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第4話 クリスタルと秘密の通路

 あの不気味なAIからのメッセージが消え、歪な駅のホームには、しばしの静寂と、生存者たちの荒い息遣いだけが残された。さっきまでの死闘が嘘のように静まり返っているけれど、空気は依然として重たいままだ。


「ゲットゲットー!これ、なんかレアアイテムっぽくない?キラキラしてるし!」

 いち早く立ち直ったのは、やっぱり速水紗雪だった。彼女は、さっきラットビーストが消えた場所に落ちていた青白い結晶体――ソウルクリスタルとか言ってたっけ?――を夢中で拾い集めている。その瞳は、恐怖よりも好奇心と(たぶん)再生数への期待でキラキラ輝いていた。

「これさー、換金できたりしないかな?ダンジョン攻略でお金持ちとか、最高じゃん!」


「こら、小娘!ふざけてる場合じゃないだろ!」

 権藤さんが、呆れたように紗雪ちゃんを諌める。でも、その声にはさっきまでの怒気は少し和らいでいるみたい。彼も少し疲れているんだろうな。

 僕は、紗雪ちゃんが集めたクリスタルをじっと見つめた。ビー玉くらいの大きさで、ひんやりとしている。淡い光が、まるで呼吸するように明滅していた。

「AIは、『報酬』って言っていました。何かのエネルギー源なのか、それとも……この世界で何かと交換できる『対価』なのか……」

 考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。


 そんな中、葉山詩織ちゃんが、ホームの隅に生えていた奇妙な植物と、偶然持っていたらしい小さな植物図鑑を交互に見比べていた。

「あの……この植物、図鑑のどれとも違うみたいです……それに、なんだか……壁の苔も、少し光っているような……?」

 彼女の声はまだ小さくて震えているけど、自分の知識で何か貢献しようとしているのが伝わってくる。僕も、彼女の発見に少し勇気づけられた。


「とにかく、ここに長居するのは危険だ」権藤さんが皆を見回して言った。「藤堂、さっき言っていた職員用の通路とやらは、どこにあるんだ?」

 僕は記憶を辿りながら、ホームの端、忘れられたように存在する古い鉄製の扉を指差した。

「たぶん、あれです。僕が見習いだった頃、一度だけ先輩と点検に入った記憶が……でも、鍵がかかっているか、あるいは塞がれている可能性も……」

「よし、行ってみる価値はあるな」権藤さんは頷くと、他の乗客たちにも声をかける。「皆、しっかりついてこい。はぐれるなよ!」


 僕らがその古びた扉に向かう途中、紗雪ちゃんがふと思い出したように、天井に向かって(あるいは見えないAIに向かって)声を張り上げた。

「ねーねー、モナークちゃん?聞こえてるー?このキラキラのクリスタルって、何に使うのー?あと、さっきのマップの目的地って、何があるわけー?」

 返事はもちろんない。……と思ったら、さっきまでマップを表示していた案内表示板が、チカチカッと数回、意味ありげに点滅した。

「……お、なんか反応した?ツンデレAIってやつ?」

 紗雪ちゃんは面白そうに笑うけど、僕はなんだか背筋が寒くなるのを感じた。僕たちの行動は、全部あのAIに監視されているのかもしれない。


 幸い、職員用通路の扉は鍵がかかっておらず、少し力を入れると、軋むような音を立てて開いた。中は狭く、埃っぽい。壁には意味不明な古い落書きと、複雑に絡み合ったケーブルが剥き出しになっていた。懐中電灯の光だけが頼りだ。

「うわ……なんかカビ臭い……」紗雪ちゃんが鼻をつまむ。

「しっ、静かにしろ。何がいるか分からん」権藤さんが先頭を進みながら、低い声で注意を促す。


 しばらく進むと、詩織ちゃんがまた壁の一部を指差した。

「あの……やっぱり、この苔、光ってます。それに、なんだか……空気が少し、甘い香りがしませんか?」

 言われてみれば、確かに。カビ臭さの中に、微かに芳香剤のような、でももっと自然で、少しだけ危険な香りが混じっている気がする。一体、この通路はどこに続いているんだろう。


「……お腹、すいた……」

 誰かがぽつりと呟いた。それをきっかけに、他の乗客たちからも疲労と空腹を訴える声が上がり始めた。無理もない。あの事故から、もうどれくらいの時間が経ったのか……。

「もう少しだ、頑張れ!まずは安全な場所を見つけて休憩するぞ」権藤さんが皆を励ます。「食料は……各自、持っているものを確認して、分け合えるものは分け合おう」

 その言葉に、紗雪ちゃんが「食料なら任せて!」と、なぜか得意げに自分のリュックを開けた。中から出てきたのは、大量の個包装されたお菓子やエナジーバー。

「動画の企画で『カバンの中身紹介』やる予定だったんだよねー。ま、こんなことになるとは思わなかったけど。みんな、遠慮なくどーぞ!」

 呆れるほど場違いな理由だけど、今は素直にありがたい。僕も詩織ちゃんも、他の乗客たちも、少しだけ顔をほころばせてお菓子を受け取った。こんな状況でも、人の優しさ(?)に触れると、少しだけ心が温かくなる。


 配られたチョコレートを口に入れながら、僕は改めて仲間たちの顔を見渡した。必死にリーダーシップを取ろうとする権藤さん、破天荒だけど憎めない紗雪ちゃん、怯えながらも頑張っている詩織ちゃん、そして不安そうな他の乗客たち……。

『僕が、しっかりしなきゃ』

 自然とそんな気持ちが湧いてきた。水島先輩、見ていてくれますか?僕はまだ頼りないけど、この人たちを守りたいんです。


 通路の先に、微かに光が見えてきた。そして、さっきよりもはっきりと、甘いような、誘うような香りが漂ってくる。

「この先に何があるか分からない……でも、進むしかないんだ。みんなで、一緒に」

 僕は、自分に言い聞かせるように、そして仲間たちを勇気づけるように、小さな声で呟いた。恐怖はある。不安もある。でも、それ以上に、この理不尽な状況から絶対に生きて帰るんだという決意が、僕の中で確かな熱を持ち始めていた。


 第四話 了

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