ターゲット確認♡
ダンスフロアでユティリアとノインが華麗なワルツを踊っていると、二人の視界に、先ほど姿を消したミィナが再び現れた。
彼女は、初老の男に腕を絡ませ、楽しそうに笑っている。
その男の顔に、ユティリアは眉をひそめた。
理事長から渡された資料に載っていた、神戯売買組織の末端、ミィナの父親である。
「ねぇノア、あれが今日のターゲット」
ユティリアは、ノインにだけ聞こえる声でそう囁いた。
ノインは、ユティリアの言葉に小さく頷くと、ユティリアの腰を抱き寄せ、耳元で甘く囁いた。
「わかった。でも、あんまり無理せんでええよ」
「わかってる」
ユティリアは、そう答えると、男たちからの視線を気にすることなく、ミィナたちの元へと向かった。
「こんばんは、先輩」
ユティリアは、ミィナの父親にも聞こえるように、少し大きめの声で挨拶をした。
「あら、ノインくん♡ と、……ユティリアちゃん。どうしたの?」
ミィナは、ユティリアの突然の登場に驚きを隠せない様子でそう尋ねた。
「いえ、ミィナ先輩が素敵な方とお話しされてたので、ご挨拶をと思いまして。もしかして、お父様ですか?」
「ええ、そうなの」
ユティリアは、にこやかに微笑むと、ミィナの父親に深々と頭を下げた。
「初めまして。ユティリア・ウィルシィです。お嬢様には、いつもお世話になっております」
「ほう、君が娘と仲良くしてくれている子かね。娘がいつも、君の話をしていてねぇ」
ミィナの父親は、ユティリアの様子を観察するように、じっと見つめていた。
その視線に、ユティリアは嫌悪感を覚えながらも、愛想の良い笑顔を浮かべた。
「ミィナ先輩、とっても優しい方ですよね。でも、ちょっとおっちょこちょいで」
ユティリアがそう言うと、ミィナは「えぇ!」と驚きの声を上げた。その隙を狙って、ユティリアはミィナの父親に、さらなる探りを入れる。
「そういえば、ミィナ先輩って、神戯で人を誘導する能力があるって聞いたんですけど、本当ですか?」
ユティリアの言葉に、ミィナの父親は目を丸くする。ミィナは、青ざめた表情でユティリアを見つめていた。
「な、何を言ってるの!? ユティリアちゃん!」
「あら、違いましたか? でも、ミィナ先輩が神戯で男を誑しこんで、神戯売買に協力しているって噂、聞いたんですけど」
ユティリアは、そう言いながら、ミィナの父親ににっこりと微笑んだ。
「先輩の神戯は、『私のための操り人形』。深い接触や相手からの好意を発動条件に、相手の思考を自分に有利な方に傾けられるとか……」
ミィナは、青ざめた表情でユティリアを見つめていた。
その言葉に、ミィナの父親は表情を一変させる。
人当たりのよさそうな笑顔は消え去り、代わりに冷たい怒りが宿っていた。
「お嬢さん、どうやら言葉が過ぎるようだ。娘がそんな悪事に手を染めているわけがないだろう」
ミィナの父親がそう言うと、ユティリアの顔に近づいてくる。その時、ユティリアはすかさず、ミィナの父親のタキシードに盗聴器を仕込んだ。
「あら、ごめんなさい。でも、私は噂を口にしただけですよ?」
ユティリアがにこやかに微笑むと、ミィナの父親はさらに顔を歪めた。
「ユティリア・ウィルシィと言ったか。君のような小娘が、私たちに楯突くとはな」
ミィナの父親が、ユティリアの腕を掴もうと手を伸ばす。その瞬間、ノインがユティリアの前に立ちはだかった。
「……触るな、汚いわ」
ノインは、ユティリアを庇うように立ち、ミィナの父親を睨みつけた。その瞳は、怒りと殺意に満ちていた。
「なんだ、貴様は……」
ミィナの父親は、ノインのただならぬ雰囲気に気圧され、たじろいだ。
「ユティに、手出さんといてや」
ノインは、低い声でそう告げると、ユティリアの手を握り、彼女をホールの中央へと連れ出した。二人は、そのままダンスを再開する。
「……ノア、かっこよかったよ」
ユティリアがノインの耳元でそう囁くと、ノインは嬉しそうに口元を緩めた。
◇◇◇◇◇
翌日、理事長室に来たユティリアは、机にファイルを叩きつけるように置いた。
「はい、今回の成果です。で、こっちがターゲットに仕掛けた盗聴器で得た情報です⭐︎」
「ほんっっとうにお前はなんなんだ!?」
理事長は、ユティリアのあまりの仕事の早さに頭を抱えていた。ユティリアはそんな理事長の様子を意に介することなく、紅茶を一口啜る。
「だって、早めに終わらせないと、ノアとのデートの時間がなくなっちゃうでしょ?」
「(…………二人は付き合ってないはずだが……コイツらには今更か)そうか、そうだったな。で、報告はそれだけか?」
「いえ、まだありますよ。ノアと一緒にいるわたしを見て、ミィナが悔しそうだったんですよ」
ユティリアは、楽しそうに笑いながらそう言った。
「ノアがミィナに興味を示さなかったから、ミィナはすごく不機嫌そうで。それに、わたしがノアとダンスしてるのを見て、すごく悔しそうだったんですよ」
「……お前、本当に楽しんでるな」
「当たり前じゃないですか。あんな嫌味な女が、わたしのせいで悔しがってるんですから、楽しくないわけがないでしょ」
ユティリアは、そう言いながら、満足そうに微笑んだ。
――――一日前。
ユティリアとノインが去った後、ミィナは一人、控え室で怒りに震えていた。
顔は引きつり、手のひらを握りしめ、爪が食い込んでいることにも気づいていない。
(あの女……! あんな小娘に、ミィが……ミィが恥をかかされるなんて……!)
ミィナは、ユティリアの言葉を思い出していた。
「おっちょこちょい」「神戯で人を誘導する能力があるって噂」。
その言葉が、ミィナの心に深く刺さる。
ミィナがこれまでに築き上げてきた、「優しくて、か弱くて、男に守られるお姫様」という仮面を、ユティリアは一瞬で剥がしてしまったのだ。
「許さない……! 絶対に、あの女を許さない……!」
ミィナは、そう呟くと、ゆっくりと立ち上がった。その目は、もはや怒りだけではない。狂気と、ユティリアへの底なしの憎しみに満ちていた。
(ノインくんは、ミィが愛してやまない、運命の人……。なのに、あんな女が……あんな女が、ノインくんの隣にいるなんて……!)
ミィナは、スマホを取り出すと、どこかに電話をかける。
「もしもし、お父様?……ミィです。あの、お願いがあるんです」
ミィナは、甘えた声でそう言うと、ユティリアとノインを陥れるための、恐ろしい計画を話し始めた。
――ミィナの父親を盗聴しているユティリアには全て筒抜けで、意味などないことに、気付かぬまま。




