第4章 【破壊神の妻】
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ビゼルを迂回させて敵を引き付ける為に、正面から一直線上に城へとロードは向かっていた。
暫く先に進むと大軍が現れ、その旗には「大自在天妃」と書かれていた。
「大自在天妃と言うとパールヴァティーか?」
ロードは側近に尋ねた。
「はい、韋駄天と大聖歓喜天の母親です」
金色の肌で品のある女性が進み出て聞いた。
「我が息子達を殺したのは、あなた達ですか?」
「韋駄天と大聖歓喜天なら、この私が討ち取った!」
大声量で返答した。
すると、パールヴァティーは、まさに怒髪天を突く勢いで怒り出し、その怒りから化身を生み出した。
パールヴァティーの怒りから生まれた化身は、10本の腕を持つ戦いの女神ドゥルガーだ。
更にドゥルガーの額から、4本腕で漆黒の肌を持ち、額に第三の目を持つ、殺戮と破壊の女神カーリーを生んだ。
この2人はパールヴァティーの化身であり、分身の様な存在である。
カーリーとドゥルガーは、我が子の敵討ちで、真っ直ぐにロードを目掛けて突入して来た。
戦いと殺戮の女神達は、その名に恥じない強さで魔軍を蹴散らしながら進軍して来る。
「うおぉぉぉ」
ロードがカーリーに斬りかかる。
それを片手で受け、他の腕に握られた剣で斬りかかり、弾き、捌き、また攻撃する。
互いに打ち合い、50合を数えてもまだ勝負はつかない。
ロードとカーリーの強さは互角に見えた。
そこへ、ドゥルガーが加勢しようと突進して来た。
「お姉様!」
クラスタが間に割り込んで、ドゥルガーの突進を食い止めた。
しかし、ドゥルガーの10本の腕に苦戦し、打ち合うごとにクラスタは劣勢になり負傷していく。
そこへミューズが加勢して、ようやくドゥルガーと互角以上に戦っている。
パールヴァティーが舞い始めると、ロードはカーリーに打ち負けて押され始め、クラスタとミューズの2人がかりでもドゥルガー1人に目に見えて押され出した。
カーリーとドゥルガーは、パールヴァティーの支援の舞によって攻撃・防御・速さが上昇していた。
フレイアは吐き出した魔力によって巨大な結界を張り、その中にいるロードとクラスタ、ミューズの防御力を上げ、受けた傷を回復し続けた。
お互いの戦力は拮抗し、決め手を欠いて攻めあぐねていた。
そこへ突然現れた男によってフレイアは、斧で頭を割られて絶命し、結界が破れた。
その男の肌は青く第三の目を持ち、首に蛇を巻き、それぞれ4本の腕には三叉槍と斧、太鼓、数珠を持っていた。
その男はフレイアの頭をかち割ると、背後からミューズを三叉槍で突き殺した。
それに反応して隙を見せたクラスタを、ドゥルガーの10本の剣が串刺しにしていた。
男の正体は、彼女達の夫である破壊神シヴァだった。
ロードはカーリーを正面に受け、右手にドゥルガー、左手にシヴァに回り込まれて完全に形成は逆転した。
「くっ、もはやこれまでか…」
ロードは死を覚悟した。
奥義を繰り出しながら3人を相手にし、背を見せない様に心掛けて戦う。
ドゥルガーの10本の腕に苦戦し、そこへカーリーがロードの右腕を斬り落とした。
苦痛で顔を歪めるも、すぐに斬られた右手から剣を左手で握り直して構える。
シヴァは高みの見物に入った様だ。
馬鹿にするなと思ったが、自分の最期を悟る。
潔く自害して果てようかと考えたが、ビゼル達がヴィシュヌの城に突入する時間を稼がなくてはならないと思い、考え直した。
この命を捨てて時間を稼ぐ。
悲壮な決意で、強敵に相対した。
最期の力を振り絞ってドゥルガーの10本腕から繰り出される無数の剣撃を縫って胴を斬り、反転してカーリーと打ち合ったが残された左手も斬り落とされた。
ロードは、地面に膝をついて倒れた。
カーリーが勝利を確信して冷徹な笑みを浮かべ、首を刎ねる為に剣を振り上げた。
振り下ろされた剣は弾き返された。
何者?と見上げた瞬間に、黒馬に乗った男が頭上から振り下ろした戟を4つの剣で受け止めるも、頭から真っ二つにされた。
報復に向かって来たドゥルガーを寄せ付けず、10本の剣撃を軽々と受けては弾き返し、首を刎ねた。
あっという間に妻(化身)2人を斬り倒されて、激怒したシヴァが三叉槍と斧を振り上げて向かって来たが、三叉槍を跳ね飛ばして左肩から右腰にかけて袈裟斬りにして討ち取った。
そのままパールヴァティーに歩み寄ると、パールヴァティーは恐怖に歪んだ表情で腰が抜け、失禁して震えた。
そこを情け容赦無くその首を刎ねた。
「項籍、陛下を頼む!」
そう言うと意識を失って倒れた。
項羽は馬から降りて、ロードの傷口を縛り止血をした。
そこへ、瑞稀達が現れた。
ロードの様子が目に入り、急いで駆け付けた。
項羽はロードを看せると、瑞稀はすぐに回復呪文で治療した。
フレイア、クラスタ、ミューズを蘇生し、シヴァとパールヴァティー達を生き返らせて配下に加えた。
大軍団となった瑞稀達は、取り敢えずの拠点として、ヴィシュヌの城に戻る事にした。
瑞稀が酷い目に合わされた、忌わしい記憶の場所だ。
ロードが心配して声を掛けて来たが、瑞稀はヴィシュヌに攫われていた間の記憶を失っていた。
項羽はビゼルに詰め寄り、小虞がどんな目に合っていたのか聞き出して、涙を流して瑞稀を抱いた。
「俺が1人で行かせたばかりに…」
「陛下しか地上に来れなかったのだ、どうしようもなかった。ヴィシュヌの奴は、陛下が1人になるチャンスをずっと伺っていたのだ」
ハルバートが吐き出す様に言った。
瑞稀は項羽に抱き寄せられた腕を振り解いて、無言で城に向かった。
今までの瑞稀とはまるで違う態度や雰囲気に、皆が驚いていた。
魔族達は、多重人格の人間など見た事が無かった為、理解が出来ず、あんな目に合ったのだ人も変わるだろう?と考えて、そっとする事にした。
瑞稀は、ベタベタと触れて来る項羽を鬱陶しく思って、避けている様子だった。
夫婦である為、項羽は強引に寝所を同じくして抱いた。
項羽は、小虞の忌わしい記憶を塗り替え様としたのだろう。
他の配下も反対意見はあったが、陛下を慰めてやってくれと言う事になって2人きりにした。
瑞稀は虞美人であった時の記憶も失っていた。
解離性同一症で生まれた人格は、元の人格の記憶が無い事が症例として多い。
瑞稀の場合は、魔軍の事などの記憶は残っているから、性的虐待を受けた前後に関する記憶と、心の弱い自分を殻に閉じ込めて封印しているのだろう。
項羽に抱かれても、ヴィシュヌに犯された記憶がフラッシュバックして泣き叫んだりとかはしなかった。
ただ項羽に抱かれながら、何の感情も浮かび上がって来ない事が不思議で、本当に夫婦なのかしら?と疑問に感じていた。
その為、口付けする事に抵抗を感じて拒絶し、2度目を求められたが断って別々に寝ようとしたが、許してくれなかったので、仕方なく項羽の腕枕で寝る事にした。
城の中なのに夜は冷えて来たが、項羽の体温が高くて暖かく、抱きしめて寝ると嬉しそうな顔をしていた。
嬉しそうにされると笑顔になっていて、自然と口付けを交わして眠りについた。
(何だ私、ちゃんとこの人を好きで良かった)
生前の虞美人は見た目の美しさと、最期の項羽を逃す為に足手纏いにならない様に自害するシーンが鮮明で、そこにしかスポットライトが当たっていないが、実は聡明で思慮深く参謀的存在だった。
特に陳平の離間の計で軍師の范増を失い、参謀総長の鍾離昧にも見限られて韓信を頼って去られた後、虞美人は事実上の軍師として項羽を支えていた。
この瑞稀にもその面影は残っていた。
突然、起き上がると、夜襲に警戒しろ!と叫んだ。
すると果たして、火の手が上がり1人の女性が捕えられて来た。
彼女は、吉祥天であると名乗った。
ヴィシュヌの妻である。
それを聞くと、瑞稀の解離性同一症で作られた人格と元の人格が入れ替わった。
瑞稀は、ヴィシュヌにされた性的虐待と身体的虐待の記憶が呼び戻され、半狂乱になって暴れ始めた。
項羽が抱きしめて動きを止めると、振り返って項羽の頬を平手打ちして引き離した。
吉祥天に掴みかかって泣きながら、お前の夫に何をされたか知っているか?と問い詰め、された出来事の一部始終を打ち明けた。
10大魔王達も聞いており、皆、陛下をお救いするのが遅れたばかりにと、泣いて口々に謝った。
項羽は1人、強く握り締めた拳から、血が滴り落ちていた。
吉祥天は薄々と夫の行っている事を感じてはいたが、止められなかったのは私の罪だと謝罪した。
瑞稀は、「私が聞きたいのは謝罪ではない。お前の夫にされた事を、お前にも味わってもらう事だ」と言った。
泣きながら吉祥天は、私が出来る事は、この身体で償う事しか出来ないと手を合わせて目を瞑り、甘んじて受け入れる姿勢を見せた。
あの変態サイコ野郎には勿体ないほど、良く出来た妻だった。
私の受けた苦しみを「味わいたくない、助けてくれ!」と言われたら容赦なく兵士に与えて、「好き放題に犯せ!」と命じたが、甘んじて受け入れる方を選んだら、それは許してあげるつもりだった。
元々、妻である彼女に罪はないのだ。
本来なら、ヴィシュヌをもっと苦しめてから、殺してやりたかった。
あいつの精液を飲まされて魔力が宿ったが、それだけではチート能力を使う為の魔力には、ほど遠かった。
だからあいつの心臓を食べる必要があった。
核となる心臓を食べる事によって再生は出来ないし、膨大な魔力が手に入る上に、あいつの目の前で食べてやる事によって、「これでお前は再生出来ず、消滅するんだ」と思い知らせてやり、私の復讐は成し遂げられたのだ。
あいつから授かったチート能力の全ては、『模倣』によって使える様になったので問題はない。
瑞稀は、「罪なら、お前の夫が背負って死んで償った。しかし、このままお前を逃がせば、また敵討ちに現れるかも知れない」と言って、吉祥天の首を刎ねた。
そして、生き返らせて配下に加えた。
ロードは驚愕した。
あの剣捌きは、私と同じく剣帝の剣技。
しかし、精度は私の比では無い。
まだ私は、あの域に到達してはいない。
ロードは瑞稀に手解きを強く希望して、指導を受ける事になった。
何はともあれ騒ぎは終わり、眠気がピークで解散し、兵には交代で警戒させる事にした。
阿籍は記憶を取り戻した元の人格の私の頭や背中を優しく撫でてくれた。
私から口付けをして、阿籍を強く求めたが、ヴィシュヌにされた事がフラッシュバックし、トラウマとなって恐怖に支配される。
「我爱你(愛してる)…小虞…」
私の胸を強く吸う阿籍の頭を、震える手で抱きしめた。
「对不起(ごめんなさい)…阿籍…」
私がもっと警戒していれば、ヴィシュヌに攫われて穢される事も無かった。
綺麗な身体でいてあげられなくて、ごめんね…。
涙が溢れて来て流すと、阿籍は辛いなら止めようか?と聞いて来た。
この阿籍は、皆に畏れられているが、私にだけは優しい。
いいえ、互角されやすいけど、子供達にも優しいわ。
「良いの、続けて。貴方の愛で忘れさせて…」
愛し合っていると、いつの間にか日が差して来た。
「もう朝になっちゃったね」
そう言って微笑んだ私に、優しくハグをして起き上がった。
支度をしていると、ビゼルが不躾に入って来た。
(危ない。もう少し早く来られたら、Hしてる所を見られてたよ)
そう思い少し不機嫌になって、「こんなに早くから何の用?」と聞いた。
「申し訳ありません。朝礼でお呼び致しました」
確認すると、朝礼の時間はとっくに過ぎていた。
「ごめんなさい。急いで行くので会議室で待ってて」
「畏まりました」
ビゼルが退室すると、振り返って項羽に舌を出して片目を瞑った。
会議室に瑞稀が現れると、今後について既に話し合いの最中だった。
「陛下、シヴァより有益な情報がございます」
ルシエラがゲートの守備から合流していて、既に会議に参加していた。
魔界には戻る必要が無いし、城を拠点にしたのでゲートを守備する必要が無くなったからだ。
シヴァやパールヴァティー、ラクシュミーなど天界の一角と呼べる者達を支配下においた為、彼らが持つ情報は有効に活用させて頂く。
ちなみに韋駄天や大聖歓喜天の首をロードが持っていたので、彼らも生き返らせて配下にした。
ヴィシュヌは塵となって消滅した為、生き返らせる事は出来ないが、もし可能だったとしても生き返らせたりはしない。
かつて、ロードがビゼルに言った。
陛下の真の恐ろしさは、全員殺して生き返らせれば、全員支配下におく事が可能だ。
あの力は世界を統べるものだ、と。
それにしても、瑞稀の能力は何なのか?
神々でさえ、不死ではなく、死んだ者を生き返らせたりは出来ない。
伊弉諾命が亡くなった妻・伊邪那美命を黄泉路から連れ戻そうとするが、黄泉路から出るまでは絶対に振り返るなと言われたのに、振り返ってしまい、腐って変わり果てた妻の姿に驚いて逃げ帰ると言う話がある様に、神は不死ではなく、また神でさえ生き返らせる事など出来ないのだ。
それが可能な瑞稀は、一体何者なのだろうか?
そして現在、殺して生き返らせて支配下におくと言う、ロードが恐れた通りの展開で、神国に進軍中だ。
天帝に復讐する日も近いと感じ、武者震いで手がワナワナと震えた。
残る敵は、梵天と帝釈天に天帝を守護する四天王だけだ。
しかし他にも、太上老君や西王母、龍神、風神、雷神など難敵も存在する。
本来であれば彼らと敵対する、羅刹や中立の阿修羅達がどう出るのか?
(敵となるか?味方となるか?傍観するのか?)
敵対するなら、戦うだけだ。
いつも読んで頂きまして、誠にありがとうございます。