第9話
その日も、村はいつも通りに穏やかな時間が流れていた。
村人たちは畑で忙しく働き、手伝うものもいれば、日常的な仕事をこなす者もいる。
俺も、特にすることがなかったので、畑仕事を手伝うことにした。
作業はシンプルだ。
土を耕し、種をまき、水を与える。ただそれだけだが、思っていたよりも手間がかかり、なかなかの重労働だ。
最初は力仕事に少し戸惑いもあったが、すぐに手のひらに土の感触が心地よくなり、無心で作業を進めていくことができた。
村の人々が手伝ってくれることも多く、作業が少しずつ進んでいく。おばあさんが腰を屈めて笑顔を浮かべながら手伝ってくれた。
「これでまたおいしい野菜が取れるね」
と言いながら、彼女は根菜を一つずつ丁寧に植えていった。
その笑顔を見ていると、何気ない一日の中で、俺の心も少しずつ安らいでいった。
昼過ぎ、村の中央にある井戸から水を汲み上げ、田畑に水を撒いていた時、ふと村の外の風景に目を向けると、遠くの山々に陽光が差し込んで美しく輝いているのが見えた。山の麓に広がる森も、深い緑が生い茂り、どこか神聖な空気を感じさせる。
それを眺めながら、俺は自然とこの村が持つ独特の静けさを感じた。
魔物や魔王といった脅威もなく、冒険もない。ただ、これがこの村の普通の姿であり、何でもない日常が続いているということが、逆に心地よく感じられた。
作業の途中、子どもたちが遊びながら近づいてきた。
田畑の近くには小さな川が流れており、そこで遊んでいた子どもたちは、足を濡らしながら水を触って遊んでいた。
「お兄さんも遊ぼう!」
と声をかけてきた子どもに、俺はにっこりと笑って答えた。
「ありがとう、でも今日は手伝いをしないといけないんだ。また今度ね。」
子どもたちは少し残念そうな顔をしながらも、「また今度ね!」と元気よく答えて、再び川に駆け出していった。
その姿を見送った後、俺はまた畑の作業に戻る。自然と、こうした静かな時間が心を落ち着けてくれることに気づく。
村の人々と一緒に過ごすこの日常が、何か特別な意味を持つのかもしれないと思った。
昼食後も作業は続き、日が傾いてきた頃、ようやく畑一面に種をまき終わることができた。
畑仕事は終わったが、手に持った鍬と土に染みついた匂いが、どこかほっとさせる。
次に何をするかは決めていなかったが、少し休憩を取ることにした。
村の広場で腰を下ろし、日差しの中でぼんやりと空を見上げていると、遠くの山々が夕日に照らされ、赤く染まっているのが見えた。その景色を眺めているうちに、何だか一日の終わりが近づいてきたことを感じた。
やがて、村の広場にも灯りが灯り、夕食の準備が始まった。
村人たちが集まり、みんなで食卓を囲む時間が来た。
その時の温かい雰囲気が、今も頭から離れなかった。今日もまた、何事もなく穏やかな一日が終わっていくのだろう。
魔物も、魔王も、冒険も何もない世界で、こうして日々を過ごしていくこと。それがどこか大切なことのように感じられ、俺はその静かな時間に身を任せていった。