神戯
今から999年前のこと。
その日地上に、天から溢れんばかりの光は降り注ぎ、人類が支配者の時代は終わった。
後に『神の戯れ』と呼ばれるその光は、人類の三割を人外の存在に変えた。
“妖”。
『神戯』という、特別な力を有する存在の総称。
その力は怪力であったり、動物の能力の一部だったり、炎を操る力だったり。
妖という存在の中の種族によって違う、まさに神の力は、力を持たぬ人類の文明を劇的に発展させた。
恐竜や大蛇が住み着いた森を切り拓き、神殿の眠る深い海を散策し、科学技術も進歩した。
そして現代。
人と妖の二つの存在が、当たり前に共存しているのである。
***
「へぇー、昔は人間しかいなかったんだ。オドロキ」
「昨日の授業でやったはずですよ、ウィルシィさん」
「寝てたね!」
「歴史学のわたくしを前に、よくそんなに堂々と言えて……ではなく! そうではないです。話を逸らさないでください!」
目を釣り上げ、キンキンと……いや、キャンキャンと高い声を出す女性。
二十代後半くらいの教師だ。ふわふわの栗色の髪と、同じ色の犬耳が特徴的で、生徒たちから『ワンちゃん先生』と慕われている。
右手に持った教本を左手でペシペシ叩く。
「逸らしてないよ。どっちかっていうと逸らしたのはセンセーじゃん」
それに対して飄々と答えてみせたのは、白と黒の優美な制服に身を包んだ少女。
彼女は現在、とある理由で放課後の強制補習中だった。
まだ十七歳という年齢で、すでに年不相応な頭脳を持つ彼女は、神をも恐れぬような不遜な態度で椅子から教師を見上げる。
こてり、と小首をかしげると、肩あたりまでの黒髪がサラリと揺れた。アーモンド型の鮮やかな紫の瞳は、少し不機嫌そうに細められている。
「ねえ、わたし別に赤点とか取ってないよね? むしろ一昨日のテスト満点だったじゃん。なんで補習?」
「お答えしましょう。ズバリ、授業態度の悪さと出席率の低さです。現にあなたは先程、昨日のわたくしの授業で『寝ていた』と言ったではありませんか!」
「えぇーー……」
面倒そうに顔を顰める彼女。確かにそうだけどぉと拗ねたように呟く。
片手でくるくると髪をいじる様子を見た教師は内心で考える。
(確かに、態度こそ悪いですが、成績自体は優秀ですね。ただ、やる気の差が日によって違うため扱いづらいですね)
気分屋な生徒にため息を吐いて、キリリと眉を上げた。
いまだに唇をへの字に曲げている彼女に向かって、「では続けますよ」と声をかける。
「妖なら誰でも持っている、『神戯』。これは一族ごとに統一性はあるものの、その能力は個々で違います」
「センセーの神戯は『宝探し』だっけ。探し物を探り当てるやつ」
「その通りです。ですが探し物を探すのに便利な一方、どんなものでも探し当ててしまうため、犯罪に利用することも可能です」
「あーなるほど」
神戯は世界を豊かにする一方、誰かを傷つけかねない。
例えば宝探しは、誰かが隠したいものさえ探し当てることが可能だ。
それがもし宝石や財宝であったら、どれだけの利益を得られ、どれだけの人が傷付くことか。
「ですからわたくしたち妖は、私利私欲のために神戯を使わず、世界に貢献する心が大切なのです。ご理解頂けましたか?」
「んー、まあなんとなく」
要は、『神戯を使って好き勝手やってはいけません』である。なるほど、たしかに大切だ。
調子に乗って自分勝手に神戯を使い、破滅する政治家や他人を傷つけてしまう子供の例も珍しくない。ゆえにこうして、神戯の危険性については幼い頃から繰り返し教え込まれる。
うんうんと頷く教師の頭上で、チャイムが鳴る。
「おや、もうこんな時間ですか。では今回の補習はここまでに……あれ、ウィルシィさん?!」
教師が顔を前に戻すと、彼女はすでにいなかった。逃げ足の速い生徒に、教師はもう一度目を釣り上げた。
キャンキャンと吠える怒号をBGMにしながら、教室を出た彼女は伸びをする。
そのはずみに耳元のピアスがシャランと上品な音を立てて揺れた。
「あー、やっと終わった。早く帰ろ」
飄々と歩く美しい彼女の名は、ユティリア・ウィルシィ。
自由をこよなく愛する、十七歳の妖の少女である。