清らかなる存在
「はぁ……」
ユティリアは、こっそりとため息をついた。
今日は特別課外授業で、街の中心にある大聖堂に来ている。
天使族を崇める、由緒正しき教会だ。
中に入った途端、ユティリアは全身にまとわりつくような不快感を感じていた。まるで、肌の表面を細かい針でひっかかれているような、チクチクとした刺激。
「気分悪いの?」
隣を歩いていたアマリーが、心配そうにユティリアを覗き込んだ。ユティリアは、バレないように笑顔を作った。
「ううん、別に。ただ、なんか空気が重いなぁと思って」
「そう? 私は、なんだか神聖な気持ちになるよ」
アマリーは、そう言って目を輝かせた。
ユティリアは、その言葉に、またしてもチクチクとした刺激を感じる。アマリーは悪気などない。ただ、天使族を純粋に崇拝しているだけだ。
ユティリアは曖昧に笑って、うーんと首を捻った。なぜこんなに不快感を感じるのか、心当たりがなかった。
「ユティ、無理してないか?」
ノインが、心配そうにユティリアの顔を覗き込んだ。ユティリアは、ノインに不調を悟られないよう、いつもの飄々とした笑みを浮かべる。
「大丈夫だってば。それより、ノアはこんなとこ好き?」
「んー、オレは、ユティと一緒にいられるなら、どこでもええよ」
「んははっ、ぶれないね」
ひとしきり笑って少し気分が良くなったユティリアは、「もう大丈夫。ありがとう」と言って前を向いた。
正面には、キラキラと輝く美しいステンドグラスがあった。描かれているのは天使。おそらく天使族を象徴しているのだろう。
その真下に、一段高い壇があった。そこに白い礼服を着た老人が歩み寄り、「よくぞお越しくださいました」と声を張った。
「ワタシは、この教会で神官をしているものです。僭越ながら、今回の授業の講師を務めさせていただきます」
しわがれた声だったが、どうしてか不快ではない響きを含んでいた。雑音の中でもスゥッと耳に入ってくる声。先程までつまらなそうだった生徒も、今は神官を見ている。
「まず、天使族の神戯についてお話ししましょう。といっても、すでに知っている方も多いでしょうが」
天使族の神戯――。
通常、神戯は一族ごとに統一性はあるものの、細かな能力は少しずつ違う。
例えばノインの神戯は、『愛しの君を』。
能力は対象とする人物との視覚共有と位置情報の把握、そして転移の三つだ。
だが彼の父親の神戯は『ただ君だけを』、能力は視覚共有のみ。
これこそが、個々の神戯の違いだ。
だが天使族はその例外。天使族の神戯は継承される。
「天使族の神戯は、基本的に相手の生命力を活性化させたり、傷を癒したりする力を持っています。その力は“穢れ”を滅ぼすという性質も併せ持っています」
だからこそ神聖なる存在とされているのです、と締めくくる神官。教会のあちこちからほぅ……という息遣いが聞こえた。
◇◇◇◇◇
課外授業が終了し、教会を後にしたユティリアはどこかぼうっとしていた。
「ユティ? どうしたん?」
「あ、いや……」
ひょこっと顔を覗き込んできたノインの顔を見て、ユティリアはバツが悪そうな表情を浮かべた。
「ノアはさ……ああいう、清らかな人と一緒にいたかったりする?」
「は?」
「や、わたし意外と悪どいこと考えたりするし、他人が傷ついても気にしないし……清らかとは程遠いよなあって」
あははと誤魔化すように笑うユティリアを、ノインはじいっと見つめる。
呆れたように息を吐いて、彼女の額を指で弾いた。
「痛ァ!」
「お前はほんまにアホやなあ」
ノインはそう言って、ユティリアの顔を両手で包み込んだ。
「オレはな、お前のその悪どいとこも、他人が傷ついても気にせんところも、全部ひっくるめて好きなんや」
「突然の告白っ!?」
「今更やろ。お前が悪どいことくらい、とっくの前からわかっとるわ。その上で一緒にいるんや。いややったらもうすでに離れとる」
だから余計なことは考えるな、とノインは言った。
「…………うんっ」
どこか晴れ晴れした様子で、ユティリアは頷いた。
憂がなくなった様子を見て、ノインはよしと頷く。
「ほな、帰るで。先生、自分の足で帰れ言うてたからなぁ」
「一緒に帰ろっ。ついでに落ち込んでる親友に飴を買ってくれると嬉しいなー」
「調子乗んなや。さっき励ましてやったろ」
「てへ」
なんだかんだで持っていた飴をくれるノインは、やはりユティリアに甘いのだろう。ころころと舌の上で飴を転がすユティリアは、そう考えてちょっと笑った。
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