような響きが含まれていた気がした。


「はい、お母様」


 お姉様が答える。

 私とお姉様は――二人で、その光の方へ歩いた。

 少しずつ、少しずつ。

 木々の間を抜け、草を踏みしめて。

 そして――光の正体が見えた。


 木の根元に咲く、小さな花。青白く発光する、幻想的な花。


「わあ……綺麗……」


 お姉様が感嘆かんたんの声を上げる。


「……本当に……」


 私も、その花に見入ってしまった。


 そして――その瞬間。

 世界の空気が、一変した。


 ガサガサッ!! 


 背後から、乱暴に草木をかき分ける音がした。

 風とは違う、獣の荒い息遣い。


「――っ!」


 私は弾かれたように振り返った。

 そこには――黒い影が動いていた。

 いや――影じゃない。獣だ。


「……魔獣……!」


 私の悲鳴に近い声が響く。

 森の茂みから、巨大な黒い獣が姿を現した。

 四足歩行。ナイフのような鋭い牙。長く尖った耳。


 全身が闇のような黒い毛に覆われている。

 マッドウルフ。

 そして――その後ろから、もう一体。

 燃えるような赤い体毛を持つ獣。

 レッドウルフ。


「お嬢様方!」


 遠くから、衛兵の切迫した叫び声が聞こえる。

 ハッとして見回すと――私たちは、いつの間にかシャリアたちからかなり離れた場所にいた。

 木々が視界を遮り、彼女たちの姿は遠い。


「な、何で……!」


 駆けつけようとした衛兵が、立ち止まって驚愕の声を上げる。


「魔獣は夜行性のはず……! どうして昼間に……!」


(……どうして……?)


 私は戦慄した。

 一周目では――私が一人で迷子になって、一体の魔獣に襲われたはずだ。

 でも――今回は違う。私は迷子になっていない。お姉様と一緒にいる。


 なのに――魔獣が現れた。しかも、二体も。

 それに、様子がおかしい。

 魔獣たちの目は異常に充血し、口からは大量のよだれを垂れ流している。


 ただの獣ではない。何かに強制的に興奮させられ、狂暴化しているようだ。


(……未来が……変わっている……?)


 背筋に冷たいものが走る。私が「迷子にならない」という選択をしたことで、運命の歯車が狂ってしまったのか。


 いや――違う。

 様子がおかしい。魔獣たちの目は異常に充血し、口からは大量のよだれを垂れ流している。ただの獣ではない。何かに強制的に興奮させられ、狂暴化しているようだ。


 (……まさか……偶然じゃない……?)


 一周目でも、私が迷子になったから襲われたんじゃなかったとしたら?

 誰かが意図的に、この狂った魔獣たちを私たちの元へけしかけていたのだとしたら? 護衛がたった二人しかいない、この手薄な状況も……。


(……シャリア……!)


 ヒプノ草という帝国の毒を隠し持っていたあの女なら。私たちを排除するために、このピクニックという『罠』を最初から仕組んでいたとしてもおかしくない。


 黒いマッドウルフが、シャリアたちのいる方向へ唸り声を上げて立ちはだかる。


 私たちと、本隊を分断するように。


「ネフェリア! アミア! こちらへ!」


 シャリアの声が聞こえる。

 でも――マッドウルフが威嚇し、衛兵たちは近づけない。


「お嬢様方、逃げてください!」


 衛兵が叫び、剣を抜いてマッドウルフに向かっていく。

 だが、異常な興奮状態にある魔獣の力は凄まじかった。

 マッドウルフの前足の一撃が、衛兵を軽々と弾き飛ばした。


「ぐわあっ!」


 衛兵が地面に叩きつけられる。


「逃げて! お嬢様方!」


 別の衛兵の叫び声。


「アミア、走りましょう!」


 お姉様が、強く私の手を握った。


「っ……はい!」


 私たちは――走り出した。

 シャリアたちのいる方向は塞がれている。森の奥へ逃げるしかない。

 木々の間を縫い、草を踏みしめ、枝を避けて走る。息が上がり、心臓が痛い。


「ネフェリア! アミア!」


 シャリアの声が、どんどん遠くなっていく。

 背後からは、追ってくる気配。

 地面を蹴る重い音。枝が折れる音。

 気づけば、シャリアやメイドたちの姿は完全に見えなくなっていた。


 私たちは――お姉様と私だけ、森の中で完全に孤立してしまった。


「……お姉様……」


 私は、震える声で呟いた。


「大丈夫よ、アミア」


 お姉様が、痛いほど強く私の手を握ってくれる。


「一緒にいれば、大丈夫。私が守るから」


 でも――その時。

 ガサガサッ。

 前方の茂みが揺れた。

 木々の奥から――何かが近づいてくる。


 そして――現れた。

 赤い体毛の獣。

 レッドウルフ。

 先ほどの一体だ。私たちを執拗に追ってきたのだ。


 ギラギラと飢えた光る目が、私たちを獲物として見つめている。


「……っ!」


 お姉様が、私を背に庇うように前に立った。


「アミア、私の後ろに!」


 そして――お姉様は、手を前に出した。

 躊躇ためらいはない。私を守るために。


「水よ、我に力を! 水の弾丸ウォーターショット!」


 お姉様の手から、抱えるほどの透明な水の塊が発射された。

 レッドウルフの顔面を狙って飛ぶ。

 だが――レッドウルフは、嘲笑うように軽々と避けた。

 横に跳躍し、水の塊をかわす。

 そして――着地と同時に、こちらへ襲いかかってくる。


「きゃっ!」


 お姉様が、私を抱えて咄嗟に横に飛ぶ。

 レッドウルフの鋭い牙が、ついさっきまで私たちがいた空間を切り裂く。


「……っ! もう一度!」


 お姉様が、体勢を立て直して再び魔法を放つ。


水の弾丸ウォーターショット!」


 二発、三発。

 でも――また避けられる。レッドウルフは速すぎる。

 私は確信した。

 尋常な獣よりも遥かに俊敏で、凶暴だ。


 間違いなく、シャリアが持ち込んだ不浄な薬の影響だ。

 そして――再び距離を詰め、襲いかかってくる。


「お姉様!」


 私は叫んだ。

 水魔法では――決定打にならない。

 レッドウルフの動きを止めるには、威力が足りない。

 レッドウルフは、じわじわと私たちを追い詰めてくる。

 お姉様は――肩で息をしている。魔力を使いすぎている。


(……このままじゃ……!)


 お姉様の手が震えている。

 このまま追い詰められたら、お姉様は――より強力な『闇魔法』を使ってしまうかもしれない。

 私を守るために。


(……ダメ……! お姉様に、あんな悲しい魔法を使わせるわけにはいかない!)


 私は、決意した。

 お姉様の前に立ち、小さな手を魔獣に向ける。


「アミア!? 何してるの!?」


 お姉様が、驚愕の声を上げる。

 でも――私は引かなかった。


(……光よ……!)


 心の中で、叫ぶ。

 隠している場合じゃない。お姉様を守るためなら。

 一周目のあの死の淵で……私が時間逆行の奇跡を起こした時に、確かに掴んだあの感覚。

 シャドウが『最大の脅威だ』と恐れ、私を殺そうとした百年に一人の力!


(……私に……力を……!)

(……お姉様を……守りたい……!)


 魔力を練る。手のひらに、全身全霊の力を込める。

 まだ実戦で制御なんてできない。でも――今は、これしかない。


(……っ……!)


 レッドウルフが、襲いかかってくる。牙を剥き出しにして。


(……お願い……!)

(……力を……!)


 その瞬間――

 手のひらが――熱くなった。

 それと同時に、恐怖で震えていた私の心が、すうっと静まっていくのを感じた。


 まるで、温かく澄んだ光が頭の中の不安を洗い流していくような、不思議な感覚。


(……これが、私の中に眠っていた光魔法……!)


 外部からの魔法に守られたわけじゃない。ただ、お姉様を守りたいという私自身の「覚悟」が、十一歳の小さな体で、この眠っていた光の魔力を引き出したのだ。


(……いける……!)


光の弾丸ライトショット!」


 私の手から――光の玉が飛び出した。

 まばゆい光。透明な氷とも、水とも違う。

 純粋な魔力の奔流。


 一直線に、レッドウルフに向かって。 


 カッ……!


 爆発音はない。ただ、圧倒的な閃光が音もなく空間を切り裂き――レッドウルフの耳を貫いた。


「ギャウッ!」


 レッドウルフが、悲鳴を上げて転げ回る。


「……っ!」 


 私は、自分の手を見て息を呑んだ。


(……出た……!)

(……実戦で……初めて……!)


 手のひらを見る。まだ、熱い。魔力が、残っている。

 でも――頭が、ぼんやりする。一度使っただけで、こんなに疲れるなんて。

 レッドウルフは、怯んでいる。耳から、血が流れている。


 でも――致命傷じゃない。まだ、動ける。

 レッドウルフは――再び、こちらを睨んだ。

 怒りに満ちた目。そして――襲いかかる体制を取る。


「アミア……!」


 お姉様が、私の隣に立った。驚きに目を見開いている。


「あなた……光魔法が使えるの……?」

「……分かりません……でも……」


 私は、震える声で言った。


「……今……無我夢中で……出ました……」

「そう……」


 お姉様が、強く頷いた。


「でもアミア、顔色が真っ青よ。大丈夫なの……?」

「……初めて使った反動で、体が……驚いているみたいです……」


 私は、正直に答えた。膝がガクガクと震え、頭がひどくぼんやりする。でも――体の奥底には、まだ温かい光の源泉が脈打っているのを感じる。ただ、それをどう引き出せばいいのか――今は分からない。


「分かったわ」


 お姉様が、私を庇うように前に立つ。


「アミア、私の後ろに」

「お姉様……」

「大丈夫」


 お姉様が、微笑んだ。


「私が……守るから」


 レッドウルフが、襲いかかってくる。


「今よ!」


 お姉様が叫ぶ。


水の弾丸ウォーターショット!」


 お姉様の水魔法が、レッドウルフの顔面を狙う。

 魔獣が横へ跳躍してそれを避けようとした瞬間――その着地地点を読んでいたかのように、私は体の奥で脈打つ光の熱を、無理やり手のひらへと引きずり出した。


光の弾丸ライトショット!」


 水の塊をかわした先の空間で、レッドウルフは待ち構えていた光の弾丸に無防備な体を捉えられた。


 ドスッ!


「ギャウッ!」


 レッドウルフが悲鳴を上げる。

 光の玉が、今度は前脚を貫いた。

 体勢を崩したところへ、お姉様の追撃の水弾が顔面に直撃する。


 ドォン!


 レッドウルフは吹き飛び、木に激突した。


「もう一度!」


 お姉様が叫ぶ。容赦はしない。


水の弾丸ウォーターショット!」


 トドメの一撃。

 水圧の塊が、無防備な腹部に叩き込まれる。


「ギャウゥゥ……」


 レッドウルフが、地面に倒れ伏した。ピクリとも動かない。


「……倒した……」


 私は、息を切らしながら呟いた。

 お姉様も、同じように息を切らしている。


「アミア……大丈夫……?」

「……はい……なんとか……」


 私たちは、その場にへたり込んだ。

 魔力を使いすぎた。頭が、ぼんやりする。

 身体が、重い。


「……少し……休みましょう……」


 お姉様が、優しく言った。


「……はい……」


 私は、木の幹に寄りかかった。お姉様も、隣に座る。


(……倒した……)

(……二人で……なんとか……)


 私は、安堵の息を吐いた。

 お姉様に闇魔法を使わせずに、切り抜けられた。

 でも――。


 ズザッ。


 草を踏む音がした。


(……まだ……もう一体いる……)


 マッドウルフ。黒い魔獣。

 衛兵たちと戦っていたはずのあいつは――どこに?

 私は、周囲を警戒した。でも――何も見えない。

 静かな森。木々の葉が、風に揺れている。


「……大丈夫……かしら……」


 お姉様が、不安そうに呟く。


「お母様たちは……」

「……きっと……大丈夫です……」


 私は、小さく答えた。

 衛兵がいる。メイドもいる。シャリアもいる。

 だから、きっと――大丈夫。

 そう自分に言い聞かせ、信じたかった。


 ――けれど、現実は残酷だった。


 ズッ……ガサッ。


 再び、重い足音が草を踏みしめる音がした。

 静寂を取り戻したはずの森の奥から、『それ』は確実にこちらへと近づいてくる。


「……っ!」


 私とお姉様は、立ち上がった。

 そして――現れた。

 黒い体毛の獣。

 マッドウルフ。

 まだ終わっていなかった。

 絶望の影は、静かに、そして確実に私たちを追い

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