妄想姫の最後の舞台
昼食を求める生徒たちが蠢く食堂。
その一角で、意図的に避けられている場所があった。
校内でも指折りの美少女、ユティリアと、彼女に並々ならぬ執着心と独占欲を抱く美少年、ノインの二人組がいるテーブルだ。
「ユティ、それ一口くれへん?」
「いいよー。はい口開けてー」
「……ん、美味いわ。ありがとさん」
「どういたしましてー」
ハンバーグを求められて、ごくごく自然にあーんをプッシュするユティリア。
それを当然のように受け入れるノイン。
甘いやりとりに周囲の生徒は顔を赤くして視線を逸らす。
これが恥ずかしそうに行われたならば、「「「アオハルだ……」」」と生暖かい目で彼らを見ていられただろう。
だがこれだけの視線の中で全く恥じらうことなくイチャつく二人。しかも付き合ってない。
それに対して思うことは一つ。
(((リア充爆ぜろ!!)))
ただの嫉妬である。
あそこに割り込んでいく勇者などいない――という空気の中、事態は動いた。
ハイヒールの音を響かせ、昼の喧騒の中で“わざとらしく”迷い込んでくる影があった。
校則でヒールは禁止されているが、クラリス・アトラスにはそんなもの関係ない。
そして誰も注意しない。なぜならクラリスと関わると面倒臭いから。
例によって盛り盛りの自家製ランチボックスを抱え、にこにこ顔で現れたクラリスは、ユティリアたちのテーブルにまっすぐ向かってきた。
「先輩〜♡ クラリス、偶然通りかかって! あの、もしお席空いてたら、ご一緒しても……」
「空いてないけど?」
即答したのは、他でもないユティリアだった。
だがクラリスは動じない。まるで聞こえていなかったかのように、くるりとノインの横へと回り込む。
「……っ先輩、クラリス、知ってるんです。先輩が最近、ユティリアさんに無理やり従わされてるってこと……! 目の前であんな“命令”みたいな物言い、クラリス、我慢できませんでした!」
食堂が凍りついた。
その場にいた全員が「は?」と目で言った。
ノインは口元にフォークをくわえたまま固まっていた。
愛しの最愛にあーんでもらったハンバーグの味すら吹き飛ぶほど、わけのわからない言いがかり。
「お前、何言うとんの?」
そう低く呟いたノインに構わず、クラリスは両手で胸を押さえ、うるうると瞳を潤ませる。
「クラリス、見ていられないのです……! 先輩の優しさが、あんな女に踏みにじられて……でも大丈夫。今、クラリスが……先輩を、救ってみせますから!!」
!?
爆弾、落とされた。
だがユティリアは、静かだった。
そっと紅茶を飲み、ナプキンで口元を拭い、それからゆっくりとクラリスを見た。
「……ねえ、クラリスさん」
「は、はいっ?」
「その妄想、どこ製? 脳内メーカーの新作?」
「……っ!!」
クラリスの表情が、怒りに染まる。
「なんですか!? あなた、先輩に取り入って、クラリスの存在を貶めて、そんなに楽しいですか!?あの方が、クラリスの運命の人なのに……!」
わなわなと震えながら叫ぶクラリス。ついに牙をむいた。
ユティリアは冷静に一歩立ち上がる。だが怒鳴りはしない。ただ――目が笑っていなかった。
「……へぇ。運命ね。ふうん、なるほど。じゃあ、クラリスさんが“自分のもの”だって勘違いしてるその人の本心――今、本人に聞いてみようか?」
「……っっっ!!」
突然、クラリスは膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込み、両手で顔を覆った。
「うう……ひどい……っ! 先輩を助けようとしただけなのに、なんでこんな……うっ……!」
はい、始まりました、“泣きクラリス劇場”。
どこからともなく現れたクラリスの取り巻きたちが、「クラリス様にひどいことを!」「ユティリアさん、さすがに言いすぎでは?」などと擁護に回る。
――『ノイン先輩……今、あの性悪女から救って差し上げますからね♡』
突如、食堂のスピーカーから響いたのは、クラリスの声だった。
声が、軽やかに、甘ったるく、狂気じみて、食堂全体に響き渡る。
――『今日のノイン先輩、いつもより3秒も長くクラリスを見つめてくださいました……ああ、これはもう、完全に恋ですね!』
――『あの女と話してたときのノイン先輩、絶対無理して笑ってました。可哀想……クラリスが代わりに癒やして差し上げます!』
……え?
誰かが、呟いた。
全員が硬直する中、スピーカーは止まらない。
――『このままあの女が事故ってくれたらいいのに♡』
どこかの女子生徒が、スプーンを落とした。
金属音が食堂に響く。
クラリスは、凍りついたままスピーカーを見上げた。
その顔から、色が抜けていた。
「え……な、なんで……!? ちがっ、ちがいますの、これは、その……っ!!」
「言い訳は、全部録ってあるから」
目の前で、ユティリアが静かに立ち上がった。
スピーカーのリモコンをポケットにしまい、まるでティーカップでも置くように優雅な所作でクラリスを見下ろす。
「“名家の令嬢”として、校内で好かれるために、何をどこまでやってきたか。あと、盗聴されてるって気づかず自室で毎日ノインに捧げる愛のポエム吐いてたの、けっこうイタいよ?」
「やっ、やめて……っ」
「うん、やめない」
ユティリアは微笑む。
だがその瞳は、冷たく輝いていた。
「アンタのせいでノアが不愉快な思いした。その罪、軽いと思う?」
……沈黙。
その時、食堂の入り口が開いた。
入ってきたのは、一人のメイド服の少女。クラリスの使用人だ。
「クラリス様……! たいへんです。お館様が……逮捕、されました……! 神戯の不正使用と、密輸の罪で……今朝のニュースに……」
ガタン、とクラリスが尻もちをついた。
その目は、現実を理解できていなかった。
――失脚。
父が捕まった。
そして、自分はこの場で“理想のお姫様”の座から転げ落ちた。
ユティリアは、淡々と言い捨てた。
「ふーん。お姫様はもう、白馬に乗れないね」
それきり彼女はくるりと踵を返し、ノインとともに食堂を後にした。
断罪は、終わった。
あとは、ただ――崩れるのを待つだけだ。
ざまぁ!!
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