第7話
次の日も、特に目立った出来事は起こらなかった。
村は相変わらず静かで、村人たちは日常の作業に追われていた。畑で働く人々や、家々の前で洗濯をする女性たち、子どもたちが無邪気に遊ぶ姿が、村の穏やかな日常を象徴していた。
俺も特にすることがなかったので、村の周囲を歩いてみることにした。
特に目的もなく歩くうちに、ふと目に留まったのは村の端にある小さな祠だった。
村の人々が大切にしている場所らしく、周りにはいくつかの石像や花が飾られていた。
今まであまり気にしたことはなかったが、何となく気になって近づいてみた。
祠の中に目をやると、古びた石の祭壇があり、その上には小さな木製の像が安置されていた。
その像は、今では誰もがあまり意識していないような存在に思えたが、かつてこの村を守った神様か何かの像なのだろうか。そんなことを考えているうちに、ふと背後から声がかかった。
「おお、君もここに来るのか」
振り向くと、そこには村の長老が立っていた。彼は年齢を感じさせる髭を生やしており、村の歴史や伝説についてはよく知っている人物だ。
長老は、にこりと微笑みながら近づいてきた。
「どうだね、祠に興味が湧いたか?」
俺は少し驚きながらも頷いた。
「あまり気にしたことはなかったんですが、この祠はどうして村人たちに大切にされているんですか?」
「ふむ…君は気づかなかったのか。実は、この祠は何百年も前からこの村を守ってきた神様を祀っている場所だよ」
と長老は言いながら、祠の前に座り込んだ。
「昔々、この村はとても厳しい時期があったんだ。戦争や疫病、飢饉…さまざまな困難に見舞われてね。それでも、村を守り続けるために神様の加護を祈り続けてきた。だから、今でも多くの人がこの祠にお参りしているんだよ。」
長老の話を聞きながら、俺は祠をじっと見つめた。
村に魔物や魔王がいない世界では、こうした信仰や伝説が村の人々にとっての心の支えになっているのだろう。
「それに、あの黒衣の者たちとも関係があるのかもしれん」
と長老は少し寂しげに言った。
「彼らは、以前からこの村周辺で目撃されることがあった。だが、今のところ大きな事件には至っていない。」
俺は、長老の言葉に少し驚きながらも、彼の目に宿るどこかのんびりとした安心感に触れ、少しだけ心が落ち着いた。
もしかすると、この村には何かしらの力が働いているのかもしれない。
魔物や魔王がいなくても、人々が自然や神々と共存して生きる場所がここにはあるのだ。
「でも、どうして今になってまた彼らが現れたんでしょう?」
と、俺は思わず尋ねてみた。
「それは…わからん。ただ、こうして村が平和に過ごしている限り、何も変わらなければいいと思っているよ。信じる者にとって、この祠は何よりも大切なものだからな。」
長老の言葉に、俺は少しだけ理解ができた気がした。
この村では、特別な力や冒険が存在しない。ただ、日々の生活と共に、静かに守られ続けるものがある。それが、村人たちにとっての「日常」であり、守りたいものなのだろう。
その後、長老と少しだけ世間話をしてから、俺は村に戻ることにした。
村の広場に戻ると、相変わらず村人たちが忙しそうにしていたが、何も変わらない平和な風景が広がっていた。黒衣の者たちの影があったとしても、それはあくまで外の世界の話であり、ここではどこか穏やかな時間が流れている。
それでも、心の中ではまだ少しの疑念が残る。あの者たちは本当に何者なのか?
そして、この村に何か変化が起きるのはいつになるのか…。
けれど、冒険がなくても、この村の中で過ごす時間はきっと大切なものになるだろう。日常の中で、少しずつその真実が明らかになっていくのだろうか。
それとも、何も起こらず、この静かな時間が続くのだろうか。