第93話「足運びと袈裟斬り」
#第93話「足運びと袈裟斬り」
攻撃後に半身へ戻す――それを体に覚え込ませてからモンスター討伐の効率が明らかに変わった。
まずは攻撃力が段違いに増した。全身を使った”振り下ろし”が形になってきている。更にその攻撃から攻防一体の"半身”にスムーズに移行することで危険な状況が減った。
その二つを覚えただけだが明らかにモンスター討伐が楽になった。ルナの道場で覚えた二つの基本だけでも大きな進歩なのが本当に理解できる。
この2つだけでもこれだけ違うのだ。剣術は本当に凄い。今後も更に強くなれると思うとワクワクする。ルナには感謝しかない。
そして、その二つの基礎技術をおよそ習熟できたということで次に移った。今度は足運びの訓練だ。しかし残念なことに稽古はぐっと地味になった。足運びの基本をひたすら反復する日々となっている。
縦移動・横移動・斜め移動・回転。それぞれ10回ずつを5セット。
送り足、開き足、入って離れる。頭の高さを変えず、踵を浮かせない。膝・骨盤・肩・刃筋の向きが揃うかをルナが横から見て、都度、小さく首を振る。
これが地味にきつい。剣を振っていないのに剣を持つ手も重くなる。剣を振らない動きだけなのでつまらなくて嫌になる。
「すでにある程度の動きはできている。ただ――もう一段、速く強くなれるんだ。前足で引き出して、後足で押す。いまのは逆」
「くっ……了解」
くぅ、ほんとに地味すぎる。だが、稽古後にダンジョンに行くとその違いが分かった。縦移動の踏み出しにキレが乗ると振り下ろしに体重が乗り威力が出るのだ。この動きはかなり大事だなと実感する。
横方向、斜め方向の動きは更に顕著だ。モンスターに囲まれないような位置関係が大事なことは盾をする時に思い知った。動きが早くなればモンスターは付いてこれず盾も安定する。
そして素早く回転することができれば二方向にいる敵に対峙することも容易になる。振り下ろしの後に回転しそのまま再び振り下ろすことができれば一気に敵モンスター二体の討伐も夢ではないかもしれない。もちろんスムーズに動かないと囲まれるだけだ。スピードが大切になる。
ただこの足運びの動きには注意が必要らしい。
「ここは道場だからすり足が生きる。けどダンジョンでは床が死ぬこともある」
ルナが畳を指でなぞる。
「段差、瓦礫、ぬかるみ。特に後ろは見えない。地形を先に読む癖をつけておけ。下がる前に退き道を見る」
「それは……分かる。何度かつまずきかけたことがある」
「“ある”じゃなくて“無くす”。レンの最優先は生き残ることだ。つまずいたら最悪そのまま死ぬ」
うう。正論が刺さる。足運びは地味できつい練習だが頑張るしかない。そして先に地形をチェックすることも重要だ。
そんな地味できつい足運びの訓練の中にも楽しいことがある。それは足運びの途中でたまに入る剣の”振り下ろしからの”半身”の訓練だ。剣を振り下ろすのがこんなに楽しいとは思わなかった。
そんなある日、ルナが木刀を取り上げた。
「足運びも安定してきた。そろそろ新しい切りをやろうか。今度は袈裟斬りだ」
袈裟斬り?
おお、なんともロマンのある名前だ。かっこいい。足運びとは雲泥の差だ。これで足運びは卒業かな?すごく長かったように感じるよ。
「レン、袈裟斬りは知っているか?」
「知らない。でも名前は最高にかっこいい。俺はこういうのを待っていた気がするよ。ワクワクが止まらない」
「そ、そうか。目が輝いているな。でも袈裟斬りについては何も知らないんだよな?」
「斜めに切り下ろす剣術だよね」
横からひよりが答えると、ルナが頷く。
「ああそうだ。レンがこれまで主に振っていたのは名前を付けるならば真向斬り(まっこうぎり)といったものだ。振りかぶって上段から真下にまっすぐ落とす切り。これは力が乗る攻撃だ。ただしどうしても隙ができやすい」
「だから隙を少なくする。リスクの少ない半身からの攻撃ならば右袈裟が扱いやすい。相手の左肩口から右腰へ斜めに通す」
「ふむふむ。ふりかぶらなくていい分、隙が少ないんだな。そして速く出せそうだ」
「そうだ。体をややひねるようにして打ち込む形になる。どうしても腕と肩が入りやすくなるから注意。そうなると今までと同じように力が乗らないからな」
「慣れてきたら他の技も覚えるがまずは袈裟斬りだけ覚えよう」
「慣れるとこんな連続技も出せる。」
ルナはそう言うと袈裟斬りを繰り出した。それを連続で2回、凄い速い。今、確かに2回振ったよな。1回剣を振る時間とそれほど変わらない。
その次は袈裟斬りで振り下ろし、そのまま振り上げて上に切り上げる逆袈裟への移行、更にその次は袈裟斬りから体勢を反対にしてからの左袈裟斬りへの移行などの連続技を披露してくれた。それを繋げれば3連、4連の攻撃に。まるでゲームだ。やばいかっこよすぎる。
「ただしこれらの連続攻撃は基本ができてからだ。かっこいいと思ってもむやみとやらないように。習熟が逆に遅くなるからな」と強調された。まるで俺の心を読んでいるかのようだ。やってみたいと思ったがここはぐっと我慢だ。
「では袈裟斬りだけやってみてくれ。もちろん連続技は考えるなよ」
「分かった、袈裟斬り!」俺は半身から斜めに切りつけた。
「どうだった?」
「まだまだだな。その前に叫ぶな。技名を叫んでやることをばらしてどうするのさ。相手がモンスターでも癖は読まれる。声に出すな、叫ぶなら心の中で」とルナが呆れている。
「男のロマンを……分かってくれ」
「強くなってから言え」
「はい」
俺は新しい攻撃技「袈裟斬り」を繰り出すことに夢中になった。今まで地味な足運びばかりしていたので余計に楽しい。
しばらくの素振りの後、的に振って威力を確かめてみる。
ドン。
重低音ではないが、斜めにめり込む手応えが少しあった。
「少し良くなったが今のは遅すぎる。足が先に止まってから肩と腕だけで振ってる形だな。踏みと打ちを合わせる。体全体、特に腰もしっかりと入れるように」
ルナが俺の腰骨を軽く押す。
「腰→肩→肘→手の順番だが動くのはほぼ同時だ。では、右袈裟→戻り→右袈裟を繰り返して。速く・正確に・安全にやってみよう。」
汗が滴る。
繰り返すごとに、斜めの線が少しずつ細く、音が低くなる。
「レン!」
「はい?」
「少しずつ良くなっている。そして不器用は悪くないよ。数を振った分だけきれいに再現される。足運びと振り下ろしを離すな。体全体で。そしてダンジョンでやるときは地形を確認し、退き道を先に取る。そうすれば安全に攻撃ができる、不安も消えて思い切りが出る」
「了解。数で勝負する」
最後に十本を三セット。
半身、右袈裟、半身、右袈裟、半身、右袈裟と繰り返していく。
呼吸を合わせ、足と打ちを合わせ。そして……声は出さない、ぐっと我慢。
地味な練習が多いがその中に攻撃が入って楽しくなってきた。早くこれもダンジョンでも試してみたいと思う。
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