公安警察って強引
「公安警察からの招待?」
「ああ、そうだ」
放課後の静かな理事長室。午後の日差しが重厚なカーテン越しに差し込み、部屋の空気は柔らかく温い。それでも、差し出された一枚の封筒には、そんな空気を切り裂くような“重さ”があった。
封筒の色は深緑。紙質は滑らかで、中央には銀の箔押しで「公安局」と記されている。見るからに公式で、なおかつ異質な存在感を放っていた。
ユティリアは椅子にもたれながら、その封筒を受け取る。眉一つ動かさず、まるで新しい紅茶のパッケージでも眺めるような顔で。
「アトラス嬢の件でのお前の活躍を見て、ぜひ一度ウチに来てみないか、と。そう言っている」
「つまり、『ウチで働きませんか』っていう、未来のスカウトのための顔合わせね」
淡々と、しかし鋭く核心を突く。理事長は肩をすくめた。
「ま、身も蓋もない言い方だが、その通りだ。お前みたいなのは公安にとって喉から手が出るほど欲しい人材だろうよ」
「へえ……それっていつ?」
「三日後の午後。時間は指定してないが、なるべく早めに来てくれとのことだ」
「ふぅん……」
ユティリアは、ふんわりと目を細める。熱を失わないうちに紅茶を口に運び、数秒の沈黙の後、カップを置いた。
「ヤダ、って言っといて」
あまりにも軽い。だが、その裏にある意思は鋼のように揺るがない。理事長は口を開けたまま、ほんの数秒フリーズした。
「は? いや……理由は?」
「その日ノアとデートなの。ふたりで新作映画見るんだよ〜。わたし、そっちの方が大事」
当然でしょ? と言わんばかりに微笑むユティリアに、理事長は頭を抱えた。
「……公安、どう説明すりゃ納得するんだよ……」
「しらなーい♡ “都合が悪かった”で済むでしょ?」
そう言って紅茶をおかわりしながら、ユティリアは涼しい顔をしていた。
***
一方その頃、公安警察――
「……断られた?」
「ええ、“スケジュールが合わない”と……」
公安局の会議室に微妙な沈黙が流れた。データスクリーンにはユティリア・ウィルシィの調査記録と映像がずらりと並ぶ。クラリス事件での功績、諜報能力、心理戦の技術――どれをとっても、彼女は“逸材”だった。
「なぜだ……? 我々の正式招待を断るなど……」
「……まさか、裏があるのか?」
「調査対象を潰すことに快楽を覚えるタイプだとすれば、こちらの管理下に置くのは危険では?」
次々と出る臆測と議論。しかし――
「いや」
沈黙を破ったのは、公安局の若きエリート捜査官だった。銀縁眼鏡をかけた男が、冷静に書類を閉じて言い切る。
「このまま放置すれば、“他所に引き抜かれる”可能性が高い。多少強引でも、今ここで接触すべきです」
重々しい言葉が会議室に落ちる。
その一時間後。決定が下された。
「ユティリア・ウィルシィ。彼女を“非公式に”確保、対話の場を設ける」
***
三日後の午後。
映画館に向かう駅前通りを歩くユティリアの肩を、黒い影が滑るように包んだ。
「……え?」
瞬間、世界が音を失った。
暗幕が降ろされるように視界が閉ざされ、次に目を覚ました時――そこは公安局の無機質な尋問室だった。
「……遅いなぁ、ユティ」
待ち合わせ場所に来たノインは、相変わらず退廃的な色気で視線を集めていた。
こてん、と意外にも可愛らしく首を傾ける。
「……なんか、あったんかな」
小さくつぶやいて、ノインは両目を閉じる。
そのまま十数秒。
右目だけ開けて、不機嫌そうに眉を寄せた。
「……オレのユティに、手ェ出すなや」
低く、怒りと嫉妬が入り混じった声だった。
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