表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第二章 魔獣事件再び、変えられない運命

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/43

第13話 絶望の惨劇からのリスタート

 絶対的な闇と、死の冷気。 

 私の意識は、深い沼の底へと沈んでいくようだった。

 痛い。お腹が焼けるように熱く、そして凍えるように冷たい。

 息ができない。肺が動きを止め、心臓の鼓動が弱まっていく。


(……私……死ぬ……)


 意識が、遠のいていく。

 視界は既にない。聴覚も遠い。

 ただ、腕の中に抱いているアメリアさんの冷たい感触と、耳の奥に残るお姉様の絶叫だけが、私をこの世に繋ぎ止めていた。


(……もし……)


 消え入りそうな命の灯火の中で、か細い想いだけが燃え残る。


(……もう一度……やり直せるなら……)

(……お姉様を……守りたい……)

(……アメリアさんも……守りたい……)


 あんな、理不尽な死なんて認めない。

 シャドウという悪意に、私たちの人生を弄ばれたまま終わりたくない。


(……シャドウ……絶対に……許さない……)


 暗闇が、さらに深くなっていく。

 全身の感覚が失われ、私は「無」へと溶けていく。

 そして。

 私の意識は、完全に途切れた。


 *** 


 世界が歪んだ。

 ことわりが砕け、時が逆流する。

 アミアの意識は、時間の奔流と暗闇の中を漂っていた。


(……ここは……?)


 真っ暗な空間。何も見えない。何も聞こえない。

 ただ、温かく、どこか懐かしい何かが、魂だけになった私を包んでいた。


(……光魔法……?) 


 私の中に眠っていた、未熟だと言われた光魔法の力。

 それが今、意思を持ったように脈動し、私を守ろうとしている。

 砕け散った時間の欠片を集め、死の淵から私を蘇らせようとしている。

 そして――。

 光が、眩く弾けた。


 ***


「――っ!」


 私は、弾かれたように飛び起きた。


「はあ……はあ……はあ……ッ」


 息が、荒い。酸素を求めて喉がひきつる。

 心臓が、早鐘のように激しく肋骨を叩いている。

 まるで、深い水底から急浮上して、水面を割った瞬間のように。 

 身体中が、嫌な汗でびっしょりと濡れていた。薄いブルーの寝巻きが、背中に張り付いて気持ち悪い。

 手が、震える。視界が明滅する。


(……夢……?) 


 いや――違う。

 あれは、夢なんかじゃない。あんなに鮮明な痛みと絶望が、夢であるはずがない。

 本当に――私は、死んだんだ。 


 冷たく湿った地下牢の螺旋階段で。

 シャドウが放った無数の氷の刃に身体を貫かれて。

 自分の血の海に沈んで。

 アメリアさんを――失って。


「……っ……」


 涙が、溢れそうになる。

 アメリアさんの最期の言葉が、耳にこびりついて離れない。


『……あなたと……出会えて……』

『……よかった……親友に……なれて……嬉しかっ……た……』


 その声――死の間際でも、優しくて、温かかった声。

 もう二度と――聞けないと思っていた声。

 そして――お姉様の、あの時の絶望の顔。

 地下牢の鉄格子の向こうで別れた時の、私を案じて泣いていたお姉様。

 彼女は今頃、私が死んだとも知らずに処刑台へ――。


「……いや……っ……ぁ……」


 私は、震える両手で顔を覆った。

 嗚咽が漏れる。涙が止まらない。

 全て、本当にあったことだ。私は間違いなく、あの場所で死んだはずだった。

 ……でも。

 ふと、決定的な違和感に気がついた。


(……ここ……どこ……?)


 私は、涙を拭い、ゆっくりと顔を上げた。

 周りを見回す。

 見覚えのある、懐かしい部屋。

 でも――地下牢じゃない。

 冷たい石の床でも、血の匂いが充満する階段でもない。

 柔らかいベッドの上。日向の匂いがする温かい毛布。

 部屋を見回す。

 右側には――大きな窓。朝の柔らかい光が差し込んでいる。

 その横には――木製の、大きなクローゼット。

 ベッドの目の前には――勉強机と、姿見の鏡。


(……この部屋……)


 見覚えがある。

 リィエル公爵家にある――私の部屋。

 父が再婚して、七年前にこの屋敷に来てから、ずっと暮らしている私の城。

 でも――いつの記憶だろう。

 私は死んだはずなのに。


「……え……?」


 私は、ゆっくりとベッドから降りた。

 素足が、ふかふかとした柔らかい絨毯じゅうたんに触れる。


 ふと、視界に入った自分の手を見る。

 小さい。

 細い指。

 あどけない、幼い手。

 十六歳の私の手じゃない。


(……まさか……)


 心臓が、激しく跳ねる。

 私は、ふらつく足で鏡の前へ歩いた。

 一歩、また一歩――ゆっくりと。

 そして――姿見の鏡を覗き込んだ。


「……っ!」


 息を呑んだ。

 鏡の中にいたのは――間違いなく、私だ。

 でも――十六歳の私じゃない。

 もっと、ずっと幼い。


 十六歳の頃は腰まで伸ばしていたはずのライトブルーの髪が、今は切り揃えられたように肩までの長さしかない。

 顔も幼い。透き通った緑色の瞳は同じだけれど、頬はふっくらとしていて、あどけない子供っぽさが残っている。

 身長も低い。平均的な背丈にすら届いていない。


 そして、薄い寝巻きの上からでも分かる体型。

 十一歳という年齢にしては少し発育が良いのか、胸元には少女特有の、つぼみのような慎ましくも柔らかなふくらみが見て取れた。


 それは間違いなく、私が『十一歳だった頃』の身体だ。


(……これ……私……?)


 私は、鏡に映る自分をじっと見つめた。

 到底、信じられなかった。

 けれど、これは現実だ。鏡は嘘をつかない。

 恐る恐る、自分の頬に指を触れる。

 柔らかい。温かい。確かに血が通っている。……私は、生きている。

 震える喉から、声を出してみる。


「……あ……」

 高い声。幼い声。

(……私……十一歳に……戻ってる……?)


 指先が、小さく震えた。

 鏡に映っているのは、間違いなく十一歳の私。

 まだ、全てが起きる前だった。


 魔法学園に入学する前。

 お姉様が洗脳され、暴走してしまう前。

 アメリアさんと出会い、そして死別する前の――何も知らない、あの頃の私だ。


(……死に戻り……?)


 心の中で、物語のような言葉を呟いた。

 あの光が、時を巻き戻したの? 


(……もう一度……やり直せるって……こと……?)


 涙が、じわりと溢れそうになる。

 でも――今は、泣いている場合じゃない。

 確認しなきゃ。本当に、過去に戻ったのか。


 その時――。


 コンコン。

 扉をノックする音が聞こえた。


「アミアお嬢様、起きていらっしゃいますか?」


 優しい声。

 聞き覚えのある、とても懐かしい声。


「……はい」


 か細い声で答える。

 扉が開き、メイド服を着た女性が入ってきた。

 茶色の髪を後ろで緩く結んだ、穏やかで優しそうな垂れ目の女性。


「おはようございます、アミアお嬢様」


 その声は、柔らかかった。


「……リリナさん……」


 その名前を、口にする。

 リリナ。私が公爵家に来たばかりの幼い頃、ずっとお世話をしてくれていたメイド。

 でも――確か、私が十四歳の時に別の屋敷へ異動になったはずだ。

 それから、一度も会っていなかった。 


(……リリナさんがここにいる……)


 それが、ここが「十四歳より前」、つまり十一歳の世界だという動かぬ証拠。

 本当に、戻ったんだ。


「アミアお嬢様? お顔色が優れませんが……大丈夫ですか?」


 リリナさんが、心配そうに近づいてくる。


「だ、大丈夫です……少し、夢を見ただけで……」

「そうですか……。では、お着替えをお手伝いいたしましょうか?」

「あ、ありがとうございます……でも……」


 私は、リリナさんを見た。

 一番大切なことを、確かめなければならない。

 震える声で、尋ねる。


「……あの……お姉様は……?」

「はい、ネフェリアお嬢様なら、隣のお部屋にいらっしゃいますよ」


 リリナさんが、当然のように優しく答える。


「今、お着替え中だと思いますが――」

「……っ!」


 私はもう我慢できなかった。

 すぐ隣の部屋に、お姉様がいる。

 ――生きているのだ。


「アミアお嬢様!?」


 リリナさんの驚いた声を背に、私は部屋を飛び出した。


 素足のまま、廊下を走る。

 絨毯の感触が、足の裏に伝わる。

 隣の部屋――お姉様の部屋へ。

 扉の前で、立ち止まる。

 心臓が、口から飛び出しそうなくらい激しく跳ねている。 


(……お姉様……)

(……本当に……いるの……?)


 手が、震える。

 もし、開けて誰もいなかったら。

 もし、これが死が見せる幻覚だったら。

 私は、震える手で扉をノックした。


 トントン。


「……お姉様……?」


 か細い声で、呼びかける。

 しばらく――沈黙。

 数秒が、永遠のように感じる。


 ガチャリ。


 そして――扉が開いた。

 そこには、赤い髪の少女が立っていた。


 燃えるような色彩。宝石のような赤い瞳。

 十六歳の時のように長くはない。私と同じ肩までの長さに切り揃えられている。

 十四歳……まだあどけなさは残るが、既に完成された美貌を持つ顔立ち。


 身長は、私より少し高いくらい。ついさっきまで見ていた、あの目を見張るような長身ではなく、まだ成長の途中だ。

 身にまとっているのは、薄い水色の、ゆったりとした寝間着。

 胸元まではしっかりと布で隠されているけれど、その輪郭は私と同じく、年相応の、初々しくも柔らかなふくらみを感じさせた。


 でも――間違いない。

 首も繋がっている。

 生きている。


「……あれ、どうしたのアミア。まだ着替えてないの?」


 お姉様が、不思議そうに私を見た。

 その声――優しくて、温かい声。

 地下牢で聞いた、あのかすれた声じゃない。元気な声だ。


 その瞬間。

 私の脳裏に、時を渡る光が見せた「あの世界の最期」が、奔流となって流れ込んだ。

 私が地下牢で死んだ後、地上で何が起きたのか。

 光魔法が、私に「変えるべき未来」を見せたのだ。


 ――幻視が走る。 


 処刑台の上。拘束されたお姉様。

 そこへ、蒼白な顔の衛兵が駆け寄る。 


『地下牢で……アメリア・カーフェーン様が……死亡しておりました……!』

『アミア・レフィーナ様は……死亡されました……』 


 その報告を聞いた瞬間のお姉様の顔。

 絶望。後悔。慟哭。


『アミア……! アミア……!』

『ごめんなさい……! ごめんなさい……!』

『私のせいで……!』


 なりふり構わず泣き叫ぶお姉様。

 そして――無慈悲な宣告。


『……執行せよ』


 振り下ろされる銀色の斧。

 鮮血。

 転がり落ちる、大好きだった人の首。


『……これで……終わりだ……』


 ――光が見せた残酷な幻が終わる。


 目の前には、五体満足で、綺麗な姿のままのお姉様がいる。

 首も繋がっている。生きている。


「……お姉様……」


 私は、涙を流しながら――お姉様に飛びついた。


「……え!? アミア!?」


 お姉様が、驚いた声を上げる。

 でも、すぐに私を受け止めてくれた。


「どうしたの!? 何かあったの!?」


 私は、お姉様の胸で泣いた。

 子供のように、声を上げて泣いた。

 その温もりに触れた瞬間、脳裏に「あの時」の記憶が蘇る。


 ――地下牢の、冷たい鉄格子の前。

 別れの時。


『血は繋がっていないけど……本当の妹以上に……大切だった……』


 涙ながらにそう言ってくれたお姉様。

 私はあの時、お姉様を抱きしめたかった。

 最後にその温もりを感じて、「私も愛しています」と伝えたかった。


 でも――できなかった。

 冷たい鉄格子が、私たちを阻んだから。

 両手には重い手錠が嵌められていたから。

 伸ばした手は空を切り、無慈悲な衛兵に引き裂かれたから。


 『抱きしめようとした、その時』――世界は終わってしまった。


(……でも、今は……) 


 私は、腕に力を込めた。

 そこにあるのは、冷たい鉄じゃない。

 温かい背中。トクトクと脈打つ鼓動。

 遮るものは、何もない。


「アミア……?」


 お姉様が、困ったように、でも優しく私の背中を撫でてくれる。

 その手の温もりが――これが本物の現実だと教えてくれる。


(……届いた……)

(……やっと、抱きしめられた……)


 お姉様は、生きている。

 まだ、洗脳されていない。

 まだ、暴走していない。

 まだ、処刑されていない。

 お姉様は……地下牢で言っていた。


『私は優しくなんかない』『全部演じていた偽物だ』って。


 でも、違う。


 今、私を抱きしめ返してくれるこの腕は、こんなにも温かい。

 私を心配してくれるこの声は、こんなにも優しい。

 これが、本当のお姉様だ。


(……もう……) 


 私は、お姉様の服を握りしめ、心の中で強く誓った。


(……誰も……失わせない……)

(……お姉様も……一度目で親友になってくれた、アメリアさんも……)


 あんな、理不尽な死なんて絶対に認めない。私が、全部変えてみせる。 


(……絶対……私が守る……)


 そして――もう一つ。

 脳裏に、憎悪すべき男の顔が浮かぶ。


(……シャドウ……)


 鮮やかな緑色の髪。道化師のような三日月型の不気味な笑み。毒蛇のような冷たい目。


『僕のことはそうだな……マリオネット・シャドウとでも呼んでくれたまえ』

 あのあざけるような声が、耳に残っている。

『そうだよ。邪魔だったから消した。それだけのことさ』 


 アメリアさんを殺した男。

 お姉様を洗脳して、破滅させた男。

 私を殺した男。


(……あなたに会ったら……)


 私は、お姉様の背中で拳を握りしめた。


(……絶対に捕まえて……)

(……二度と、誰の未来も奪わせない……)

(……あなたの悪意を、私が終わらせる……)


 復讐じゃない。

 これは、大切な人たちを守るための戦いだ。

 あんな悲劇は、もう二度と起こさせない。

 今度こそ――全てを変える。


 お姉様を救う。

 アメリアさんを守る。

 シャドウを倒す。

 そして――奪われた未来を――私たちの手で取り戻す。


 私は、お姉様をさらに強く抱きしめた。

 壊れないように。二度と離さないように。


 温かい。

 生きている。

 本物だ。 


(……絶対……守る……)


 心の中で、もう一度、強く誓った。


(……今度こそ……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ