服と鏡と幸福と
「幸せの小鳥をつかまえる魔法が欲しい……」
私は大きく息を吐いてつぶやいた。
話は少し前にさかのぼる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お母さんお母さんこの服に決めた!」
「あらマホちゃんセンス良いいわね」
「でしょ?サイズも私にぴったりだし」
お母さんは私の一言にピクッと反応した。
そして値札を見てじっくり考え込む。
「マホちゃんはこの服ずっと着たい?」
「うん!気に入ったもの」
私の笑顔と返事にお母さんはさらに考える。
「マホちゃんは成長期なの。わかるわよね?」
「うん。毎年の健康診断楽しみにしてるよ」
「ならこの服もすぐサイズオーバーしちゃうよ」
「あ……」
「どうする?マホちゃんがそれで良いなら買うわよ」
☆ ☆ ☆ ☆ ★
「あの服欲しかったなあ……」
お母さんの三面鏡を適当に開く。
鏡に映るマホの顔には心残りがあった。
「あの服似合うと思うのよねー」
三面鏡の前にマホはゴミ箱を持ってくる。
その上に登って全身を映す。
(あの服を着たイメージして……)
クルッと回ってポーズを取り笑みを浮かべる。
「ほらやっぱ似合う――わわ!」
バランスを崩した私の体はぐらぐらと揺れ動く。
体を支えようと私は鏡に手を伸ばす。
トプン。
「ふえっ!?」
鏡が波打つ。
目の前が急に真っ暗になり落ちていく感じがする。
☆ ☆ ☆ ★ ★
気がつくと私は三面鏡の前に立っていた。
「ここは……私の家?」
キョロキョロと周囲を見渡す。
「あれ?なんか変?」
好奇心が湧いた私は原因をさぐる。
時計が左回りに動いていた。
西日のさす時間なのに東から光が差し込む。
「わかった!ここ鏡の中だ!」
「おや?マホちゃんかい?」
「へ?お父さん!?」
声にびっくりした私はバタバタと走り出す。
和室に着くとそこにはお父さんがいた。
「お父さん!?なにしてるの!?」
「掃除だよ。こう畳の目にそって箒をね――」
箒とちりとりを持ってお父さんは言う。
「お仕事は?もう終わったの?」
「ああ。マホちゃんは鏡の向こうから来たのか」
「へ?どうしてわかるの?」
「こっちの世界はね夜働いて昼に寝るのさ」
「吸血鬼みたい」
率直な感想を私は言った。
「僕たちからすればそっちが吸血鬼だよ」
「あはは。それもそうね」
「ところでどうしたの?なにかあった時の顔だよ?」
心配そうな声でお父さんは聞く。
「実はね――」
私は胸の内をお父さんに話した。
「なるほど服か。そんなに気に入ったのかい?」
「うん。お金ならあるはずなのにさー」
心の中にあるものを私はすべて話す。
お父さんは相槌や言葉で共感をしてくれた。
「ねえお父さん。お母さんの気持ちわかる?」
「わかるよ」
即答したお父さんにびっくりする。
「そうだな……こっちの世界の昔話をしようか」
「どんな話?」
「優しい毒と氷の愛情ってお話」
私が興味を示すとお父さんは時計を見た。
「簡単にまとめると優しさは十把一絡げってことさ」
「えーと……結局優しい毒ってなんなの?」
「なんでもかんでも買い与えることかな」
今回ならとお父さんは言葉を繋げる。
「私知ってるもん。今は6ポケットの時代って」
「なんだい?6ポケットって?」
「お父さんとお母さんで2つでしょ」
身を乗り出して聞くお父さんに私は答えていく。
「それとお祖父ちゃんとお婆ちゃん……ってあれ?」
「僕の両親とお母さんの両親かな?」
「そう!それで6つ!」
私はお父さんの助け舟に助けられた。
「6人分のお金があるなら買えたはずだもん」
「確かに買えるね」
「ならどうして?」
「マホちゃんが大きくなったとき困るからさ」
「困る?私が?」
キョトンとして私はお父さんに聞き返す。
「お金を稼ぐのって大変なんだよ」
しみじみとした声でお父さんは私に言う。
「なんでもかんでも欲しいものを与えるとね」
お父さんの話を私は耳をそばだてて聞く。
「わがままな子に育つことがあるのさ」
(私わがままなの……?)
自分の行動を私は振り返る。
「きちんとした金銭感覚を身につけてほしい」
温かい目でまっすぐに私をお父さんは見た。
「それがお母さんとの僕との願いさ」
お父さんは静かに私を見つめる。
「幸せの小鳥が欲しいね……」
「そうだね」
お父さんは私の頭にポンと手を置く。
「習慣づくと抜け出すのは大変だから」
「うん。だから厳しさの中に愛があるのね」
氷の愛情の意味を私は知った。
「さあそろそろお帰り。扉が閉じる時間だ」
「帰るってどうやって?」
「手順があるのさ。ちょっと待ってて」
お父さんは紙にさらさらとペンを走らす。
「この通りにやると帰れるよ」
「ありがとう。お父さん」
私はお父さんの返事と一緒に紙を受け取る。
「いろいろとありがとう!お父さん!」
「気をつけてね」
お父さんの言葉を背に受けて私は走り出した。
☆ ☆ ★ ★ ★
玄関、リビング、バスルーム。
キッチン、トイレ、ダイニング。
(うちのダイニングとキッチンって分かれてるのね)
またひとつ新しいことを知り私は階段を上がる。
「ラストがベランダ――って姿見!?」
2階のベランダの柵の外の姿見があった。
私が駆け寄ると姿見の前の柵が動く。
垂直に動き長い柵の前で止まり道を作る。
「出口の鏡を左手で押す……」
2階の屋根を歩き鏡の前で左手を差し出す。
鏡の私も同じ動きをする。
「とみせかけて右手で押す!」
左手を止めた瞬間右手を鏡に押し込む。
鏡の私と私とが交わる。
広がる波紋の中私はまた落ちていく。
☆ ★ ★ ★ ★
気づくと私は三面鏡の前に倒れていた。
踏み台にしたゴミ箱からゴミが散乱していた。
「帰って来れたー!」
感動に打ち震えながら私はゴミを片づける。
「あ……」
ごみの中鏡の父親からの地図を見つけた。
地図や文字は記号や象形文字に変わっている。
「これはたからものばこにしまっておこう」
手紙を三面鏡の台に置き片づけを進めていく。
終わったら部屋に戻り宝物箱に手紙をしまう。
(ありがとう。鏡の中のお父さん)
私は鏡の中で学んだことを思い出す。
(優しい毒と氷の愛情……)
向こうの昔話はしっかりと胸に刻まれていた。
(そして人のぬくもりが教えてくれた勇気)
。鏡の中のお父さんと現実のお母さんの愛が胸にあふれる。
「よし!行こう!」
私は決意を胸に走り出した。
「お母さんお母さん!なにか手伝えることある?」
「なあにいきなり」
「やっぱりどうしてもあの服欲しいの!」
私はお母さんにきちんと気持ちを伝える。
「だからお手伝いするって決めたの!」
お母さんはしばらく私を見て大きく息を吐く。
「わかったわ。あの服明日買いに行きましょう」
「やったあ!ありがとうお母!大好き!」
★ ★ ★ ★ ★
「その服でしたら昨日売り切れてしまいまして」
翌日私とお母さんは服を買いに来た。
近くの店員さんにお母さんはスマホを見せる。
帰ってきた答えがこれだった。
(やっぱり幸せの鳥をつかまえる魔法が――)
「ワンサイズ上でしたら裏にありますね」
端末を操作して店員さんが告げる。
「いかがなさいますか?」
「だって。どうする?マホちゃん」
店員さんとお母さんの視線が私に向けられた。