幕間9 アミアの幻視と時を超える力
――光の中で、アミアの魂が俯瞰した【あり得たかもしれない未来の光景】。
そこは、早朝の処刑場だった。
ネフェリア・リィエルは、処刑台への階段を登らされていた。
一段、また一段。
高くなる視界。見下ろす世界。
断頭台の前に膝をつかされる。
首を固定する台の、冷たい木の感触が首筋に触れた。
(……アミア。どうか、幸せに……)
ネフェリアは目を閉じた。
執行人が斧を構える気配がする。
これで、全てが終わる。安らかな最期だと思った。アミアの無事を信じて。
――その時だった。
ズキンッ。
彼女の頭の中に、耳障りな耳鳴りのような激しい痛みが走った。
まるで、脳に直接楔を打ち込まれたような衝撃。
無理やり封じられていた記憶の蓋が、何かの合図で一気にこじ開けられる。
(……え……?)
堰を切ったように蘇る、シャドウの予言。
『邪魔な友人もろとも、始末してあげるよ』
『君が処刑場へ連れて行かれた時――まさに首を跳ねられるその瞬間にね――この会話のことを思い出すように刻んでおくよ』
『「アミアたちを殺しに行く」って言葉をね』
(……あああ……ッ!)
全て、思い出した。
あの男は、彼女の処刑という絶望の瞬間に合わせて、この記憶が蘇るように仕組んでいたのだ。
彼女が「アミアは助かる」「アメリアがいるから大丈夫」と希望を持って死のうとする、その瞬間に突き落とすために!
『その時にはもう遅い。君は処刑台の上。アミアも、その友人も、既に冷たくなっている。君は何もできない』
(……そんな……!)
ネフェリアはカッと目を見開いた。全身の血が逆流する。
さっき別れたばかりのアミアとアメリア。
そこに――あの男が待ち伏せている!?
「いや……いやああああ!」
ネフェリアは、なりふり構わず叫んだ。首を固定されたまま、獣のように吠えた。
「アミア……! アメリアさま……! 逃げて……!」
「アミアが……! アメリア様が……! 殺される……!」
「レオニス様……!」
彼女は、前の席に座るレオニス様に視線を向けた。
「お願いします……! アミアたちを……! 彼女たちが地下牢で殺されます……!」
「あの男が……アセレリア帝国の刺客が、あの子たちを……!」
「お願いです、信じてください! 私は地下図書室で『黒い炎の洗脳魔法』にかけられ、さらにさっきまで『記憶を封じる催眠魔法』をかけられていたんです!」
そのあまりの必死さ、常軌を逸した叫び、そして「アセレリア帝国」「未知の無魔法」という言葉に、為政者としての直感が働いたのか。
「……処刑を一時停止する」
レオニス王子が執行人に合図し、衛兵たちに確認を命じた。
時間が、永遠のように長く感じられた。
やがて、遠くから衛兵たちが血相を変えて戻ってきた。
「レオニス様……!」
「地下牢への階段で……アメリア・カーフェーン様が……死亡しておりました……!」
「そして……アミア・レフィーナ様も……重傷を負って……すぐに救護所へ運びましたが……手遅れでした……」
「アミア・レフィーナ様は……死亡されました……」
その言葉が、ネフェリアの心を貫いた。
「……え……?」
あの男の予言通りになった。
二人は来て、そして殺された。
「アミア……! アミアああああ!」
「アメリア様……! いや……いやああああ!」
ネフェリアは獣のように叫んだ。
私を守ろうとして、私の罪のせいで。全て、私のせいだ。私が弱かったから。
レオニス王子の命により、特例として二人の遺体が処刑場に運ばれてきた。
幻視の中で、拘束を解かれたネフェリアは、冷たい石畳の上に這うようにして駆け寄り、冷たくなった二人の手を握りしめた。
「……なんで……どうしてあなたが死ななきゃいけないの……」
「アメリア様……。私みたいな……忌まわしい闇魔法使いなんかのために……どうして……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
冷たい石畳に額を擦り付け、彼女は二人の亡骸の前で懺悔し続けた。
その時。
「それと……もう一つご報告が」
衛兵の声が、畏怖を孕んで震えた。
「死の直前……アミア・レフィーナ様の身体が……淡い金色の光を放っていたそうです……。地下牢の暗闇の中で……その光だけが……神々しく輝いていたと……」
レオニス王子の目が見開かれた。
「……まさか……『治癒魔法』か……?」
「光魔法……いや、これは……伝説の幻級魔法の発現……!?」
「もし……我々がもっと早くその才能に気づき、保護していれば……彼女は……この国の、いや大陸全土にとっての至宝になれたかもしれないのに……」
王子の言葉は、妹の死を悼むネフェリアのものとは異なっていた。それは、「有益な人材」を無為に失ったことへの、為政者としての激しい憤りだった。
「……分かったぞ。犯人の狙いが」
「帝国は……彼女が将来、我が国の強力な『聖女』となる可能性を恐れて、未覚醒の内に排除したのだ……!」
あの男の目的は、アミアの命だけじゃなかった。
アミアが持っていた、世界を救えるほどの可能性。それを――私が悪魔に心を見られたせいで、摘み取られてしまった。
「……全て……私のせい……」
絶望が、ネフェリアの心を完全に塗りつぶした。
再び、処刑台に連行される。
(……アミア……アメリア様……)
(……ごめんなさい……)
(……でも……すぐに……会いに行くから……)
彼女は目を閉じた。最後に浮かんだのは、アミアの笑顔。
「お姉様は悪くないです」と言ってくれた、あの笑顔。
(……アミア……ありがとう……)
ドサッ。
ネフェリア・リィエルの首が、処刑台の下に落ちた。
血が、処刑台を赤く染める。
王城の空に、ただ静寂だけが残った。
――残酷な未来の幻視が、そこでプツリと途切れる
再び、意識は地下階段の暗闇の中へ。
光の中で、私の魂が震えた。
(……嫌だ……)
(……こんな結末……絶対に、嫌だ……!)
お姉様が、あんな絶望の中で死んでいく。
私とアメリアさんが死んだことを知って、自分を呪いながら殺される。
レオニス様に「国益の損失だ」と為政者の打算で冷徹に値踏みされながら、私たちは理不尽にこの世から消え去る。
お姉様がどれほど絶望して泣き叫んでも、あの王子は最後まで私たちの『心』を理解しようとしなかった。
そんなの、絶対に認めない。
(……もし……もう一度……)
(……やり直せるなら……)
(……お姉様を守りたい……)
(……アメリアさんも守りたい……)
魂が、絶叫する。
(……治癒魔法を……もっと早く使えたら……二人とも……助けられたのに……!)
(……シャドウ……私たちの愛を『滑稽』と笑ったあの悪魔……絶対に……許さない……!)
その強烈な「願い」と「怒り」が、引き金となった。
カッ……!
アミアの魂の奥底で、光が、今度は太陽のように眩く弾けた。
視界が白く染まる。
それは、光魔法の究極にして幻級魔法の真髄――『時』すらも超越する、奇跡の始まりだった。




