第213話「司の甘い誘惑と罠」
#第213話「司の甘い誘惑と罠」
レンたちが日本の“切り札”として期待され、順調にレベルアップしながら確実に実力を蓄えていく一方で、クラン『エクリプス』は完全に停滞していた。いや停滞ならばまだ良かったかもしれない。状況は日に日に悪化していった。
一応、本田や佐藤、そしてもう一人のレベル3メンバーは地道にそして必死に頑張っている。レベル3メンバーがレベル4に上がればクラン『エクリプス』の戦力が更にアップするだろう。希望を持って動いている。
しかし、それ以外のメンバーは——ダンジョン一階層、二階層の「常時監視」という仕事にすっかり飲み込まれていた。努力を忘れた人間が増えていく。現状維持ならばまだいい。完全に平均的な実力が下がっていった。
監視という仕事は、人によっては耐えがたいほど暇だ。もともとサボっていた人間はまだいいだろう。しかしながら、やる気に溢れていた者ほどその退屈さに心が摩耗していく。
ただぼけっとして時間が過ぎる。その時間、1日6~8時間ぐらいの拘束時間は何らかの空想するぐらいしかすることがない。
そのうちにだらけて監視作業中に座るメンバーも出てきた。最初のうちは隣で座り続ける仲間を見て「みんな真面目にやっているのに、なんであいつはダラけてるんだ」と不満の声も上がっていた。
だが、それも長くは続かない。
6〜8時間もの“ほぼ何もしない時間”が延々と続く。
これが毎日ともなれば——人の心は必ず緩む。
「どうせ何も起きない。立ってても座ってても同じだよな」
「そうだな。監視作業自体はやっているのだから別に立っていても座っていてもどちらでいいな」
立って監視することさえもせずに座ってサボることが当たり前に。そんな空気が、ゆっくりと、しかし確実に広がっていった。
もともとクラン『エクリプス』自体がもともと大学サークルの延長のような集まりだ。「金と自由が手に入る」という夢で何とかひっぱられてきてはいたがそこまで主体性の強い人間ばかりではない。
そういう烏合の衆の場合は、本来なら強い意思で方向性を示す“リーダー”が必要なのだが、『エクリプス』にはいない。いや、いなくなってしまっていた。
その隙を突くように、元リーダーで社長の息子である司がメンバーに近づき甘い言葉を囁いた。
「こんなしょーもない監視作業に人間が3人も必要か? 2人で足りるだろ。なあ、一人は俺と遊びに行こうぜ」
確かにそうだなと納得するメンバー。一階層や二階層など、ほとんど何も起こらない。一般のハンターが頑張って活動しているのだ。自分のところにモンスターが出てくることなどない。あっても実力的に対応は2人、いや1人でも十分ぐらいだ。
「2人で十分」という甘言は、一部のメンバーの心を揺らした。
それでもさすがに司と行動を共にするメンバーは最初はいなかった。
しかし、人間は楽をしたい、楽しみたい動物。とうとう一線を越える者が出た。
そうしてローテーション制の1人の“抜け”が生じた。
当然、日報には出勤したと嘘を書く。悪質だが、「どうせ誰も困らない」という感覚で嘘を付く。
本来なら止めるべきだ。
だが、司は元リーダーであり、同時に直属の社長の息子。
「チクった奴はクビだからな。」
その一言で、メンバーは口をつぐんだ。本当は石動さんに相談すべきことだろう。しかし本当にそれでいいのかと悩んでいた。なんだかんだ言っても司は社長の息子、本当にクビにされる可能性は捨てきれない。
そうして悩んでいるうちに時がすぎ、動くタイミングを完全に失ってしまった。そう、最初に動かない人間が途中から正義感で動くはずもないのだ。何らかのきっかけでもない限りは。
そこからは早かった。
「あいつがサボってるなら俺もいいかな」という連鎖が少しずつ広がった。もちろん3人体制の3人全員がサボるのはさすがに無理。でも1人ぐらいは抜けても大丈夫ということでローテーションで抜ける人間がちらほら出てきた。
そしてサボり仲間が増えた頃、司は次の段階に移った。
「こうやってサボってるの、バレたら大問題だよな? 一蓮托生だよな?」
そして司からの“タカり”が始まった。後悔してももう遅い。バレれば確かに大惨事だ。弱みを握られた者たちは、しぶしぶ司に奢り金を出す。
極めつけは、司が放った甘い言葉だった。
「俺がまたクランを仕切るから安心しろ。全部うまくやる。今、俺の中になっている人間は後から好待遇が待っている。もちろん裏切ったら逆だけどな」
すでに司の罠から抜けることはできない。ならば最後まで付いていくしかないと諦めるメンバーも出てきた。
飴と鞭、支配と依存。
クラン『エクリプス』の一部はほぼ崩壊したと言ってもいい状態だった。もはや組織としての体をなしていない。
かつては小さくとも希望のあった集団が今では腐敗の臭いを漂わせている。このままクラン『エクリプス』は更に堕落して終わってしまうのか。
それとも、どこかに復活の芽があるのか。
現時点では——まだ誰にも分からない状況だった。
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