幕間8 消えゆく光と、絶望の幻視
同時刻――地下牢から地上へと続く、薄暗い螺旋階段。
冷たい石段の上で、アミア・レフィーナは血の海に沈んでいた。
腹部を透明な刃で貫かれた傷から、熱い命が止めどなく溢れ出していく。学園の制服である純白のブラウスは、もう元の色が分からないほど赤く、惨たらしく染まっていた。
(……痛い……)
(……冷たい……)
視界が滲み、意識が遠のく。
震える指先のすぐそばには、アメリア・カーフェーンの動かなくなった身体がある。
階段の下で私を庇い、その胸に無慈悲な冷たい刃を受けた親友。
(……アメリアさん……)
喉の奥で、か細く名前を呼ぶ。
――最期の瞬間。
アメリアさんは私を背に庇って飛び出し、胸を貫かれた。
『アミアさん……逃げて……!』
血を吐きながら、それでも彼女は微笑んだ。春の日差しのような、穏やかな笑顔で。
『……あなたと……出会えて……』
『……よかった……親友に……なれて……嬉しかっ……た……』
そして、その瞳から光が消えた。
私を守って。私のせいで。
(……ごめんなさい……)
(……守れなかった……)
(……私のせいで……)
涙が溢れ、血と混じって冷たい石段を濡らす。
悔しい。悲しい。自分の無力が憎い。
その時――。
私の身体から、微かな光が漏れた。
淡い金色。暗闇の中で、その光だけが呼吸しているみたいに揺れる。
それは、あの男――シャドウが恐れ、警戒していた“あの力”の片鱗だった。
(……これ……は……?)
感覚の消えかけた手のひらが、淡く温かく光っていた。
知らないはずの感覚が、体の奥底から奔流となって流れ込んでくる。
(……これが……シャドウの言っていた……)
(……『治癒魔法』……?)
私は、鉛のように重い腕を必死に伸ばし、アメリアさんの冷たい手に触れた。
(……お願い……!)
(……治って……!)
(……生き返って……!)
ありったけの願いを込める。
命を削ってもいい。私の全てを差し出してもいい。だから、彼女を返して。
――その切実な祈りとは裏腹に。
淡い光は、フッと無情に掻き消えた。
魔力も、生命力も、もう残っていない。ロウソクの火が尽きるように、温度が奪われていく。
(……だめ……)
(……間に……合わない……)
腹部の傷が脈打つたび、視界が黒く塗りつぶされていく。
指先が、アメリアさんの手から力なく滑り落ちた。
(……ごめんなさい……)
(……助けられなかった……)
涙が落ちる。
意識が途切れる。
呼吸が止まる。
心臓が止まる。
――こうして、アミア・レフィーナは死んだ。
冷たい階段の暗闇に、二人の少女の命が完全に費えた。
絶望と死の静寂が、すべてを覆い尽くした、その時。
カッ……!
アミアの魂の奥底で、消えたはずの光が、強烈に瞬いた。
それは単なる治癒ではない。
失われた命を、時間を、運命そのものを「修復」しようとする、神域の輝き。
その眩い光の中で――アミアの意識は肉体を離れ、時の理を超越して、『もし自分がここでただ死んでいたら、数時間後にどうなっていたか』という【あり得たかもしれない最悪の未来】を幻視した。




