嫌な女第二号
「喜べ小娘。新たなる厄介事だ」
「くたばれクソ爺」
ユティリアの悪態に、理事長は苦笑を浮かべた。その表情には、もはや慣れというより、“こういうやりとりも日常”という達観が映っている。
「今度は何よ? 人身売買とか? それとも神様の痴話喧嘩の後始末?」
肩をたゆませ、退屈そうに身をゆすりながら問いかける口調も軽い。しかし、その裏には「面倒ごとはもう勘弁して」という微かな焦りが垣間見えていた。
理事長は淡々と資料を一枚差し出した。光沢のある紙には、上流階級の仮面舞踏会とでもいった雰囲気の招待状が印刷されている。
「神戯売買に関わっている可能性がある組織の末端が、その夜会に姿を見せる。君には潜入してもらう」
言葉の端が静かに重い。
ユティリアは視線だけでその紙を追い、ため息混じりに笑った。
「へぇ。じゃあドレスアップして、愛想笑いしながら犯人探し? あーもう面倒臭い。そろそろ別の子に回したら?」
「ノインを同行させてもいいと許可した」
……一拍の沈黙。
言葉の温度が変わる。
「ふーん、そっか。なら、やる」
理事長の視線が、ほんのわずかにユティリアを観察するように細まった。
彼女が、任務そのものよりも何か別の理由で首を縦に振ったことに気づかないはずがない。
けれど、それ以上は何も言わなかった。ただ、手元のファイルに視線を落としながら事務的に言う。
「詳細はそこに。衣装もこちらで用意する。演目は、崩すな」
「演技は得意じゃないけど、観客を騙すのは昔から上手いよ」
皮肉めいた笑みと共にファイルを手に取り、ユティリアは立ち上がった。
ページをめくる手が止まる――ある名前の箇所で。
(やっぱりいた)
ノインに妙に懐いて、最近やたらと接触してくる先輩女生徒の名前。
顔を合わせれば“仲良しアピール”が鬱陶しいほどに過剰な、あの女だ。
ユティリアは小さく鼻で笑い、紙を閉じる。
(ノアも変なのに好かれやすいね。牽制にはちょうどいいかな)
単なる任務ではない。これは――必要な警告だ。
神戯売買と、余計な虫払い。二兎を追って、二兎とも仕留めてやる。
◇◇◇◇◇
「ってなわけで明後日はわたしとパーティーね♡」
「楽しそうやなぁ。ええで」
休み時間の中庭にて突然に言われた事だったが、ユティリアと二人でということなのでノインは即答した。
わーいと嬉しそうにするユティリア。無邪気な子供のようだった。
それを見つめるノインも嬉しそうで、ほっこりした空気が広がる。
だがそこに「ノインくぅんっ♡」という甘ったるい声が響いた。
胡乱な表情で視線を移すと、クリーム色の髪が艶やかな、見事なプロポーションの美女――件の先輩女子、ミィナが駆け寄ってきていた。ノインに。
ユティリアと二人の時間を邪魔されたノインが舌を鳴らす。だがすぐに愛想笑いを貼り付けて、優しそうな表情を取り繕った。
「ノインくん、久しぶりね! 会えなくて寂しかったわぁ♡」
ミィナは艶っぽく笑って、ノインの腕を抱こうとする。
それをサッと避けて「そですか」と素っ気なく返した。
思ったような反応じゃなかったのか、ミィナは一瞬きょとんとしてから、今度は抱きつこうとする。
「ア、先輩だー。こんにちはァ」
ノインを庇うように前に立って、可愛らしく微笑むユティリアを、ミィナは笑ってない目で見つめ返す。
「わぁっ、ユティリアちゃんだあ♡ 久しぶりだねぇ。ミィ気付かなかった♡ ごめんねぇ」
「気付かなかったなら仕方ないですねー」
(絶対嘘だ)
と思いつつも顔に出さないユティリアは、流石の演技力だった。本心を悟らせない完璧な笑みを浮かべている。
対してミィナも、できるだけ艶やかに笑おうとしていた。
「ユティリアちゃん相変わらず可愛いね! ミィ可愛くないからなぁ♡」
あ、とユティリアは悟った。これノインの「そんなことないです。可愛いですよ」待ちだ、と。
そしておそらくその考えは正しい。なぜなら顔をユティリアの方に向けながらも視線はチラチラとノインに向けている。
「まあ先輩、可愛くはないですよねぇ。どっちかっていうと娼婦みたい……あ、ごめんなさい?」
「ふ、ふふふっ。いいよぅ、別に。ユティリアちゃんは、可愛いけど女性的な発育が……ううん、やっぱりなんでもないかな♡」
「あはは。そうですかー」
周囲にブリザードが吹き荒れる。
取り合われているノインは無の表情だ。先輩はさっさと立ち去って欲しい所存である。
補足だが、ユティリアの身体は別に貧相ではない。平均以上のプロポーションをしているし、あくまでもミィナに比べたら、という話だ。
「あ、そうだあ!」
ようやく本題を思い出したミィナは、ノインとさらに距離を縮めた。
なんだと訝しむ二人を尻目に、突然抱きつく。
「「!?」」
「ミィね、明後日、パートナー同伴のパーティーがあるのっ。だからね……ノインくんにパートナー、やって欲しいなぁって♡」
ダメかな? とうるうる上目遣いでノインを見上げつつ、むぎゅっと豊満な胸を押し付けるようにくっつく。
ノインの愛想笑いの仮面にピキッと亀裂が入った。
彼は女子になるべく優しくしようとしている。だがそれはユティリアが『え、好みのタイプ? うーん、優しい人かなー』と言ったからだ。本当はユティリア以外の女子とは目も合わせたくない。
ゆっくりと深呼吸して、愛想笑いの仮面を被り直す。
できるだけ優しくミィナを引き剥がして、にっこり微笑みを浮かべる。
「ごめん、先輩。そのパーティー、先約あるんや」
「えっ……だ、だれ!?」
「わたしでーすっ」
ひょこっと割り込んだのはパートナー・ユティリア。
親しげにノインと微笑み合う彼女を、ミィナは鬼の形相で見つめる。
「……そっかぁ。先約があるなら……仕方ないね」
「わかってくれてどもです☆」
ぺかーっと輝くような笑みを見せるユティリアを見て、殺意を盛るミィナ。
「それじゃあ、またパーティーでね、ノインくん♡」
ちゅっと投げキッスしてから去っていった。
最後まで鬱陶しかったとため息を吐くノイン。
そこでなぜか隣が静かなことに気付いて顔を向ける。
ムスッとした顔のユティリアがいた。
「ユティ……?」
どうしたんや、と声をかける前に、彼女は右手の指先をおむろに口元に持っていく。
己の唇に軽く触れた指先を、ノインの唇に押し当てた。
「…………は、」
ちゅ、と可愛らしい音が鳴った。
ノインは目を見開いたまま、動けなかった。
ユティリアは、自分の唇に軽く触れた指先を、彼の唇へとそっと押し当てただけ。
なのに、それだけで胸が焼けるようだった。
「ドキドキした?」
悪戯っぽい笑顔。その裏に隠していた感情――牽制、独占欲、嫉妬、焦り。全部乗せ。
彼女はそれらをごく自然に、甘い仕草の中に封じ込める術を知っていた。
「……したに決まっとるやろ」
ノインはようやく呟くと、ほんの少しだけ俯いた。
けれどその肩が、微かに震えているのをユティリアは見逃さなかった。笑ってるのだ。
「そっか。ならよかった」
ユティリアはふっと息を吐いた。少しだけ、安心したような。
彼女の瞳には、勝者の誇らしさと、満足気な色があった。
ノインは厄介女を引っ掛けやすいタイプ。可哀想




