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第5話 光る地下庭園と毒の香り

 僕の小さな決意の言葉が、狭い通路にこだまする。その直後、目の前に広がった光景に、僕たちは皆、息を呑んだ。


 埃っぽく、息が詰まるようだった職員用通路を抜けた先は、信じられないほど広大な地下空間だった。

 天井は遥か高く、そこからは巨大な鍾乳石のような、あるいはシャンデリアのような発光する結晶体がいくつも垂れ下がり、洞窟全体を淡い青白い光で満たしている。地面は柔らかい苔で覆われ、見たこともない色とりどりの植物たちが、まるで手入れされた庭園のように咲き誇っていた。あの甘い香りは、この花々から漂ってきていたんだ。

 空間の奥には、澄み切った水を湛えた泉のような場所も見え、水面がきらきらと光を反射している。


「うわー!何ここ、超キレイ!めっちゃ映えるんですけどー!」

 紗雪ちゃんが、目をキラキラさせながらスマホでパシャパシャと写真を撮り始めた。その気持ち、少し分かる。さっきまでの閉塞感が嘘みたいに、幻想的で、どこか神聖な雰囲気すら漂っている。まるで、RPGの世界に迷い込んだみたいだ。


「すごい……見たことない植物ばっかり……図鑑にも載ってない……」

 詩織ちゃんも、目を丸くして周囲の植物に見入っている。彼女の専門分野だけあって、その表情は恐怖よりも好奇心が勝っているように見えた。


 権藤さんも、他の乗客たちも、しばし目の前の美しい光景に言葉を失っていた。過酷な状況の中で、ほんの一瞬だけど、心が安らぐような……そんな錯覚を覚える。


 しかし、その甘い幻想は、詩織ちゃんの切羽詰まった声によって打ち破られた。

「ま、待ってください……!あの、ひときわ綺麗に咲いてる、紫色の……甘い香りの花……!」

 彼女が指差す先には、まるでベルベットのような質感の、妖艶な紫色の花が群生している。

「図鑑には載ってないですけど、花の形が……トリカブトによく似ています……!もしかしたら、この甘い香り自体に、何か……強い毒性があるのかも……!」

 詩織ちゃんの指摘に、ハッとして全員が動きを止めた。そうだ、ここは現実で、僕たちは危険な状況下にいるんだった。こんな美しい場所が、安全なはずがない。


「葉山さん、ありがとう。気づかなかったら、危うく花の蜜でも吸うところだったよ」

 僕が言うと、詩織ちゃんは「い、いえ……そんな……」と少し顔を赤らめて俯いた。でも、自分の知識が初めて具体的に役立ったことに、少しだけ自信を持てたみたいに見える。


「よし、むやみに植物には近づくな!」権藤さんが皆に注意を促す。「まずはあの泉だ。毒がないか確認して、水を確保するぞ。もう限界だろう」

 彼の指示で、僕たちは慎重に泉へと近づいた。泉の水は驚くほど透明で、底の白い砂が見えるほどだ。僕は、昔、水島先輩にキャンプで教わったサバイバル知識を思い出した。

「少しだけ水を汲んで、沸騰させるか、あるいは……このクリスタルを近づけてみますか?何か反応があるかも……」

 幸い、持っていた空のペットボトルに水を汲み、紗雪ちゃんが集めたソウルクリスタルを近づけても、特に異常は見られなかった。念のため、権藤さんが先に少量口にし、しばらく様子を見て、問題ないことを確認した。


 ようやく確保できた綺麗な水。ペットボトルに詰められるだけ詰めて、皆で回し飲みする。冷たい水が喉を通ると、生き返る心地がした。紗雪ちゃんが再び提供してくれたお菓子も、今は何よりのご馳走だ。

 ようやく落ち着ける場所を見つけ、皆、少しだけ緊張が和らいだのか、自然と会話が生まれた。

「てかさー、みんななんで最終電車なんて乗ってたわけ?私は動画の撮影が長引いちゃってさー」

 紗雪ちゃんの問いかけに、権藤さんは「女房の見舞い帰りだ」と短く答え、詩織ちゃんは「大学の……夜間生態観察会が、雨で中止になって……」と俯きながら言った。僕は「就職の……最終面接で……」と口ごもる。他の乗客たちも、それぞれの事情をぽつりぽつりと話し始めた。みんな、それぞれの日常があったんだ。当たり前の、でもかけがえのない日常が。


 そんな束の間の休息も長くは続かなかった。

「……おい、何か動いたぞ」

 警戒を続けていた権藤さんが、低い声で言った。彼が見つめる先、色とりどりの植物の影が、不自然にざわめいている。風なんて吹いていないのに。

「まさか、また……!?」

 緊張が走る。今度はどんな化け物が現れるんだ?


「ちょっと待ってて!」紗雪ちゃんがリュックから手のひらサイズの小型ドローンを取り出した。「秘密兵器投入!これで上から様子を探ってみるから!」

 彼女は慣れた手つきでドローンを起動させようとする。しかし、プロペラが数回唸っただけで、すぐに動かなくなってしまった。

「あれ?なんで?バッテリーはあるはずなのに……電波障害かな?」

 首を傾げる紗雪ちゃん。この空間には、ドローンを妨害する何かがあるのかもしれない。


 僕は、ドローンの不調と、詩織ちゃんが指摘した毒の花、飲める泉の水、発光する結晶、そして植物の影のざわめき……この空間にある要素を頭の中で結びつけようとしていた。

「この場所……ただ綺麗なだけじゃない。何か……特殊な生態系というか、エネルギーのバランスのようなものが働いている気がします。植物も、動物も、もしかしたらあの結晶も……全部が互いに関係しあってるのかも。そして、それを管理しているのが……」

 僕の視線は、自然と、この地下庭園の一番奥、ひときわ強い光を放つ巨大な水晶のような塊、あるいはその奥へと続く暗い通路へと向けられた。そこだけ、他とは明らかに違う特別な気配がする。


「あの奥に、何かある……。モナークAIの手がかりか、それとも、このダンジョンの核心に繋がる何かが……?」

 新たな目的地が、ぼんやりと見えてきた気がした。そこにはきっと危険が待っているだろう。でも、それ以上に、謎を解き明かしたい、この異常な状況を終わらせたいという気持ちが、僕の中で強く燃え始めていた。

「行きましょう。あの光の先へ」

 僕は、仲間たちの顔を見回して、静かに、でもはっきりと言った。


 第五話 了

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