クソ爺とお話♡
にこっと可愛らしい笑みを浮かべたユティリアは、目の前に座る学校の理事長に向かって口を開き。
「んで? このわたしにお願いしたいことってなんですか理事長。場合によっては殴りますよ」
「口の利き方に気をつけろ小娘があ!!」
右ストレートが飛んできた。
その日理事長室に呼ばれたユティリアは、理事長と対面していた。真っ黒な笑顔で。
実は彼女、現在ちょっと厄介な面倒事を抱えており、ついさっきまで教室でその解決に勤しんでいたのだ。
そんなところにピンポンパンポーン! と入った理事長からの呼び出し放送。
珍しく真剣に作業していたユティリアは不機嫌になった、というのがここまでの経緯である。
「うっさいですよクソ爺。とっとと用件を吐きやがれです♡」
「表情と言葉の温度が違いすぎて風邪引きそうだわ」
甘ったるい声と表情で猛毒を吐くユティリアに、理事長(二十四歳)は自分の肩を抱いて震えた。どうやったらあんなにも正反対な芸当ができるのだろうか。
ふうっと息を吐いた理事長は、表情を引き締めてユティリアを見据えた。
「ウィルシィ嬢。君が今不機嫌なのは、アトラス嬢のせいで正しいか?」
「あれ、知ってたんですか」
予想外の話題だったのか、ユティリアはぱちりと瞬きをした。
クラリス・アトラス。
彼女はこのマラユア神戯学校の一年生だ。
ふわふわと柔らかく波打つ桃色の髪に、うるんだローズピンクの垂れ目。
小さくつんとした唇は、何も言わなくても「守ってあげなきゃ」と思わせる魔法のようだ。
華奢で小柄な体つきは、自然と上目遣いになってしまう――それがまた、たまらなく可憐で。
まるで童話から抜け出したお姫様。誰もがそう思うだろう、彼女の外見だけを見れば。
しかしその本性は、男好きなただのクソ女だ。
泣き顔で人の情けを誘い、袖口をきゅっと握って「怖いの……」と囁けば、男たちは簡単に落ちる。
自分を庇って誰かが悪役にされたって、痛くも痒くもない。
むしろその瞬間こそ、彼女の一番幸せな時間だ。
「あの人に、ひどいことを言われたの……」
そう言って震えながらすがるその手のひらで、次の標的を撫でる準備をしている。
声は甘く、目は潤み、言葉には毒を仕込む。
笑顔の奥に潜むのは、愛でも哀れみでもなく、冷たい計算だ。
“守られる”ふりをして“奪う”ことに、彼女は何のためらいもない。
しかもたちの悪いことに、彼女は顔のいい男ばかりを標的にしている。
誰が選んだってモテるような連中を、ためらいなく真っ先に狙いに行くのだ。
しかもそのほとんどが、人の話をまともに聞かない“見る専”脳筋か、救済願望こじらせ系の善人ども。
クラリスは彼らの前でわざと足を滑らせ、転びかけたふりをして、しれっと袖を掴む。
「……ありがとう、助けてくれて」
なんて潤んだ瞳で見上げれば、はい、もう落ちた。ご愁傷様である。
さて、そんなクラリスの好みは、ヤンデレ気質な男だ。
一見優しそうで、内に狂気を秘めていて、自分だけを見つめてくれる男。
好きになったら一直線で、独占欲が強くて、ちょっと危ないくらいがちょうどいい。
――つまり、ノイン・ガウンは彼女の理想ドンピシャだった。
クラリスは出会った瞬間から、まるで運命でも見つけたかのように瞳を輝かせた。
あざとい偶然を何度も重ね、しれっと“恋する健気な後輩”ポジションを確保。
毎朝の「おはようございます、先輩♡」に始まり、「わたし、先輩みたいな人がタイプなんです……」という意味深な告白未遂まで、手は抜かない。
そして現在、クラリスは完璧な笑顔で、ユティリアの親友を奪いにかかっている。
その事実に気づいている者は、まだ少ない。
……ただし、一人を除いて。
「ほんっっとウッザイ。あのピンク女」
「口悪りぃな、おい」
それがノイン・ガウンの最愛、ユティリアだ。
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