ストーカァー
「あ、ノアだ。お迎えありがとー」
途端に花が咲いたような笑顔を浮かべて、ユティリアは椅子に座ったまま手をふりふり。
対して公安警察の男たちは、状況を理解できず凍りつく。
――その緊張の只中、ノインは気だるげな足取りで静かに歩を進めていた。
「……ふぅ、間に合ってよかったわ」
長い脚で数歩詰め寄り、ユティリアの腰に片腕をまわすと、ぐいっと引き寄せる。
「んははっ、神戯使ったの?」
「せやで」
「ストーカァ〜」
ユティリアはケラケラと笑い、ノインは「うん、よう分かっとる」とばかりに片目を細める。
どこか誇らしげなその顔に、公安の男がようやく我に返って声を上げた。
「お、お前! どうやってここに――」
「うるさいねん。そんなんオレの神戯に決まっとるやろ」
その一言に、男たちはハッと顔を見合わせる。
――思い出したのだ。報告書に記されていた、ノイン・ガウンの神戯を。
『九尾狐』族のノインの神戯は、『愛しの君を』。
能力は主に二つ。
一つ目。
心から愛を注ぐ相手を対象に、両目を閉じると相手の見ている景色が見える。片目だけ閉じれば相手の位置を特定することもできる。GPS要らずの能力。
二つ目。
心から愛を注ぐ相手を対象に、いつでもどこでも相手を追いかけることができる。転移系統の能力。
一言でまとめると、『愛する人を簡単にストーキングできる能力』である。この家系、なかなかヤバい。
尤もストーカーされている張本人は「へぇ、わたしのこと大好きだ。かわいー」とニッコニコなので、歯止めが効く気配はない。
一触即発の空気が張りつめる中――
「おいバカ小娘ェ!!」
バンッと尋問室の扉が開いた。
そこにいたのは、明らかに場違いなほど元気な、そして異様に存在感のある男――理事長だった。
「……え? 理事長、なんでいんの?」
ユティリアの素直すぎる疑問が、室内の全員の思考を代弁する。
理事長はふんっと鼻を鳴らし、どこか誇らしげな顔で言い放つ。
「こいつの神戯だ!」
そう言って肩を叩いたのは、犬耳がトレードマークの――あのワンちゃん先生だった。
「……補習ぶりですね、ウィルシィさん」
ユティリアとノインは顔を見合わせて、同時に「あ〜」と納得の声。
「センセーの神戯、探し物に便利だもんね」
「はい。貴方が忘れ物をしたので届けたいと理事長に言われたのです。わたくしの神戯は“失せ物・迷子・だいたい行方不明”に特化しております。わたくしの『宝探し』でアナタを特定し、理事長の神戯で転移してきましたのよ」
「え、理事長って転移系?」
「そうやで。地味やけど……こういうとき、無茶苦茶助かるんや」
ノインが思わず感心するようにうなずき、理事長はなぜか得意げに鼻を鳴らす。
「じゃあさ、理事長の能力で帰れちゃうんじゃない?」
「おお、やっぱお前、賢いわ。ほな、さっさと――」
「――いやちょっと待ってください!!」
慌てて公安の男たちが止めに入る。
「か、勝手に連れ帰るのは困ります! 一応こちらも手続きが――!」
だが、ユティリアは立ち上がり、くるりと振り向いて彼らに笑顔を向けた。
それは小悪魔のような、どこか毒のある笑み。
「言ってなかったっけ?」
パチンとウインク。
「わたし、自由を奪われるのが……何よりもキライなの♡」
ふわりと髪が舞い、光が四人を包む。
次の瞬間、ユティリア・ノイン・理事長・先生の姿は、煙のように掻き消えた。
尋問室には、残された公安職員たちだけが、ぽつんと取り残され――
「……え、なんなんだこの子たち……」
ようやく誰かが絞り出した言葉が、なぜかすごくしっくりきた。




