ウインクで星は飛ばせるか
「んとんとっ? 〈『天使』族は至高の種族として一部から崇められており、彼らを信仰する宗教も存在する〉……うーん、面倒だし、続きはもういいやっ」
「やめるなああぁぁっっ!? そこから先が一番重要なんだぞ!?」
「でもわたし天使とか興味ないし? そゆことで、おやすみね☆」
「授業中に教師の前で堂々と寝るなぁっ!!」
ノリがいいことで定評がある担任の教師が、パチンッとウインクで星を飛ばしたユティリアに全力で突っ込む。
しかし本人はすでに分厚い教本をポイっと投げ、机の上に腕を組み、突っ伏して寝る体勢だった。「おやすみー」という軽い声を最後に、すーすーと寝息を立て始めた。
「先生。ユティリア熟睡してます」
「もうっ!?」
隣の席のストレートの茶髪が凛々しい『寂兎』族の少女――アマリーがそう告げると、担任は全力で突っ込んだ。
それに周囲の生徒は苦笑と尊敬の眼差しを向けるしかない。あんなにも堂々と居眠りができるのはユティリアくらいである。
もとよりユティリアは授業出席率が低いことで有名な、超・自分本位少女。ゆえに教師はすぐに切り替えて、授業を続けることを選択した。
「はあ……仕方ないか。サイラス、続きを読んでくれ」
「ハイです!」
元気よく立ち上がった、天真爛漫な笑顔の少年――『狩鷹』族のサイラスは、ユティリアの続きをスラスラと繋いでいく。
「〈それはひとえに、『天使』族の神戯が、災厄とされる、かの〉――」
まだうっすらと意識のあったユティリアは、それを聞いて『やっぱり興味ないな』と、今度こそ意識を落とした。
***
サラリと生温い風が頬を撫でる。燦々と降り注ぐ太陽は、夏の始まりを伝えていた。
「ユティ、アイス落ちるで」
「わ、やば」
慌てて棒アイスを持ち直したユティリアは、指先にこぼれたアイスの一滴をペロリと舐め取る。
そのどこか艶っぽい仕草に、ノインは思わずユティリアの指先をじぃっと見つめる。
それに気づいて「ん?」とユティリアは小首を傾げてみせた。
「なあにノア。食べたいの?」
「……せやなぁ。一口くれへん?」
「ダメー。んはは、やっぱりバニラにすればよかったんじゃない?」
「そういうことちゃうんやよなぁ」
苦笑して手元の抹茶アイスを齧るノイン。ユティリアは変なところで鈍感なのだ。
中庭の一番日当たりのいいベンチに置いた片手に体重をかけて軽く仰け反ったノインは、楽しそうな笑みを浮かべる。
「そういや知っとるか? 最近、なんや自動販売機が暴走しとるらしいで」
急に話題が変わったなと思いつつ「知らないね」と答えるユティリア。
「暴走っていうと、ジュースが何個も出てきたりとか?」
「いや、奇声上げながら爆速で襲ってくるらしいで」
「なんて??」
「奇声上げながら爆速で襲ってくるらしいで」
聞き間違いじゃなかった。
自動販売機にあるまじき暴走に真顔になるユティリア。
「十中八九、誰かの神戯やな。まあすぐに収まるやろ」
「あ、そうだね。ちなみにそれどこの話?」
「ウチの学校や」
「え」
まさにその瞬間、校内のどこからか『キエエェェェッッ』という甲高い奇声と、『また自販機の暴走か!?』『はやく逃げろ!』という生徒たちの悲鳴が聞こえてきた。
ほんとだ、とユティリアが呟くと、信じてなかったんか? とノインが笑う。
「いやいや、簡単に信じろって方が難しいでしょ」
「そか? オレはユティに言われたことなら、全部信じるで」
「あはっ、なにそれ。わたしのこと大好きじゃん」
「今更かいな。お、アイス落ちたで」
「うわっ、わたしのバニラ!」