ヒロイン病は治らない
あの断罪から数日。
アトラス当主はユティリアが得た証拠をもとに逮捕された。
クラリスもあの妄想音声とユティリアへの態度から校内で白い目で見られ、そして彼女もアトラス当主の犯罪に加担していた点から謹慎処分となった。
以下が今のクラリスの校内での評判である。
「え、あのポエム音声流されたやつ?」
「やめなよ、また“ノイン先輩を救ってみせます!”とか叫ばれたらどうすんの」
「てか、自室で恋愛妄想喋って録音されるって……こっちが恥ずかしいわ」
「今まで猫被ってただけなんだろ? あの性格で“お姫様ポジ”狙ってたの痛すぎ」
「彼氏寝取られた子、ガチでクラリスにブチ切れてたってよ。泣かされたの演技だったの草」
――うん、概ね順調。ユティリアは紅茶を飲みながら満足げに頷いた。
ちなみに“ノイン先輩しか見えない日記”なるポエム集は、生徒会の裁量で「学生のメンタルケアのため、極秘に保管」されることとなり、二度と日の目を見ない(はず)である。
おかげで最近の学園は実に平和だ。
ノインに纏わりつく邪魔者も消え、目に優しい。
しかもあの件以来、ノインがやたらとユティリアの近くにいる。
「ユティ、今日もメシ一緒でええ?」
「いいけど、わたし今“カップル席(付き合ってない)で食事中の彼氏にしれっと絡みに来る後輩女”潰したばかりだから、機嫌はあんまり良くないよ」
「そのセリフを笑顔で言うのがほんま怖いねん……」
ノインが苦笑しても、ユティリアは平然としたものだ。
「ノアの平和を守っただけですよー?」
にっこりと紅茶を啜るユティリアを見て、ノインはぽつりと呟いた。
「……お前みたいなのが、一番怖いんやけどな」
「ひどーい」
◇◇◇◇◇
屋敷の自室に放置され、自由に出かけることもできなくなったクラリスは、毎日自分の可哀想な境遇を嘆いていた。
「どうして……クラリスが、あんな目に……」
シャンデリアの光も届かぬような重苦しい静けさの中で、彼女は鏡の前に座り、整った自分の顔をうっとりと見つめながら、ぽつぽつと独り言を紡ぐ。
「きっとノイン先輩は、今もクラリスのことを想っているのよ。だってそうよね……あんな恐ろしい女の横にいたら、心まで支配されてしまうわ」
部屋の片隅には、使えなくなったスマートフォンや壊れた盗聴器。自室から回収された“妄想音声”の録音機材も没収された。
――でも、脳内には、記録されている。
「ユティリアさん……許さない……ノイン先輩をあんな目で見て、触れて、笑って……」
ベッドに突っ伏して枕を噛みながら、クラリスの瞳には静かな狂気が宿る。
「クラリスは、きっとまた舞い戻ってみせます……そして今度こそ……」
そう、すべては奪い返すために。
彼女の囁きは、次第にうっとりとした吐息に変わっていった。
「だって、クラリスは……ノイン先輩だけの、お姫様なんですから……♡」
あるはずのない日を夢見て、クラリスは今日もノインを想う――。
***
「なんですか理事長。クラリス・アトラスの件ですか? とっとと話せや」
「相変わらず口悪りぃなお前」
理事長は分厚い書類を軽く叩きながら答える。
「神戯売買の主犯格として、終身禁固。アトラス家は資産凍結。協力者だった企業や後援者も次々と摘発されて、今は完全に沈黙状態だ」
「ふーん……興味ないですね」
返ってきたのは、感情のこもらないあっさりとした返答だった。
もはやクラリスの件も、“やりきったひと仕事”としか思っていない。
「ついでに言うと、“クラリス嬢の精神鑑定”とかいう報告も来てる。結果は……まあ、知ってるとおりだ」
「“ノイン先輩だけの、お姫様なんですから♡”とか言ってた時点で、答え出てたようなもんですけどねー」
ユティリアはにこやかに笑った。相変わらず、笑顔の温度が低い。
「ま、そんなわけで。お疲れさん」
理事長がそう言ってデスクの上に置いたのは、新たな封筒。
ユティリアは、ちらりと中身に目を通し、眉をひそめた。
「……なにこれ。“クラリス第二号”って、何の悪い冗談?」
「そのまんまの意味だよ」
理事長は溜息まじりに言う。
「最近ノインに妙に絡んでくる女子生徒がいてな。派手なアプローチ、過剰な嫉妬心、不自然な偶然遭遇、ノインの私物を把握……と、既視感バリバリのムーブをしてくるらしい」
「……あー、あの女か」
ユティリアは頭を押さえた。
「クラリス編、ようやく終わったばかりなんですけど……」
「残念だったな。ヒロイン病ってのは、感染するらしいぞ。ってわけで、クラリス第二号の調査と処分、やってくれるか?」
その言葉に、ユティリアの目がギラリと光る。
「――詳しく聞かせて‼︎」
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