第12話 アミアの祈りが生んだ奇跡
「あなたは……どこまでお姉様を愚弄すれば気が済むの……! お姉様は、あなたの道具なんかじゃない!」
私は叫び、涙でぼやける視界を拭いながら、シャドウを強く睨みつけた。
私の言葉に、シャドウは口元を歪めて嗤う。
「ふん、道具じゃない、か。だが彼女は立派な呪われた凶器になったよ」
「違う! お姉様は……!」
私は、ありったけの憎しみを込めて叫んだ。涙が止まらない。
「お姉様の闇魔法は……私を守ってくれた……! 優しい魔法だった……! それなのに……あなたは……!」
シャドウは肩をすくめる。
「結局のところ、君のお姉さんも僕と同じなんだよ。人殺しの力を持ち、世界に仇なす存在。君がいくら美化しようと、彼女の手は汚れている」
「あなたも……闇魔法使いなのに……! お姉様と同じ……闇魔法使いなのに……! あなたと……お姉様を……一緒にしないで……!」
シャドウの目が、不快そうに細められた。
痛いところを突かれたのか、それとも単に子供の戯言だと呆れたのか。
「ほう……面白いことを言うね。確かに、僕は彼女のように野蛮な『闇の弾丸』などの一般的な闇魔法は一切使えない」
「……え……?」
「誰もが二つの属性を持つのが当たり前のこの世界で……僕は精神支配と、ある偏った力に特化しすぎたせいで、単純な破壊の闇魔法すら撃てない『一属性の欠陥品』だからね」
男の瞳の奥に、どす黒い執念のようなものが渦巻く。
「笑えるだろう? だからこそ、あの娘の強大な破壊力を僕の『大砲』とし、手駒として利用したのさ。二属性を誇る優秀な連中を、底辺から嘲笑って蹂躙するためにね」
シャドウは口元を三日月に歪める。
「でも――結果は同じだよ。ネフェリアは処刑される。君も死ぬ。闇魔法使いは、災厄の象徴――それは変わらない」
「あなたは……絶対に許さない……!」
「ふふ、いいね。その目――憎しみに満ちている。最高の表情だ」
シャドウは満足げに頷くと、再び右手を掲げた。
今度は炎ではない。空気が凍りつくような冷気。
無数の『冷たい刃』が、再び虚空に現れる。
「さて、お喋りは終わりだ。そろそろ死んでもらおうか。姉さんの待つ地獄へ送ってあげるよ」
シャドウが右手を軽く振る。
――ヒュッ。
空気を切り裂く、鋭い音。
足元の影が、不気味に揺らめいた。
「……え?」
次の瞬間。
何もない空間から、透明な冷たい刃が――無数に現れ、私に向かって飛んできた。
「……っ!」
私は咄嗟に叫んだ。
見抜かれていようと関係ない。私には、これしかないのだ。
「炎よ、我に力を――火球!」
私の手から――赤い炎の球が飛び出した。学園で必死に練習した、唯一まともに使える攻撃魔法。
ゴォッ!
炎が唸りを上げて、透明な刃に向かって飛ぶ。
しかし――。
ジュッ。
炎が刃に触れた瞬間、まるで底なしの闇に飲み込まれるように、音もなく掻き消えた。
「……え……?」
私は、息を呑んだ。
(……消えた……? 相殺されたんじゃない……吸い込まれた……!?)
その見えざる凶刃は、私の炎を飲み込んだまま、速度を落とすこともなく真っ直ぐに飛んでくる。
「ほう、火魔法か。左の魔眼で見抜いていたとはいえ、光魔法使いのくせに器用なことだ。さすがは常識通りの『二属性』ってところかな」
シャドウが、愉快そうに笑った。余裕の笑み。
「でも、無駄だよ。二属性ごときが束になっても……僕が極限まで研ぎ澄ませた『一つ』の力の前にはね」
そして――両手を掲げた。
さらに無数の不可視の刃が、足元の影から次々と現れた。
「消えろ」
刃が、一斉に飛んでくる。
「火球!」
私は必死に炎を放つ。
ジュッ。
だが――またしても吸い込まれた。一本しか止められない。
残りの刃が、津波のように迫り来る。
(……もう一度……!)
私は、手を前に出した。
火だけじゃない。私には、もう一つの力がある。
さっき、シャドウが「脅威だ」と言った、この力がある。
(……光よ……!)
心の中で叫ぶ。
(……お願い……!)
魔力を練る。手のひらに、全身全霊の力を込める。
魔力選定の儀で判明した、光魔法。
まだ制御もできない。攻撃魔法として使えるかどうかも分からない。
でも――今は、これしかない。
「光よ、我に力を――光の弾丸!」
私は、祈るように呪文を唱えた。
手のひらに、眩い光が集束する。けれど――実戦で使ったことのない魔法の構築は、あまりにも遅すぎた。
だが。
ザシュッ!
魔法が放たれるよりも早く。
一本の刃が――足を深く切り裂いた。
「きゃっ!」
激痛が走る。足の力が抜け、体勢が崩れる。
集中が切れ、練り上げた魔力が霧散していく。
呪文が――途切れた。
ドスッ!
二本目――肩に突き刺さった。骨が砕ける音。
「……っ!」
透明で、冷たい。
けれど、その刃の切っ先からは、不気味な黒い靄が滲み出ていた。
(……火が……効かない……何なの……これ……!?)
そして――。
ズプッ。
三本目が――お腹に――深く、深く突き刺さった。
「がはっ……!」
焼けるような激痛と共に、視界が赤く染まる。
私は、糸の切れた人形のように石畳に崩れ落ちた。
血がどくどくと溢れ出し、冷たい床を広げていく。
「威勢は良かったけど、実力が足りなかったね」
シャドウの声が、遠くから聞こえる。
(……何だったの……今の……)
意識が薄れていく中で、私は必死に考えようとした。
透明で、冷たい刃。
けれど、魔法の気配はなかった。
私の炎は、刃に吸い込まれて消えた。
(……わからない……何も……)
足音が遠ざかっていく。彼は、トドメを刺す必要すら感じていない。
「じゃあね、アミア・レフィーナ。お姉さんと仲良く地獄で絶望するといい」
シャドウの足元の影が、まるで生き物のように蠢き、大きく広がった。
ズブズブ……という不気腐な音と共に、彼の体が影の中へと沈んでいく。
「……ま……て……」
私が震える手を伸ばすよりも早く。
シャドウの姿は完全に影に飲み込まれ、フッと跡形もなく消え失せた。
静寂が戻った階段に、私とアメリアさんだけが取り残された。
身体が動かない。声も出ない。
意識が、急速に闇へと溶けていく。
(……ごめんなさい……)
涙が、頬を伝い落ちる。
「……ごめんなさい……アメリアさん……お姉様……」
私の目から、光が失われていく。
「……私、勝てなかった……」
「……捕まえる事が……できなかった……」
悔しい。
何も守れなかった。何も変えられなかった。
ただ無力に、悪意に弄ばれて終わるだけの人生。
(……もし……)
消えゆく意識の中で、魂が叫んだ。
(……もし、もう一度……)
やり直せるなら。
神様、お願い。
(……お姉様を……守りたい……)
(……アメリアさんも……守りたい……)
あんな結末、認めない。あんな理不尽、許さない。
(……シャドウ……絶対に……許さない……)
今度こそ。
(……今度こそ……)
(……必ず変える……この残酷な未来を……)
「……お姉様……」
「……アメリアさん……」
意識が途切れる寸前、私は祈った。
「……待っていて……」
か細い声で、誓いを呟く。
呼吸が止まり、心臓が――止まる。
冷たい床。
私の血が、アメリアさんの血と混ざり合っていく。
最期の涙が、頬を伝う。
意識が、シャドウの言う通りの深い絶望の闇へと堕ちていく。
何もかもが――終わる。
――はずだった。
その時。
私の心の奥底、魂の核で、何かが眩く弾けた。
それは、死の間際に目覚めた、奇跡の光。
光魔法の――『時』すら超越する、本当の力だった。




