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序章(1)断罪された闇魔法の公爵令嬢

 ――これは、アミア・ファミルが死ぬ前の記憶。


 レイフェルズ王国・王城、レオニス王子の屋敷。その大広間で開かれた卒業パーティー。


 華やかな音楽が流れていたはずの空間は、王子レオニス・レイフェルズの声によって一瞬で凍りついた。


 黒い瞳が冷徹に輝き、銀髪が照明を反射する。耳にかかる程度の長さに整えられた髪が、彼の冷ややかな表情をいっそう引き立てていた。


「ネフェリア・リィエルが行ってきた生徒へのいじめ……そして、水魔法しか使えなかった君が闇魔法を隠していた事。これらは重大な問題だ」


 その宣告は、逃げ場のない断罪だった。


 大広間にいた者たちは息を呑み、ただ王子の言葉を待つしかない。


 赤い長髪を肩に流し、黒いドレスを纏ったネフェリア・リィエル公爵令嬢は、その言葉を聞いても動じず静かに立っていた。怒りも否定も見せず、ただ感情の色を失った横顔だけがそこにあった。


 そして、決定的な言葉が落ちる。


「よって、ここに婚約を破棄する……」


 その瞬間、ネフェリアの赤い瞳から光が消えた。必死に守ってきたもの、信じてきたもの、全てが崩れ落ちた。


 わずかな沈黙の後、彼女は小さく呟いた。


「……だったら、全部消えて」


 その呟きと同時に、ネフェリアの両手がゆっくりと前へ差し出される。


 掌の上に、黒く邪悪な塊が渦を巻きながら現れた。それは小さな球体から始まり、瞬く間に両手で抱えるほどの大きさへと膨れ上がっていく。ぐつぐつと煮えたぎるような不気味な音を立てながら、闇の塊は脈動していた。


 そして、さっきとは別人のように邪悪な微笑みを浮かべた。


「ふ……ふふ……ふふふふふ……」


 壊れたような笑いが漏れ、次の瞬間には狂気へと変わる。


「ふふ……あは……あははははははは!!」


 両手から邪悪な黒い塊が次々と生まれ、標的へ向けて放たれていく。それらは一直線には飛ばず、下から上へゆらゆらと揺れながら高速で襲いかかる。


 悲鳴が響き渡り、逃げ惑う者たちの影が床に踊る。黒い塊が一人の生徒に直撃し、その身体が壁へ叩きつけられる。


 別の生徒は腕を負傷し、血を流して倒れ込んだ。


「ぎゃあああっ!」


「助けて……!」


 恐怖と混乱が広間を支配していく。 


 レオニス王子も標的となり、邪悪な黒い塊が彼へ向かって飛来する。


 しかし――王子は、氷魔法使いとしての冷静さを失わなかった。咄嗟に無詠唱でアイスシールドを発動させる。


 何もない空間から、透明な氷の壁が出現した。決して壊すことのできない絶対的な防壁。


 黒い塊は氷の壁に阻まれ、地面へと弾き落とされた。


「くっ……!」


 王子は無傷のまま、冷徹な黒い瞳でネフェリアを見据える。


 けれど、他の生徒たちにそんな余裕はなかった。


 次々と傷つき、倒れていく者たち。


 その時――


「危ない!」


 金髪の少女が駆け寄り、手を前に突き出す。


 真面目で優しく、誰かのために何かをしてあげたいと常に考えている大臣の娘――金髪と綺麗な水色の瞳を持つアメリア・カーフェーン。


「アイスショット!」


 透明な氷の塊が次々と形成され、闇魔法に向かって飛んでいく。氷と闇がぶつかり合い、相殺される。生徒たちは難を逃れた。


 アメリアは息を呑み、ネフェリアを見つめる。


(……ネフェリアさんを止めなきゃ……)


 もう一度、アイスショットを放つ。今度は、ネフェリアを狙って――

 だが、手が震える。躊躇いが、引き金を引けなくさせる。


(……撃てない……)


 その隙に、再び闇魔法が襲いかかる。アメリアは咄嗟にアイスショットで相殺する。


 そして――その瞬間、レオニスが動いた。


 広間は阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄と化していた。


 そして――暴走は突然、途切れた。


 ネフェリアの両手から放たれる黒い塊が消え、彼女の身体がかすかに揺れる。


「は……あ……」


 ネフェリアの息が荒くなる。魔力が完全に尽き果てたのだ。


 そして、糸が切れたように静かに崩れ落ちた。


 広間には、傷ついた生徒たちの呻き声だけが残された。負傷者と重傷者――けれど、幸いにも死者は出なかった。


 騎士たちが駆け寄り、ネフェリアに拘束具をかける。


 レオニスは冷たい表情のまま命じる。


「……連行しろ。暴走の危険がある。負傷者の手当ても急げ」

「医療施設へ運べ。重傷者を優先しろ」


 騎士たちが負傷した生徒たちを抱え、王子の屋敷の大広間から駆け出していく。東へ、医療施設へと向かう。


 そして、レオニスはアメリアへ視線を向けた。


「アメリア。ネフェリアの義妹であるアミア・ファミルに、この事を伝えておけ」


 アメリアは震える息を整え、静かに頷いた。


「……分かりました、レオニス様」


 アメリアは白と青のドレスのまま走り出した。


 王子の屋敷の大広間を飛び出すと、冷たい夜風が頬を撫でる。屋敷の右にある女子寮へ、石畳の道を駆ける。息が上がり、ヒールの音が夜に響いた。


 女子寮の入り口から駆け込み、階段を駆け上がり、三階の自室へ飛び込む。


 震える手でドレスを脱ぎ捨て、クローゼットから制服を引っ張り出す。ボタンを掛け違えそうになりながら必死で着替え、乱れた金髪を手櫛で整えた。鏡に映る顔は青ざめている。


(早く……アミアさんに伝えなきゃ……)


 アメリアは深呼吸をして、再び走り出した。廊下を駆け抜け、女子寮の階段を下りる。一階へ降り、通路の奥――アミア・ファミルの部屋へと向かった。

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