第1話
目が覚めると、そこは見知らぬ森の中だった。
草の匂いが鼻をつき、鳥のさえずりが耳に響く。
木漏れ日が揺れ、風が頬を撫でる。まるでどこかの田舎にでも迷い込んだかのような感覚。
――いや、違う。そもそも俺は都会のアパートで眠りについたはずだった。
頭を振り、立ち上がる。
服装は変わっていない。スマホもポケットに入ったままだが、圏外表示になっている。まるで電波の届かない秘境にでもいるようだ。
とりあえず周囲を見渡し、方角を定める。
視界の先に、森を抜けた先に開けた土地が見えた。煙が立ち昇っている。人がいる可能性が高い。
「……行くしかないか」
慎重に森を進み、やがて開けた場所に出る。そこに広がっていたのは、木造の家々が点在する小さな村だった。
道は舗装されておらず、土の道が続いている。牛や羊がのんびりと草を食み、農民らしき人々が畑仕事に精を出していた。
――ファンタジー世界に転移したのか?
そう思いたくなる光景だったが、剣や魔法を操る冒険者の姿もなければ、華やかな城や市場もない。
ましてやステータス画面やスキルの表示が浮かぶこともない。ただの素朴な田舎村だ。
「おい、あんた見かけない顔だな」
突然、背後から声をかけられた。
振り返ると、屈強な体つきの男がこちらを見ている。日焼けした肌に、粗末なシャツとズボン。腰には木製の鍬がぶら下がっていた。
どう見ても、冒険者ではなくただの農夫だ。
「ああ、ちょっと道に迷って……」
「こんな森の奥で迷う奴がいるか? ここはラムダ村だ。旅人なら村長のところに案内するが……」
ラムダ村。聞き覚えのない地名だが、この世界の地名らしい。
とにかく情報を得るためにも、村長とやらに会うのが得策だろう。
「お願いできますか?」
「ああ、ついてこい」
農夫に連れられ、村の奥へと歩き出す。俺の知らない異世界の、素朴な田舎村の生活が、今始まろうとしていた。