第六話 悲しき悲劇からのリスタート
――暗闇。
冷たい。痛い。息ができない。
(……私……死ぬ……)
意識が――遠のいていく――
血が、どんどん流れ出していく。視界が、ぼやけていく。
アメリアさんの冷たい身体。お姉様の泣き叫ぶ声。シャドウの残酷な笑み。
全てが――混ざり合って――消えていく――
(……もし……)
か細い想いが、暗闇の中で灯る。
(……もう一度……やり直せるなら……)
(……お姉様を……守りたい……)
(……アメリアさんも……守りたい……)
(……シャドウ……絶対に……許さない……)
暗闇が――深くなっていく。
冷たさが――全身を包んでいく。
そして――
意識が――完全に――途切れた。
***
その瞬間――
世界が――歪んだ。
時が――巻き戻る。
アミアの意識は――暗闇の中を漂っていた。
(……ここは……?)
真っ暗な空間。何も見えない。何も聞こえない。
ただ――温かい何かが、アミアを包んでいた。
光――?
いや、違う。
これは――
(……光魔法……?)
アミアの中にある、光魔法の力。
それが――アミアを守ろうとしている。
死から――蘇らせようとしている。
そして――
光が――弾けた。
***
「――っ!」
私は、飛び起きた。
息が、荒い。心臓が、激しく跳ねている。まるで、何かから逃げてきたかのように。
「はあ……はあ……はあ……」
身体中が、汗でびっしょりだった。寝巻きが、肌に張り付いている。
手が、震える。心臓が、止まりそうなくらい速く打っている。
(……夢……?)
いや――違う。
あれは、夢じゃない。
本当に――私は、死んだ。
地下牢の螺旋階段で。氷の刃に貫かれて。血を流して。
アメリアさんを――失って。
お姉様が――処刑されて。
「……っ……」
涙が、溢れそうになる。
アメリアさんの最期の言葉が、耳に残っている。
「……あなたと……出会えて……」
「……親友に……なれて……」
「……嬉しかった……」
その声――優しくて、温かい声。
もう二度と――聞けないと思っていた声。
そして――お姉様の絶望の叫び。
「アミア……! アミア……!」
「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」
「私が……あなたを……殺した……!」
処刑台の上で――泣き叫ぶお姉様。
そして――振り下ろされる斧。
「……っ……」
私は、震える手で顔を覆った。
涙が――止まらない。
全て――本当にあったこと。
私は――本当に死んだ。
でも――
その時、違和感に気づいた。
(……ここ……どこ……?)
私は、ゆっくりと顔を上げた。
周りを見回す。見覚えのある部屋。
でも――地下牢じゃない。
冷たい石の床じゃない。
柔らかいベッドの上。温かい毛布。
部屋を見回す。
右側には――窓。朝の光が差し込んでいる。白いレースのカーテンが、風に揺れている。
その横には――クローゼット。木製の、大きなクローゼット。
ベッドの目の前には――机と鏡。
そして、左側には――扉。
(……この部屋……)
見覚えがある。
リィエル公爵家――私の部屋。
この部屋には、7年前にシャリアお母様がお父様と結婚してから、ずっと暮らしている。
でも――いつの記憶だろう。
「……え……?」
私は、ゆっくりとベッドから降りた。
素足が、柔らかい絨毯に触れる。
(……絨毯……?)
地下牢には、こんなものなかった。
冷たい石の床しかなかった。
私は、自分の手を見た。
小さい。
細い指。
幼い手。
16歳の手じゃない。
(……まさか……)
心臓が、激しく跳ねる。
私は、鏡の前へ歩いた。
一歩、また一歩――ゆっくりと。
足が、震える。心臓が、激しく跳ねている。
そして――鏡を覗き込む。
「……っ!」
息を呑んだ。
鏡に映っているのは――私。
でも――16歳の私じゃない。
もっと――幼い。
ライトブルーの髪は、まだ腰まで届くほど長い。ただ、16歳の時よりは扱いやすい長さ。
顔も――幼い。
透き通った青い瞳は、同じだけど。
頬は、ふっくらしている。まだ、子供っぽさが残っている。
身長も――低い。
鏡の中の私は、小さかった。
(……これ……私……?)
私は、鏡に映る自分を、じっと見つめた。
数秒――数十秒――
ただ、見つめ続けた。
信じられなかった。
でも――これは現実。
鏡は嘘をつかない。
私は、自分の頬を触った。
柔らかい。温かい。生きている。
次に、胸を確かめる。
まだ、ほとんど膨らんでいない。
身長も――低い。
声――出してみる。
「……あ……」
高い声。幼い声。11歳の声。
(……私……11歳に……戻ってる……?)
手が、震える。
信じられない。
でも――これは、現実。
鏡に映っているのは、11歳の私。
幼い私。
まだ――全てが起きる前の私。
魔法学園に入学する前の私。
お姉様が暴走する前の私。
アメリアさんと出会う前の私。
(……死に戻り……?)
心の中で、呟いた。
(……もう一度……やり直せるって……こと……?)
涙が、溢れそうになる。
でも――今は、泣いている場合じゃない。
確認しなきゃ。
本当に、11歳に戻ったのか。
本当に、やり直せるのか。
その時――
トントン。
扉をノックする音が聞こえた。
「アミアお嬢様、起きていらっしゃいますか?」
優しい声。
聞き覚えのある声。
でも――誰だろう。
(……この声……)
ずっと昔に聞いた、懐かしい声。
でも――思い出せない。
私は、扉の方を向いた。
「……はい」
か細い声で答える。
声が、震えている。
扉が、ゆっくりと開いた。
そこには――メイドが立っていた。
茶色の髪を後ろで結んだ、若い女性。
穏やかで優しそうな顔立ち。
メイド服を着て、丁寧にお辞儀をする。
「おはようございます、アミアお嬢様」
その声は、柔らかかった。
まるで、母親のような温かさ。
「……あの……」
私は、震える声で尋ねた。
「……あなたは……?」
メイドは、わずかに驚いた表情を見せた。
眉を上げて、不思議そうに私を見る。
「私はリリナです。アミアお嬢様のお部屋を担当しております」
「リリナ……」
その名前を、口にする。
(……ああ……思い出した……)
リリナ。
私が幼い頃、ずっとお世話をしてくれていたメイド。
優しくて、いつも笑顔で、私のことを可愛がってくれた。
でも――確か、私が13歳の時に――別の屋敷へ異動になった。
それから、会っていない。
一周目では――ずっと会えなかった。
(……リリナさん……)
懐かしい。
そして――ここが、11歳の世界だという証拠。
リリナさんがいる。
ということは――本当に11歳に戻ったんだ。
「アミアお嬢様? お顔色が優れませんが……大丈夫ですか?」
リリナさんが、心配そうに近づいてくる。
その顔には、本当に心配の色が浮かんでいた。
「だ、大丈夫です……」
私は、慌てて首を振った。
「少し……夢を見ただけで……」
「そうですか……」
リリナさんは、安心したように微笑んだ。
「悪い夢だったのでしょうか? お顔が真っ青ですよ」
「……はい……少し……」
私は、小さく頷いた。
悪い夢――いや、悪い現実。
一周目の、全て。
「では、お着替えをお手伝いいたしましょうか?」
「あ、ありがとうございます……でも……」
私は、リリナさんを見た。
震える声で、尋ねる。
「……あの……お姉様は……?」
「はい、ネフェリアお嬢様なら、隣のお部屋にいらっしゃいます」
リリナさんが、優しく答える。
「今、お着替え中だと思いますが――」
「……っ!」
私は――もう我慢できなかった。
お姉様――
隣の部屋に――
生きている。
「アミアお嬢様!?」
リリナさんの驚いた声が、背後で聞こえる。
でも――構わなかった。
私は、部屋を飛び出した。
素足のまま、廊下を走る。
絨毯の感触が、足の裏に伝わる。
でも――そんなこと、どうでもいい。
隣の部屋――お姉様の部屋へ。
廊下は、まっすぐ伸びている。
左側に、いくつか扉が並んでいる。
その中の一つ――隣の部屋。
扉の前で、立ち止まる。
心臓が、激しく跳ねている。
(……お姉様……)
(……本当に……いるの……?)
手が、震える。
でも――私は、扉をノックした。
トントン。
「……お姉様……?」
か細い声で、呼びかける。
しばらく――沈黙。
数秒が、永遠のように感じる。
そして――扉が、開いた。
そこには――赤い長髪の少女が立っていた。
赤い瞳。
14歳――まだ幼さの残る顔立ち。
でも――間違いない。
「……あれ、どうしたのアミア」
お姉様が、不思議そうに私を見た。
その声――優しくて、温かい声。
一周目では、もう二度と聞けないと思っていた声。
処刑台で、失われた声。
私の頭の中に――フラッシュバックが流れる。
***
地下牢。
鉄格子越しに、お姉様が泣いていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……アミア……」
「私……あなたを裏切った……」
「あなたの記憶を奪った……」
「嘘をつき続けた……」
「許されないことをした……」
お姉様の赤い瞳には――深い悲しみが宿っていた。
憔悴しきった顔。
拘束具をはめられた手。
冷たい牢屋の中で――震えている姿。
そして――
処刑場。
お姉様の叫び声が、耳に響く。
「アミア……! アミア……!」
「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」
「私のせいで……!」
「私が……あなたを……殺した……!」
泣き叫ぶお姉様。
処刑台に固定された首。
高く掲げられる斧。
そして――
振り下ろされる――
「……っ!」
***
フラッシュバックが、終わる。
「……おっ……お姉様……」
私は、涙を流しながら――お姉様に抱きついた。
「……え!? アミア!?」
お姉様が、驚いた声を上げる。
「どうしたの!? 何かあったの!?」
私は、お姉様の胸で泣いた。
一周目で――守れなかった人。
洗脳されて、暴走して、処刑された人。
でも――今、ここにいる。
生きている。
温かい。
「アミア……?」
お姉様が、優しく私の背中を撫でてくれる。
その手の温もりが――本物だと教えてくれる。
お姉様は、生きている。
まだ、洗脳されていない。
まだ、暴走していない。
まだ、処刑されていない。
(……もう……)
私は、心の中で強く誓った。
(……誰も……失わせない……)
(……ネフェリアお姉様も……)
(……一度目で親友になったアメリアさんも……)
(……絶対……私が守る……)
そして――もう一つ。
(……シャドウ……)
黒幕の顔が、頭に浮かぶ。
緑色の髪。道化師のような笑み。冷たい目。
「僕の通り名は――マリオネットシャドウ」
あの声が、耳に残っている。
「ああ、殺すつもりさ」
アメリアさんを殺した男。
お姉様を洗脳した男。
私を殺した男。
(……あなたに会ったら……)
私は、拳を握りしめた。
(……絶対に捕まえて……)
(……地下牢に入れる……)
(……そして……全てを暴く……)
今度こそ――全てを変える。
お姉様を救う。
アメリアさんを守る。
シャドウを倒す。
そして――未来を――取り戻す。
私は、お姉様を強く抱きしめた。
温かい。
生きている。
本物だ。
(……絶対……守る……)
心の中で、もう一度誓った。
(……今度こそ……)
(……誰も……失わせない……)




