第193話「陣馬高原ダンジョン異変」
#第193話「陣馬高原ダンジョン異変」
その日、恐れていたことが――いや、予感していたことが早くも現実になった。
俺、ひより、ラム、リンはいつものように、週に一度の陣馬高原ダンジョンへ向かっていた。ルナは現地集合の予定だ。
だが、タクシーが途中で止まったまま動かない。前方では交通規制のようなものが敷かれ、警備員らが慌ただしく走り回っていた。
タクシーの運転手さんも困っている。
「どうも今日はこれ以上は進めないようですよ。どうしましょう?」
ラムが静かに言った。
「嫌な予感がします」
「降りて行きましょう」とリンも続けた。
どうやらラムとリンには何か感じるところがあるらしい。そこで俺たちはタクシーを降り現地に向かった。
少し先に進むと黄色い規制線が張られていた。
「規制線に近づかないように。危険ですからなるべく遠くに逃げてください。道路の陥没が起こっています」という警備員の声も聞こえる。
俺はどうしようかと考えていたが、それをラムとリンはすぐに超えていく。
「待ちなさい!入ってはいけない」という警備員の声を無視して進んで行く。仕方がなく俺とひよりも続いた。
「ラム、リン、どこへ?」
「おそらくモンスターが氾濫していると思います」とラムが答えた。
俺は驚愕した。恐れていたことが早くも起こったのか?警備員は道路の陥没とか言っていたけどあれは嘘なのか?
確かに耳を澄ませば、俺たちとは反対方向に進む周囲の人々が規制線の方に逃げながら口々に話している。
――どうやら、ダンジョンの“氾濫”が起きたらしい。ラムとリンの言うことが正しいようだ。
まさか、陣馬高原ダンジョンで?
そこから更に進んでくこと数分、遠くに暴れ回るモンスターの姿が見えた。
「まじか……本当に外に出てきてやがる」
あれが、ダンジョン外に漏れたモンスター、ダンジョンの中では何度も見てきた。そして数えきれないぐらい討伐してきた。
でもダンジョンの外では討伐できないだろう。俺では勝てるはずがない。倒せるとしたら……ラムとリンに頼るしかない。
「私たちは着替えてきます」
ラムとリンがそう言って近くのスーパーへ向かった。変装用のスウェットとゴーグルを装備するためだ。ひよりが同行し、俺は一人で状況を確認することにした。
遠目にモンスターが見えるところではさすがに通りにはほとんど人がいない。避難が完了しているのか、それとも建物に隠れているのか……。
そんな時だった。
視界の端に、小さな影が揺れた。
「……子供?」
道路の向こうに、まだ幼い女の子がぽつんと立っていた。
俺の胸が跳ねる。なんでそんなところにいるんだ、やばいって。
「おい、なんでまだ残って――!」
その背後に1階層のモンスタースライムがぬるりと這い出してくるのが見えた。
――やばいやばい、どうしたらいい?
そう思うと同時に反射的に走り出していた。
思考よりも先に体が動いていた。ああ俺は馬鹿かもしれない。
スライムが女の子を襲おうとしたその瞬間、俺は女の子を抱え上げ、近くの建物の影に飛び込んだ。
スライムはきょろきょろした。良かった、何とか逃れたと思ったが見つかっていたようだ。こちらに向かってきた。それも意外なほど素早く、地面を這いながら追ってくる。
このまま逃げ切れないか?とにかくできるだけ逃げよう。
「くそっ、1階層のスライムのはずだろ……! なんでこんなに動きが早いんだ。ダンジョンの中と外でこんなにも見え方が違うのか?」
そして、とうとう追いつかれてしまった。辛うじて攻撃を避けるが、子供を抱えている分だけ動きが鈍る。
息が切れ、視界が揺れ始めた。そろそろ無理か?――そう思った、その瞬間。
ドシュッ、と空気を切り裂く音。スライムが崩れ落ちた。
「レンさん!」
そこには仁王立ちしているラムが。振り返るとリン、そしてひよりが立っていた。ラムとリン2人の姿は既に変装済み。俺は助かったのか…
「無茶しないでください!」とラムが叫ぶ。
リンも心配そうに泣きそうな声で俺の腕を支えた。
「レンさん、大丈夫ですか?」
「すまん……でも、助かった」
その後、子供はひよりが規制線の外に案内する一方で俺、ラム、リンは街中に侵入した。
ラムが俺を守りリンが圧倒的な速さで動き回りモンスターを蹂躙するかのように討伐していく。全く危なげない。俺が苦労していたスライムをものの一瞬で倒している。
2階層のゴブリン、3階層のベアも全く問題なく倒していく。
リンの動きは、もはや目で追うこともできない。数分もしないうちに、通りの敵は全滅したと思われる。
「これで終わりと思うです」
リンが静かに告げると、街に一瞬の静寂が戻ったような気がする。他には本当にいないのだろうか?辺りを見渡すが確かに人もモンスターも見えない。
おそらくは本当に終わったと思われる。
「さすがラムとリンだ。ありがとう」
「どういたしまして、でもレンさん、危険なことはしないでください」とラムとリンは泣きそうな声で伝えてきた。
「悪かった」
申し訳ない。あの時は考えるよりも体が先に動いてしまった。助けることができてよかったとは思うが危険すぎた。
子供には……一部、ラムとリンの戦闘シーンを見られたかもしれないがこればっかりは仕方がない。
ラムとリンは再びスーパーのトイレで着替え、俺たちは避難民のように人の流れに紛れた。
肩で息をしながら俺は思い出した。
「……あれが、街に出てきたモンスターか。俺は1階層のスライムでさえも全く敵わなかった」
胸の奥がざわつく。武器を持っていれば1階層のスライムぐらいはぎりぎり対等に戦えたかもしれない。でも2階層、3階層のモンスターはとてもではないが勝ち目はないと感じた。
朝倉さんに聞いていた通りだ。恐ろしいことがすでに現実に起こっている。
そう感じざるを得なかった。
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