第71話「初稽古――姿勢と素振り」
#第71話「初稽古――姿勢と素振り」
いつもより早い朝の空気は冷たく澄んでいた。弟と妹は起こさずに朝ごはんの用意だけして5時過ぎに家を出た。2人はちゃんと起きて学校に行けるだろうか。少し心配だ。
そして約束どおり、俺とひよりは早朝の電車にのり八王子駅から歩いて15分ぐらいの道場へ行き、畳の上で教えてもらった準備体操を終えた。俺だけでなくひよりも一緒に教えてもらうことになったのだ。
「今日から宜しくお願いします」
「こちらこそ。今日から基本を教えるが基本だけでも多種多様だ。それを全てやっていたら時間が足りない。だから基本の中でも実戦で使えそうな部分だけを抽出して教えていくつもりだ。質問があれば適宜聞いて欲しい」
ルナはそう告げてすぐ稽古に入った。
「まずは姿勢だ。背骨を一本に立て、みぞおちを少し引き上げる。顎は引く。肩は落とす。骨盤を立てて、両足の親指・小指・踵に均等に重さを感じるように立つ」
「……立ってるだけなのに、結構きついな」
「それが正しい。でも姿勢が崩れれば、動きは鈍り、打撃の力も抜けてしまい意味がない。何をするにも姿勢が大事、それが一番の基本だと思って欲しい。基本さえ身に付けば応用はいくらでもできる」
十分ほど微調整が続いた。ルナは俺の脇に指を入れて肩の力を抜かせ、腰の位置を数センチずらす。
「はい、今の位置で足裏で床(地面)を押してみよう」
「こ、こうか?」
「そう。――その“押し”が後で剣に乗る。下半身からの力が乗るんだ」
「次は素振り。百本×三セット。一本ずつ直す」
木刀を受け取り構える。そして振った。かなり疲れる。
最初のセットの仕上げに的に向かって当てる。
「いくぞ」
カン、と乾いた音がした。あまり力が伝わっている感じはしない。
「……軽いな」
「ちょっと待ってくれ。素振りは良くなってきているが的に対して振る時だけはかなり力んでいる。腕だけで振らないことだ。腕は最終的な結果に過ぎない。本当の動力は地面と体幹だ。後ろ足で地面を押す。すると骨盤が回り背中から前腕へ”体全体の力が伝わる”」
「なんだそれ?体全体で振らないと駄目ということか?」
「簡単にいうとそうだな。とりあえず再び素振りをしてくれ。“押して、回して、流す”を意識して。息を吐いて」
次のセットの仕上げに的に向かって当てた。
カン――音が少しだけ低く変わった。
「さっきよりは良い。だがまだ肩に力が残っている。体の力が途中で止まってしまっている」
「肩の力を抜いて、肘を前に“落とす”感じだと思うよ」
とひよりが横から真似をしてくれる。
「助かる」
「うん、ひよりくんは型がある程度できているな。何かやっていたのか?」
「中学の時に剣道をしていたからかな?」
「なるほど、それはいい。そのまま続けて欲しい。悪いところがあったら指摘する」
がっくり、俺が一番駄目らしい。早く追いつかないとな。そうしておよそ形はできたのかその後は一本、また一本。ルナは一本ごとに止めて俺の動きを微調整をするかのように矯正した。足幅二センチ内へ、左膝の向き、手の内の角度など。
「こんな感じだ。同じ幅、同じ軌道、同じ呼吸。再現性が威力を作る」
「俺、同じに振ってるつもりなんだが……」
「つもり、では足りない。身体が勝手にやるまで繰り返すんだ」
三セット目の素振りが終わった。前腕が張り、掌が焼けるように痛い。
「じゃあ的に当てよう」
床に据えた当て木に俺が打ち込む。パスッ、と軽い音。少し音が変わった。
「次、私がやってみるから見ててほしい」
俺はびっくりした。ルナが軽く打つ――それなのにドン、と腹に響くような重い音が鳴ったのだ。かなりの威力。速さはさほど変わらないように見えるが質量だけが増えたみたいだ。これは凄い。
「い、今の何が違う?」
「押す→回す→流す、の順序が崩れない。上半身は“運ぶだけ”。力んでいないから、体全体の力、全部が剣に届くんだ」
「強く振ってないのに、なんでこんなに……」
「逆に考えてもいいかな。“強く振らない”からだよ。力みはブレーキになる。特に上半身の力みがあると体の力が伝わらない。まずは軽く振ることから考えてもいい」
もう一度、俺がやる。力が抜けて更に軽くなっただけ。パスという乾いた音しか出ない。
「うーん……」
「ははは、最初はそんなもんだよ。疲れて下半身が動かず、腕だけになってる。戻って姿勢を整えて」
姿勢に立ち返り、足で床を押し、吐く。
「――ドン」
「今の! さっきより響いたよ」ひよりが顔を上げる。
「たまたまうまくいったみたいだな」
「たまたまを増やして当たり前にするのが稽古だ。今の感じを忘れないように繰り返そう」
休憩中、麦茶を飲みながら愚痴が漏れる。
「正直、疲れるだけでどんどん威力が出てない気がしてくるな……」
「レン、疲れて姿勢が悪くなっている。そして疲れで無意識のうちに下半身を使うことを忘れているんだよ。どんなに疲れても型通りに動くように、体に覚え込ませないと駄目だ」
「まだ完全ではない。でも、疲れ方が変わってきてるだろ。前腕だけじゃなく、足と背中に来てるはず」
「……来てる。太腿と背中が痛いし重い」
「それが全身で振れている兆候。だから悪くはないんだ。今日のノルマは“姿勢をできるだけ崩さず素振り三百、的に三十”。他の技はやらなくていい。これだけをがっつり覚えよう」
「他にも覚えることがあるんじゃ?」
「ある。だが今、他のことを入れても身につかないしかえって邪魔になる。基礎二点――姿勢と素振り――が形になるまで、毎朝これだけでいい」
最後の十本を的に当てた。でも音は全く安定しない。良さそうな一打と軽い一打が混ざる。
「……俺、やっぱり不器用かもしれないな」
「不器用の方がいいよ。その方が反復して体に覚えさせることができる。数は裏切らない。器用な人間ほどいざと言う時に体が動かずうまくいかない」
「“同じ一本を”積むこと。数だけ増えても、同じでなければ別物だよ」ひよりが微笑む。
「二人とも厳しいな」
「現実はもっと厳しい。死ぬよりはましだろ」ルナがさらりと返す。
「でも、今日の最後の一本はぎりぎり合格だ。あの感じを忘れるな」
稽古が終わる頃、掌の豆がうっすら膨らんでいた。痛い。けど、嫌じゃない。
「明日も同じメニュー?」
「うん。三日続けて、早ければ四日目ぐらいから体捌きを混ぜるかもしれない。次は受け流しの“型”に落とし込む」
「了解。……よし、やるしかない」
帰り際、ひよりが小声で言った。
「ね、最後のは結構よかったよ。いい形だった」
「偶然だ」
「なら明日は“必然”にしようね」
俺は頷き、木刀の柄を握り直した。
不器用なら何度でも。
体が覚えるまで、同じ一本を積み上げるだけだ。
それにしてもこの疲れ切った後でダンジョンで討伐か。毎日慣れるまでが大変だな。でも強くなるまでは何でもやってやる。
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