ノイン先輩を救って差し上げます(本人談)
調査開始から二週間が経った。
相変わらずクラリスがノインに絡む毎日。裏の顔を知っているユティリアから見ると、ドン引きするしかない。吐きそう。
理事長に調査の成果を持っていくと、ドン引きしながら読み込んでいた。
「いやアトラス嬢マジかこれ。ヤバすぎんだろ」
理事長は浮気現場のスナップと、その裏で男たちが語った“クラリス評”の記録をページめくるごとにドン引きしながら読み込んでいく。
ラブレターの複製、色違いのペアアクセ、量産される「クラリスしか見えない♡」証言。
そして、それが全員“別人”であることに気づいた瞬間、理事長は無言で書類を伏せた。
「……ユティリア。お前、よくここまで調べたな」
「ほめてくれてもいいんですよ?」
「いや、普通に怖ぇよ。どこにそんな執念があんだお前」
冗談とも本気ともつかぬ顔で理事長がそう呟く。
けれど、ユティリアはくるりと笑って答えた。
「ノアの平和のためですよ?」
――数日後。
校舎裏の花壇の近くで、今日もまた“偶然”を装ってノインに接触するクラリスの姿があった。
手作りクッキーだの、おすすめ映画だの、ユティリアから見れば全部テンプレ。
だが、ノインが愛想笑いを浮かべつつもそれに応じているのが、また腹立たしい。
そして今日の“追い討ち”はこれだった。
「先輩って、やっぱりユティリアさんと仲がいいんですね〜。あの、無遠慮なところも、可愛げがあるっていうか……ふふっ」
それを聞いていたユティリアは、一瞬だけ目を細めた。
アメシストのように冷たい光を宿したその視線で、すぐさまクラリスの背後に忍び寄り――。
「へえ。クラリスさんって、そういうふうに“他人の関係”に口出せるほど自分はクリーンだって思ってるんですね?」
一瞬、クラリスの笑顔が引きつる。
だがユティリアは、何事もなかったようににっこりと上品な笑みで煽りを返した。
「ま、他人のことをどうこう言える立場かどうかは、そのうち……みんなが知ることになりますけど」
一度ノインに目を合わせて微笑んだ後、その場を軽やかに立ち去りながら。
ユティリアは心の中で、静かに考える。
――そろそろ、かな。
次は、“断罪”のターンだ。
◇◇◇◇◇
ガシャンッ、と陶器製のティーカップが大理石の上で砕ける。
苛立ちのあまりティーカップを床に投げつけたクラリスを見て、壁際に控えていた使用人がびくりと肩を揺らした
「なんなのよ……っ! なんでクラリスを選ばないの!? なんであの女を優先するの!?」
大声で喚いても苛立ちは収まらず、ギリッと親指の爪を噛むクラリス。その原因は彼女が恋慕するノインにあった。
今日もノインは己を愛しそうに見つめてくれた。純愛をテーマにした恋愛映画について話したときも、にこにこと笑いながら「それは面白そうやなぁ」と言ってくれた。
だがあの女が来て、ノインの関心を奪った。
遠回しに貶したら、まるで自分を知っているかのように笑顔で嫌味を吐かれた。
それを慰めて貰おうとしたら「ほな、オレはユティ追いかけるわ」と言って行ってしまった。
――どうして!? あんな女よりクラリスの方が可愛いのに!!
はっ、とクラリスは顔を上げた。
「ああ、わかったわ。ノイン先輩は、あの女に脅されているのね!?」
問いかけるような口調で虚空に叫ぶ。
そうやで、と返された気がした。
「そう、そうなのですね……! ああ、ノイン先輩、なんて可哀想なのかしら……」
ここにユティリアがいれば、彼女は「いや可哀想なのはお前の頭だわ」とタイムロスなしで言っただろう。
自分のアプローチが上手くいかないのはあの女のせいだ。そうに違いない……と、クラリスは妄想を膨らませる。
「待っていてくださいね、ノイン先輩! あなたのクラリスが、先輩を救って差し上げます!」
そうして彼女は、ユティリアを貶める方法を一人練る――。
その様子を盗盗聴していたユティリアは。
「いや妄想キッッッッッツ。マジでどうなってんのコイツの頭。可哀想なのはお前の頭だわ」
おぇ、と吐くようなジェスチャーをして、彼女の計画を完璧に把握し終えたユティリアは、盗聴器をオフにしながら深く息を吐いた。
「……よし。証拠、証言、動機、狂気。全部揃った」
もはや後は、“どう落とすか”を決めるだけ。
もちろんユティリアの中では、すでに複数の“落とし方”が用意されていた。
公開処刑風の校内暴露劇。
または、クラリスが自爆するように追い込む心理戦。
どちらにせよ、もう時間の問題だった。
――カウントダウン、開始。
翌日の放課後。ユティリアは、ノインにこう告げた。
「ちょっとだけ、時間ある?」
その声音は、いつになく真剣で。
その目には、“断罪”の決意が宿っていた。
だが唇だけは、愉しげに弧を描いていた。
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