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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

(俺が)(あんたが)主人公のこの世界で(私が)(お前が)

冬の海

 住んでいる家を飛び出した。

 別に誰かとケンカをしたわけでもなく、ただ、ただなんとなく居心地が悪くて、息ができなくて飛び出した。



 いつも家に一人だった。

 幼いころに両親は離婚した。物心がつく前に家族という枠組みが崩壊したのを見た。今の世の中、一人で生活するのも大変なのに、足手まとい()がいる生活は金銭的にも、精神的にもキツかったのだろう。小学校に行くようになったころ、唯一の人は、家に帰ってこなくなった。


 電気が止まり、暗闇の中。

 ガスが止まり、冷たい水。

 水道が止まり、臭い部屋。


 突然止まるライフライン、復活するのも突然だったけど。

 同級生を嫉む余裕もなかった。

 子どもながら必死だった。――――ただ、息をすることに必死だった。



 そんな生活が10年経った今、家を飛び出した。



 理由なんてない、まさに衝動的。

 目的もなく飛び出した体は、駅へ行きICカードで改札を抜ける。どこに行くかもわからない電車へ乗り込んだ。



 どこへでも行ける気がした。



 辿り着いたのは海だった。

 夏なら人がいたかもしれないが、冬だからか人っ子一人もいない。

 てきとーに砂浜に座って、海を見ていた。ただ繰り返し同じ動きをする液体を見ているだけなのに、始めの衝動はなりを潜め、穏やかな時間だった。

 それから10分だったのか、2時間だったかわからないが、ざりざりと足音が聞こえた。歩いてきた誰かは、俺から50cmぐらい離れたところに座った。横目で姿を確認すれば、女の子だった。



 初対面だ。



 急に現れた彼女はチラチラと俺を伺い、言いたいことがあるのか、口を魚のようにパクパクさせている。彼女から漏れるのは息ばかりで鬱陶しいから、俺から声をかけよう彼女に向き合えば、なにかを決心した瞳に囚われて口を開くことができなかった。



「――アンタ死ぬの?」



 はぁ?



「ずっと、ここに座ってるけど死ぬの?」

「死なねーよ」



 どうやら彼女には、俺がこれから自殺でもするように見えていたらしい。悲壮感や、哀愁が背中からに染み出ていたと真剣な顔をして言ってきた。

 誤解が解けてからは、他愛もない話をお互いにした。陽が海に飲み込まれて、月が顔を出した頃に解散した。



 久しぶりだった。

 なんだか、久しぶりに自身を実感した。痛み以外で生きている、人間だったと思える時間だった。お互い名前や、素性なんて明かすことなく、ただただテキトーに話しただけのに。

 家を飛び出したのは確かに衝動だったけど、どこかで死んでしまいたいと願っていた俺は彼女に呼ばれたんじゃないかな、と帰りの電車の中でぼんやり考えていた。



 この出会いから数年後――――――俺なんかより彼女のほうが、死にたくて海に来たんだと確信した。



 前と同じように砂浜に座っていれば、相も変わらず50cm離れたところに彼女が座る。



「おにーさん、久しぶり」

「久しぶり。――――なぁ、死ぬのか?」



 あの時とは反対だ。



「ん。チョット悩んでる」

「……そっか、でも冬の海は入るには冷たいよ」

「………そうだね」



 俺たちはお互いに、死なないようにしていたんだ。あの時も、今も。でも、でも、でもお互いの顔を見てしまった! 無理だ。もう来た道を戻るなんて、できやしない。



 陸でも息ができない俺たちは、きっと海の中でもできないんだろう。



 それでも、

 そうだったとしても、彼女の手を引いて立ち上がる。



「2人だったら、冬の海も温かいさ」




お読みいただきありがとうございました!

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