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第6話 クリスタルの囁きと過去の残照

 僕の「行きましょう」という言葉に、権藤さんが力強く頷き、紗雪ちゃんも「おもしろくなってきたじゃん!」と不敵な笑みを浮かべた。詩織ちゃんは、まだ少し不安そうだったけど、僕の目を見て小さくこくんと頷いてくれた。他の乗客さんたちも、もう僕たちの誰かに頼るしかないって感じで、静かに後をついてくる。


 僕たちは、あのひときわ強い光を放つ巨大な結晶体、あるいはその奥へと続くかもしれない通路を目指して、再び慎重に歩き始めた。

「あの……藤堂さん」詩織ちゃんが、足元の発光する苔を指差しながら小声で言った。「この苔の光、さっきよりも少し明るくなっている気がします。もしかしたら、安全な道を示してくれているのかも……?」

「本当だ。それに、この先、あの大きなクリスタルに近づくほど、苔の密度も濃くなってるみたいだ」

 詩織ちゃんの細やかな観察眼には、いつも助けられる。彼女の言う通り、苔の光を辿るように進むと、確かに危険そうな植物の群生地を避けられている気がした。


「ねぇねぇ、智也きゅん」紗雪ちゃんが、スマホの画面を僕に見せながら言った。「なんか専用アプリで測ってみたらさー、あのデカいクリスタルから、めっちゃ強いエネルギー反応みたいなのが出てるっぽいんだよね。ピコーン!って感じで」

「エネルギー反応……?」

 やっぱり、あれがこの空間の動力源か、何か特別な意味を持つ場所に違いない。


 甘い香りのする花畑を慎重に避け、巨大結晶体へと続く開けた場所に出ようとした、その時だった。

「「「シャアアアアッ!!」」」

 地面を覆っていた太い蔦や蔓が、まるで生きている蛇のように鎌首をもたげ、僕たちに襲いかかってきたのだ!それは、植物とも動物ともつかない、不気味な擬態モンスターだった。


「うわっ!またかよ!」権藤さんが、素早く鉄パイプを構えて応戦する。「こいつら、養分が足りねえのか!」

「キャー!キモいキモい!動画映えはするけど、リアルは勘弁!」

 紗雪ちゃんは悲鳴を上げながらも、スマホのライト機能をストロボのように激しく点滅させた。その強い光に、蔦モンスターたちは一瞬動きを止める。

「藤堂!葉山!何か気づいたことはないか!?」権藤さんが叫ぶ。


 僕は、モンスターの動きを必死に観察した。蔦は硬そうに見えるけど、関節のような節がある。そして、特定の色の花(さっき詩織ちゃんが毒ではないかと推測していた、黄色い小さな花だ)の近くでは、動きが少し鈍いような……?

「権藤さん!あの黄色い花の近くでは、動きが鈍いです!それと、蔦の節の部分が、比較的柔らかいかもしれません!」

「詩織ちゃんは何かある!?」

 僕の声に応えるように、詩織ちゃんも叫んだ。

「あ、あのツタ、表面がヌルヌルしてます!さっきのラットビーストが嫌っていた、信号炎管の強い匂いや煙を浴びせたら、もしかしたら……!」


「よし来た!」権藤さんがニヤリと笑う。「藤堂、指示を頼む!葉山、その発想、いいぞ!」

 僕の指示と詩織ちゃんのアイデア。それを聞いた権藤さんと、勇気のある乗客数名が、見事な連携を見せた。紗雪ちゃんのストロボライトで敵の目を眩ませ、僕が指摘した黄色い花の近くへ誘い込み、動きが鈍ったところを権藤さんが鉄パイプで叩く。そして、僕が最後の信号炎管(もう残り少ない!)に火をつけ、その煙を浴びせかけると、蔦モンスターたちは苦しむように身をくねらせ、やがて土の中へと沈んでいった。


「……やった……!」

 戦闘が終わると、僕はその場にへたり込みそうになった。まだ声は少し震えていたけど、自分の指示で仲間が危機を脱したという事実に、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「藤堂、お前の観察眼、大したもんだな。葉山も、よくやった。あんたらの冷静さがなけりゃ、危なかった」

 権藤さんが、鉄パイプを肩に担ぎながら、初めて僕を対等な仲間として認めるような目で言った。

「智也きゅん、マジやるじゃん!なんかちょっとリーダーっぽくなってきたし!今の連携、神ってなかった?動画、バッチリ撮ったからね!」

 紗雪ちゃんも、興奮冷めやらぬ様子で僕の肩を叩く。詩織ちゃんも、小さくガッツポーズをして、嬉しそうに微笑んでいた。


 僕たちは、息を整え、改めて巨大な結晶体へと向かった。

 間近で見るそれは、想像以上の迫力だった。高さは数メートルにも及び、まるで生きている巨大な心臓のように、ドクンドクンと脈打つような光を明滅させている。表面には複雑な幾何学模様が走り、それが絶えず形を変えている。神々しいような、それでいて少し怖いような、不思議な感覚だ。


 その時、またあの無機質な女の声が、頭の中に直接響いてきた。

『警告。コア領域へのアクセスには認証が必要です。質問に回答してください。あなた方は――「訪問者」ですか、それとも「侵入者」ですか?』


 空気が一瞬で張り詰める。訪問者か、侵入者か……どちらを選んでも、罠な気がする。

「えーっと、えーっと……とりあえず『観光客』ってことで、どうスか!?」

 紗雪ちゃんが、緊張をほぐそうとしたのか、おどけたように答えた。

 AIは、ピポッという電子音と共に、冷たく返す。

『カテゴリー不適合。再定義を要求します。不正確な回答は、防衛プロトコルの起動トリガーとなり得ます』

「ちょ、シャレ通じないタイプ!?」紗雪ちゃんが慌てる。


 僕は一歩前に出て、深呼吸をした。震える声を抑え、できるだけはっきりと、結晶体に向かって告げた。

「僕たちは……この状況を理解し、ここから安全に脱出したいと願う……『生存者』です」


 AIはしばらく沈黙した。そして、巨大結晶体の一部の模様が、まるで古いブラウン管テレビのようにノイズを走らせながら変化し始めた。そこに、断片的な映像が映し出されたのだ。

 それは、白衣を着た数人の研究者たちが、この結晶体――あるいは、もっと小型だった頃のそれ――の前で、何か機械を操作している記録映像のようだった。そして、その研究者たちの中に、見間違えるはずもない、若き日の水島先輩の姿があった。真剣な眼差しで、何かを計測している。


「まさか……水島、先輩……?」

 僕の口から、驚愕の言葉が漏れた。どうして、先輩がここに?この異常なダンジョンと、先輩の失踪は、やっぱり繋がっていたのか……?


 AIの声が、再び響く。

『記録アーカイブへのアクセス権限を確認中……被験者コードネーム「トドウ・トモヤ」の生体認証データ、及び音声パターンとの関連性をスキャンしています……』


 自分の名前が、そして水島先輩の姿が、この得体の知れないAIによって結びつけられようとしている。

 僕の心臓が、嫌な予感と共に、ドクンと大きく跳ねた。

 この地下迷宮の、本当の秘密の扉が、今まさに開かれようとしているのかもしれない。


 第六話 了

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