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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第一章 全て失った義妹令嬢

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第10話 光の加護と魔眼の真実

 ――その瞬間。


  私の鼻先で、私を洗脳しようと迫っていたはずの黒い炎は、見えない壁に弾かれるように、跡形もなく消え失せた。


「……あれ?」


  いつまで経っても痛みが来ないことに気づき、覚悟を決めて目を開けた私が呆気にとられていると、シャドウはつまらなそうに肩をすくめた。


「せっかく親友を目の前で殺して、君を絶対的な『孤独』のどん底に突き落としてやったというのに……心の隙間に入り込むどころか、見事に弾かれるか。やっぱり、君には効かないんだよね」

「……えっ……?」


「精神を支配するこの未知の『無魔法』も――僕の根源である『闇の魔力』そのものも、君には一切効かない」


 (……無魔法! やっぱり、あの地下牢でアメリアさんが推測していた通り……お姉様を洗脳したこの『黒い炎』の正体は、闇魔法じゃなくて、精神干渉に特化した無魔法だったんだ……!)


 私が、目の前の悪魔が自ら口にした真実に息を呑んでいると、シャドウはひどく残念そうに唇を歪めて私を見下ろした。


「……けど、君は今、間違いなく『孤独』だ。もし、君にその『光の加護』がなかったら、今頃完全に心が壊れて、僕の洗脳魔法にかかっていただろうな。実に惜しいよ」


(……違う!)

 私は、心の中で強く否定した。

 確かにこの悪魔は、私の目の前から大切な人たちを奪い去った。でも、私の中には私を庇ってくれたアメリアさんの想いと、私を愛してくれたお姉様の温かさが残っている。私は、決して孤独なんかじゃない。

 たとえ加護があろうとなかろうと、私の心は絶対にこの悪魔の炎になんて屈しない。


 そう心の中で強く反発しながらも、私は彼が口にした聞き慣れない言葉に眉をひそめた。


「光の……加護……?」

「おや、自分の力なのに知らないのかい? 君は知っているだろう? この国には百年に一人の逸材が現れるという伝承を」


「君は知っているかい? この国には百年に一人の逸材が現れるという伝承を」

「……百年に……一人……」

「そう。君のお姉さん、ネフェリア・リィエルは、百年に一人の闇魔法使いだ」


 シャドウは、自身の胸に手を当てて、恭うやうやしく一礼した。


「そして――僕もそうだ。僕もまた、ネフェリアと同じく百年に一人の闇魔法使いなんだよ」

「……あなたも……闇魔法使い……」


 私は息を呑んだ。

 お姉様と同じ、稀少な闇の力を持つ男。だからこそ、お姉様の心に入り込むことができたのか。


「だが、世界はバランスを取りたがる。闇が生まれれば、光も生まれる」


 シャドウは、不愉快そうに目を細めた。


「君だよ、アミア・レフィーナ。君こそが、僕らと対になる百年に一人の光魔法使いだ。学園じゃ期待外れのなり損ないと呼ばれているそうだけど……腐っても『光』は『光』だ」

「……私が……」


(初対面のはずなのに……どうして私の名前を……? それに、学園での私の評価まで……?) 


不気味な違和感に背筋が寒くなる。けれど、男は私の疑問などお構いなしに言葉を続けた。


「『光は闇を照らし、心を照らす』。……精神干渉を弾き返す『光の加護』を持つ君は、僕ら闇魔法使いにとって唯一の天敵だ。だから、僕のどんな魔法も、君には無効化されてしまうんだよ」

「……そう……だったの……」


初めて知った。


 私を「役立たず」だと烙印を押したその力が、皮肉にも私の心をこの悪魔の魔法から守る『絶対の盾』だったなんて。


(……私が「なり損ない」じゃなくて、お姉様と対になる「百年に一人」の存在……)

でも、だとしたら――。


「……なら! どうしてあの日、私は記憶を消されたの!?」


 私は叫んだ。

 五年前、お姉様の淹れた紅茶を飲んで記憶を失ったあの日。もし私に魔法への耐性があるなら、効かないはずだ。


「ま、あの女――シャリアには感謝しているよ。彼女が薬で君の『脳』に直接作用し、物理的に記憶野に蓋をしてくれたおかげで、君は無知なままでいてくれたからね」


 シャドウはあざ笑うように答えた。


「魔法を使った暗示なら、光の加護を持つ君には弾かれたかもしれない。だが、あれは単なる『毒』として作用した。……いくら心が強くても、脳そのものの働きを麻痺させられたら抗えない。毒や薬による物理的に肉体を蝕むことまでは、光の加護でも防げないのさ」

「……あ……」


 希望は、あっけなく潰えた。

 私の力は、万能なんかじゃなかった。

 五年前のあの日、私の脳は、魔法ではなく物理的な毒によって縛られていたのだ。


「君の実の親父――アレト伯爵にも同じヒプノ草の薬が使われている。もっとも、彼には原液を薄めずに使った『支配型』が使われたようだけどね」

「……お父様……にも……」


 怒りで体が震える。あの女は、帝国の薬で夫を支配し、私の記憶を塞いだ。

 そして――目の前のこの男が、お姉様を操り人形にしたのだ。


「ああ。あの女は、実にいい仕事をしてくれたよ。おかげで君のお姉さんの心は孤独と絶望でボロボロ……隙間だらけだった」


 シャドウの口元が、三日月のように醜く歪む。


 「そこへ僕が、少し言葉で揺さぶって、心の底に眠る闇を引っ張り出してやるだけでね。僕の『洗脳魔法』を流し込むのは――驚くほど簡単だったよ」


 シャドウの嘲笑う言葉に、私は先ほど地下牢でお姉様が言っていた疑問をぶつけた。


「……お姉様が言っていたわ! 『初対面のはずの男が、自分がひた隠しにしていた闇魔法のことも、心の傷も、誰にも言っていない秘密も、最初から全て知っていた』って!」


 私は震える声でまくし立てた。


「あなたはさっき、シャリアの件は自分じゃないと言った……偶然だと言ったわ。でも、じゃあどうして、初対面のはずの私の名前を最初から知っていたの!? それに、お姉様のことや、我が家の家庭の事情にまで詳しいなんておかしいわ! お姉様の秘密を、一体どうやって知ったの!?」


 私の鋭い追及に、シャドウは「ああ、そこから話さなきゃいけなかったか」と、わざとらしく額を叩いた。


「簡単なことさ。……見たんだよ」

「……見た?」

「ああ。僕の、この目でね」


 シャドウは、自身の両目を指差した。

 フードの奥で、その瞳が妖しく輝き始める。

 左目はドロリとした不気味な緑色。

 右目は血を凝固させたような不吉な赤色。

 左右で色の違う、異様な瞳。


「僕の両目にはね、『魔眼』が宿っているんだ」

「……魔眼……?」


 私は息を呑んだ。

 それは、古い神話やおとぎ話の中でしか聞いたことのない、呪われた力。まさか実在しているなんて。


「そうさ。まず、僕の『左の魔眼』がね……君のお姉さんが表向きに装っていた『水魔法』の奥底に、ひた隠しにしていたもう一つの属性……類まれなる『闇魔法』の才能を、一目で見抜いてしまったんだ」

「……っ!?」

「二属性が当たり前のこの世界で、わざわざ一つしか持たない出来損ないのフリをしてまで隠すなんて……どれほど重い『孤独と絶望』を抱えているのか、一目瞭然だったよ。……だから僕は『右の魔眼』を使った。対象の『過去の記憶』を強制的に覗き見る力さ」

「記憶を……覗く……?」

「ああ。僕は君のお姉さんの記憶を、隅々まで覗かせてもらったよ」


 男の声が、粘着質に鼓膜に張り付く。


「君の母親が『ヒプノ草』を密輸していた場面も、それを君に飲ませろと命じられたお姉さんの震える手も。……そして君に薬を飲ませて記憶を消した、あの夜の絶望もね。全部、特等席で劇を見るように鮮明に見えた」

「……っ!」

「だから知っているのさ。君が『アミア』という名前であることも、君たち義理の姉妹の絆も……そして、君の家族が僕の来る前から勝手に腐ってボロボロだったこともね」

「……最低……!」 


 私は、全身が総毛そうけ立つのを感じた。

 お姉様の心の中に土足で踏み入り、一番触れられたくない傷跡を、この男は嘲笑いながら覗き見て利用したのだ。


「じゃあ……まさかあなた、その『右の魔眼』でアメリアさんの記憶も見たの!?」

「いや、見ていないさ」


 私の焦燥を嘲笑うように、シャドウは足元の亡骸を一瞥し、つまらなそうに言った。


「あの大臣の娘には、僕の洗脳の餌になるような『孤独』なんて無さそうに見えたからね。わざわざ覗いて確認する前に、君のお姉さんという最高の玩具を見つけてしまったから、見る必要がなかったのさ」

「……!」


(……アメリアさんだって、過去に妹さんを亡くして『誰も守れない自分』をずっと呪って苦しんでいたのに……! 勝手な思い込みでアメリアさんを馬鹿にして、お姉様を標的にしたっていうの……!?)


 私を庇って死んでくれた親友の秘めた痛みを、何も知らないくせに「つまらない女」と見下したこの男が、どうしても許せなかった。怒りで全身の血が沸騰しそうになる。


「僕は学園の『魔力選定の儀』が終わった後に潜入したからね。そうしてお姉さんを手駒に落とした後、僕は君の過去の記憶も『右の魔眼』で覗いてやろうと思ったんだよ」

「……私のところへ……来ていたの……?」

「ああ。だが――謎の光が邪魔をして、一切見ることができなかった」


 シャドウは不満げに鼻を鳴らす。


「本来、僕の右の魔眼はただ覗き見るだけの観測だ。精神を操るわけじゃないから、『光の加護』の対象外で防がれるはずのない力なんだよ。……誰かが君の魂を守っているのか、それとも未知なる力が働いているのかね」 


(……誰かが、私を守っている……?)


 顔も知らない実のお母様――アミィエルが、天国から私を庇ってくれたのだろうか。


「君のお姉さんの記憶を覗いて、君が学園で光魔法の『なり損ない』扱いされていることは知っていたがね。……まあ、直接記憶が覗けなかったから、今度は属性の深淵を見抜く『左の魔眼』を使った。そこでようやく、君がただの出来損ないなんかじゃなく、僕たちと同じ『百年に一人の光魔法使い』だという真実を知ったのさ」

「……ッ!」

「ついでに言えば、君が必死に練習している微弱な『火魔法』の適性も、僕の左目には丸見えだったよ」

「……私の、火魔法まで……」 


(お姉様が隠していた闇魔法も、私が練習していた火魔法も。すべてが、この男には最初から筒抜けだったというの……!?)


「言っておくがね、アミア。もし君が光魔法使いじゃなかったら、僕は君を殺すつもりなんてなかったんだよ」

「……え?」


「僕はね、魔法で心を壊して、絶望の淵に落とせない人間には興味がないんだ。心の隙間や『孤独』がなく、洗脳して操れない人間なんて、ただの無価値な背景だ。わざわざ手を出して殺す手間すら惜しいからね」


 男の瞳に、冷酷な殺意が宿る。


「だから、君のお姉さんと同じように洗脳して玩具にしてやろうと思って調べに来たんだが……『光魔法使い』となれば話は別だ。光魔法には、さらに先がある。それは治癒魔法だ」

「傷を癒やし、毒を消し、病を治す。そして――極めれば、死者蘇生すらできると言われている」

「死者……蘇生……?」


 私は、息を呑んだ。

 死んだ人を、生き返らせる?


(……その言葉……) 


 記憶の底から、懐かしい情景が蘇る。

 幼い頃、お姉様の膝の上で読んでもらった絵本。


『見て、アミア。死んだ人を生き返らせる、とっても優しい魔法』

『すごいね、お姉様!』 


 私はずっと、それをただの「おとぎ話」だと思い込まされていた。


 けれど――。

(……あれは……実在する魔法だったの……?)


 私は、腕の中のアメリアさんを見た。

 私を庇って死んでしまった、大切な親友。まだ微かに温もりが残っている、この人を。 


(……もし、あの絵本の話が本当なら……)

(……アメリアさんも……お姉様も……救えるかもしれない……)


 絶望の闇の中に、一筋の希望の光が差した気がした。

 しかし――シャドウの冷酷な声が、その光を遮るように響いた。


「そう。それは常識を超えた『幻級魔法ファントム・クラスマジック』の一つ。光魔法使いだけが稀に使える最強魔法だ」

「……光魔法使いだけが使える幻級魔法の、治癒魔法……」


 シャドウは、アメリアさんを抱く私の手元を見て、鼻で笑った。


「その顔……『それがあれば友人を生き返らせられるかも』とでも考えたかい?」

「……っ!」

「あながち間違いじゃない。君がその力に目覚めれば、死人を蘇らせることも不可能じゃないかもしれないね」


 シャドウは肯定した。

 希望は、確信へと変わる。

 けれど、次の瞬間。


「――だが。だからこそ、君はここで死ぬんだよ」

 冷徹な殺意が、私の希望を容赦なく踏み砕いた。

「……え……?」

「もし君が生きていて、将来その治癒魔法を習得したら? ネフェリアや誰かを治療されたら――僕の暗殺計画が台無しになる」


 男の瞳に、爬虫類のような冷たい光が宿る。


「だから、君は生かしておけない。幻級の魔法使いは、僕のような裏稼業に生きる者にとって――最大の脅威であり、排除すべき障害なんだよ」


 そして、シャドウはつまらなそうに付け加えた。


「それに……そんな伝説の力を持っていると知れれば、この国の王族が黙っていないだろう? 国宝として囲い込み、厳重に保護するに決まっている。国家の最重要保護対象になんてなられたら、非常に仕事がしにくい」 

「だから、今のうちに殺しておくのさ。まだ誰も君の素質に気づいていない――無能として切り捨てられている今のうちにね」

「……っ」


 シャドウは、冷ややかな笑みを浮かべて私に近づいた。

 逃げ場のない地下の階段。冷たい殺意が私の全身を縛り付ける。

 唯一の希望だったはずの「光魔法」が、皮肉にも

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