第3章 【猿神とヴィシュヌ】
時は少し遡る。
ロードと分かれて隊を率いるビゼルは、迂回して進軍している為、胸の高さほどもある草地を通り、沼地に橋を掛けて渡り、山岳を抜けるなど地形に悩まされていた。
飛べば楽なのだが、それでは敵に見つけてくれと言わんばかりだ。
性分的にはロードが選択した正面突破の方が、自分には合っているが、韋駄天を討ち取った事によって敵の追撃が激しくなると予想された。
その為、ロードが敢えて目立つ様に進軍したのは、敵の注意を引いている隙に、俺の部隊で陛下を奪還する為だ。
しかしそれでも敵の居城が近づけば、警備が厳しいものとなっているだろう。
「地図通りなら、そろそろ城が見えて来る頃だな?」
地図を見ながらハルバートに話しかけた。
「あれを!」
アーシャが指差すと、猿神の軍隊が陣取り行手を塞いでいた。
この猿神を率いているのは、猿王スグリーヴァで、その傍に見えるのは、軍師のハヌマーンだ。
スグリーヴァは兄を差し置いて猿王となった為、不満を持っていた兄のヴァーリンは、突如急襲して王の座を奪った。
ハヌマーンのお陰でスグリーヴァは、このクーデターから逃げ延び、その後ハヌマーンはラーマ王子(ヴィシュヌの化身)に救援を求めてヴァーリンと戦った。
劣勢になったヴァーリンは、羅刹の王・ラーヴァナと同盟を結んで抵抗するも、ラーマ王子に討ち取られた。
こうしてスグリーヴァは再び猿王として返り咲き、ヴィシュヌへの恩義からその尖兵となった。
ちなみにヴァーリンは、帝釈天が、猿王リクシャラージャの妃(名前は伝わってない)を寝取って生ませた子であり、スグリーヴァはリクシャラージャとその妃との子である為、正統後継者として王位を継いだのだ。
それでもヴァーリンは自分が長男であるから、王位継承権は自分にあると主張していた。
しかし、よく考えれば王であるリクシャラージャの血をひいておらず、帝釈天の子なのだから、この主張はおかしな事である。
この様にして帝釈天が、人妻を寝取って起こした事件は多々ある。
余談だがヴァーリンの妻ターラーは、ヴァーリンの死後、スグリーヴァの妃となった。
しかしターラーは恋多き女性で、さらにブリハスパティの妻となり、月神ソーマに掠奪婚され、激怒したブリハスパティとソーマとの間で大戦争が勃発し、ブラフマーが仲裁に入ってターラーはブリハスパティの元に戻る事になったが、ソーマの子をすでに身籠っていた。
これが水星ブダとされている。
猿神は一騎当千の猛者で、「西遊記」の主人公・斉天大聖・孫悟空のモデルだから、その強さは察するに余りある。
尚、斉天大聖とは、天に斉しい大聖と言う意味で、孫悟空が勝手に名乗った事に怒った天帝が、討伐の軍を起こす話がある。
「こんな所で手間取ってる暇は無い。俺の軍で相手するから、その間に先に進め!」
ハルバートが巨大な戦斧を片手で軽がると振り回して見せ、猿神に突っ込んで行った。
「魔界の勇者に武運あれ!」
ビゼルはハルバートに声を掛けて、猿神を迂回してヴィシュヌの居城に向けて走り抜けた。
「ハルバートの軍だけでは厳しいのでは?」
アーシャは不安そうに尋ねた。
「ハルバートの漢気が分からんのか?自ら臨んで死地に赴いたのだ。我等が陛下を奪還する為の時間を稼ぐ為にな」
一目見てあの猿神達が、只者では無い事は分かった。
多勢に無勢だ。
勝ち目は無いだろう。
だから何としても陛下を助け出す。
万が一でも、陛下の蘇生魔法なら生き返らせる事が出来る。
しかし彼らはまだ知らない。
頼みの綱である瑞稀(闇の皇帝)が、チート能力の全てを失っている事を。
拷問よりも酷い虐待を受けては犯され、瑞稀が精神崩壊寸前である事を。
ビゼル達が先を急いで進軍していると、フィーロの軍に横から斬り込んで来た者がいた。
全身の肌が青く腕は4本の女性だった。
其々の手には剣が握られていた。
フィーロは、問題ない先を急げ、と言って自分の軍だけで戦い始めた。
『大火炎球』
フィーロが魔法を唱え、4本腕の女性に攻撃すると、剣で魔法を切り裂いて掻き消された。
「魔法か…間合いさえ詰めれば、どうってことはない」
「そういかない」
連続で大火炎球を唱えるが、悉く打ち払われた。
「今度はこちらの番かしら?」
不適な笑みと共に一瞬で間合いを詰めて来る。
ギリギリで躱したつもりが、マントを切り裂かれた。
「これ、結構お気に入りだったんだけどな」
「いつまでその余裕でいられるかしら?」
剣撃が空を斬ると、斬撃が飛んで来た。
『氷壁』
無数の斬撃を氷の壁が受け止めるも砕かれて、最後の1撃が肩を掠めた。
この4本腕の女性は、ターラーと名乗った。
(ふふ、さすが神国。魔王級がゴロゴロいるな)
フィーロは戦闘を楽しんでいる様だった。
先を急ぐビゼルとアーシャは、ヴィシュヌの居城に辿り着いた。
不思議な事に門番もおらず、中には誰もいない様子だ。
まさかこの城にはいないのか?と思った時、頭上から声がした。
「やぁ、よく、ここまで来れたね?守衛がいなくて驚いたかい?邪魔なんで皆んな首にしたんだ。だってボクより強い者なんていないから、邪魔なだけさ。それにね、ここはボクの姦り部屋なんだよ。キミ達の皇帝陛下とやらも、ボクに調教されて、快楽でひぃひぃ喘ぐだけの雌に成り下がったよ?キミ達が陛下と崇める存在が、今やボクのセッ◯ス人形なんだよ?あははは、そんなモノを助けに来たのかい?」
「下郎がぁ!」
ビゼルは歯軋りしながら、空中に立つヴィシュヌに斬りかかった。
槍は空を切り、余裕で躱された。
こいつは項籍ほどではなくても、強い。
命を賭けなくては倒せない、と瞬時に覚悟を決めた。
槍を構えると、アーシャが間に割り込んで来た。
「お前は陛下を助けに行け!」
「何を?こいつは強い。2人がかりでも倒せるか分からない相手だぞ!」
「だからだ!だから、ここで2人とも死んだら一体誰が陛下をお救いするのだ?早く行け!」
ビゼルはアーシャの思いを汲んで、振り返らずに走り去った。
「キミがボクの相手をしてくれるの?まぁ無駄だけどね?先に行った彼も、キミの後を追わせてあげるよ」
「そう簡単にはやらせんよ」
アーシャはそう言うと、ヴィシュヌを睨んだ。
「あらら、お前1人になっちゃったね」
ハルバートの配下は猿神達に翻弄され、1人に対して複数で攻撃されては引き、引いては攻撃してを繰り返して、ハルバートと引き離して確実に1人1人倒されていった。
「おのれ、姑息な戦い方をしおって!」
「ウキャッ、キャッ、キャッ。馬鹿正直に正面から向かって来るのが、間抜けなのさ」
ハヌマーンの指揮で、猿神達は手足の如く陣形を組んだ。
「さて、そろそろ、お前の最期が近づいて来たが、言い残す事があれば、聞くだけ聞いてやろう」
「言い残す事があるのは、お前の方だ!」
ハルバートは真正面からハヌマーン目掛けて突進した。
猿神達は、第一波、第ニ波、第三波と言う様に、波状攻撃を仕掛けたが、ハルバートは巨大な戦斧を振り回しながら寄せ付けず、攻撃を受けても怯む事なく、ただハヌマーン目掛けて突進した。
「この、体力馬鹿が。俺様が悪知恵が利くだけの雑魚だとでも思ってるのか?」
槍をしごいて振り回し、ハルバートの右側頭部の兜ごと頭を砕いた。
流血し、右目が血で見えなくなり、ハルバートの攻撃は虚しく空を切った。
ハヌマーンのトドメの一撃がハルバートの胸を貫通する。
膝を崩して倒れた所を猿神達がハルバートの後頭部に一撃入れて頭蓋を砕き、鮮血が柱の様に噴き上がった。
カッと目を見開いて、戦斧をハヌマーン目掛けて投げ付けたが躱された。
ハルバートはゆっくりと前のめりに倒れ、絶命した。
「うぎゃあぁぁぁ!」
投げ付けた戦斧は、ハヌマーンの槍を持つ左腕ごと斬り落としていた。
「こいつぅぅぅ。誰か槍を貸せ!」
左腕を失い、痛みで激怒したハヌマーンは、既に絶命しているハルバートの頭を何度も何度も繰り返し殴り、頭はぐちゃぐちゃに変形した。
あまりの凄惨さに吐き気を催した猿神も少なくなく、具合が悪くなって運び込まれた者が後を立たなかったと言う。
魔軍の最初の犠牲者は、ハルバートだった。
武骨者だったが曲がった事が嫌いで、寡黙だが熱い男だった。
一方、フィーロは間合いを取りながら、魔法を連発していた。
同じ魔法使い系列でも人間の瑞稀とは違い、魔力の総量は底が見えない。
ターラーは何とかして間合いに入ろうと、わざと隙を作って見せたり、揺ら揺らと左右に動いてフェイントを入れながら、瞬歩で間合いを詰めようとした。
しかし、常に間合いを取り続けるフィーロには、斬撃破しか届かない。
フィーロはカウンターで雷系極大呪文を放った。
ターラーは即死しなかったものの感電し、上半身をぐらつかせて倒れる身体を剣で支えた。
近づいたフィーロに対して、ターラーはニヤリと笑った。
「ようやく隙を見せたね。そこは私の間合いだよ」
飛び退くフィーロよりも速く懐に飛び込んで胸を刺し貫いた。
残る3本の手に握られた剣も、次々とフィーロの身体を刺した。
「ぐぅっ」
「ふふふ、何でって顔してるね?この胸のペンダント、飾りだと思ったかい?これは魔法封じのアイテムさ」
『砂漠鎖縛』
砂が鎖となってターラーをキツく縛り上げた。
「なっ?私に魔法は効かないはず…」
「魔法はな…。だが、お前を縛ってるのは砂だよ」
ターラーは脱出しようと踠くほど、身体に砂で出来た鎖が食い込んでいく。
フィーロがターラーの胸のペンダントを引き千切ると同時に、力づくで砂漠鎖縛を破って剣を引き抜くと、そのまま胸を貫いた。
「肺を貫いた。もう呪文は唱えられまい」
(いや、まだだ。あと1回…)
『地獄呪黒炎爆…』
最期の力を振り絞り、呼吸1回分の呪文を吐き出して絶命した。
ターラーを黒い炎が、纏わりつく様にして包み込んでいく。
「ぎゃあぁぁぁ」
配下に助けを求めたが、誰も近寄れない。
この黒い炎の呪文は、呪いの文字がある様に、敵が燃え尽きるまで決して消えることは無い。
ターラーは生きながら全身をじっくりと焼き尽くされ、地獄の苦しみを味わいながら、生き絶えた。
「キミも中々しぶといねぇ」
ヴィシュヌの余裕を見せる攻撃を躱わす事が出来ず、一方的にダメージを受けていたが、瞬時に傷が治っていく。
これは回復呪文ではなくて、時間魔法で傷を受ける前の時間に戻しているのだ。
アーシャの時空間魔法は、ほぼ無敵と思えた。
「キミの魔力は既に尽きているだろう?ボクの『魔力吸収』によって。身に付けているアイテムの魔力も、そろそろ尽きる頃だね?はははは、暇つぶしにはなったかな?で、キミも巧妙に隠してるけど、実は女だろう?それも極上だ。隠さなくても良いよ。ボク、雌の匂いを嗅ぎ分けるのは得意なんだ。キミもボクの玩具に加えてあげるよ。あははは」
「同じ女だからこそ分かる。陛下の苦しみを。痛みを。悲しみを。絶望を。恐らく陛下のチート能力を奪ったのだろう?だが、1度手にした能力だ。そう簡単に失う事は無い。使い方を忘れても身体が覚えている。陛下をただの人間だと思っているのだろうけど、あの方は、誰よりも強い。お前は思い知るだろう。目覚めた陛下の恐ろしさを」
「馬鹿だね、1-1=0だろう?もう能力はないんだ。話はそろそろ終わりにして、キミもキミの陛下と一緒に可愛いがってあげるよ。あぁ、ゾクゾクするね。強がるキミが徐々に悦び、喘ぐ姿を想像すると」
「変態でサイコ野郎って最悪だな…」
陛下は、どれほど酷い目に合わされた事だろうか?考えると、お労しくて涙が出て来る。
空間魔法で転移を繰り返して間合いに入り、空間の歪みに挟んでヴィシュヌの肉を削るが、すぐに元通りになる。
転送魔法で亜空間にでも飛ばして見たが、すぐに戻って来た。
これほどまでに自分の力が、敵わなかった相手はいない。
「どうしたの?もう終わりかな?」
両手を広げて攻撃してごらん、と言わんばかりの態度に腑が煮かえ繰り返る。
「本気を出してやる。これが効かなければ、私をお前の好きにするが良い」
首飾りを引きちぎって床に投げ捨て、ヴィシュヌの背後に回ってしがみ付いた。
「おいおい、焦んないでよ。ちゃんと可愛いがってあげるから」
『虚無遡時間』
アーシャの身体が塵になって崩れる様に消えていく。
「お前も道連れだ」
「うおぉぉぉ」
先程までの余裕が消えた。
「この、ボクが消える…?」
広い城の中を走り、ビゼルは瑞稀が囚われている部屋を探していた。
呻き声の様なものを耳にして、声を掛けた。
「陛下ー!」
「嫌、来ないで!」
瑞稀の声が聞こえた部屋を蹴破って入ると、全裸で両足を広げて台座に括り付けられている瑞稀がいた。
「嫌だ。見ないで!」
瑞稀は嗚咽しながら、泣きじゃくっていた。
広げられた両足の中心部から白濁色の液が床に垂れて、水溜りの様になっている事に気付いて目を逸らした。
どれほど長い時間、犯され続けた事だろう。
ビゼルは、着ていたマントを脱いで瑞稀にかけた。
「陛下、もう大丈夫です。遅くなって申し訳ありません」
瑞稀を抱きしめて優しく声を掛けた。
「遅い、遅いよ。うあぁぁぁん!」
ビゼルにしがみ付く様にして号泣した。
魔法で瑞稀の身体を綺麗にすると背後から声がした。
「ボクの玩具に勝手に触るな。ボクは他人の妻を抱くのは大好きだけど、ボクの玩具に手を出されるのが大っ嫌いなのさ。お前殺すよ?って、殺しちゃうんだけどね?あははは」
そう言って瑞稀の前に、ネックレスを投げて寄越した。
「それが何か分かるかい?時間魔法を使ってた彼女のだよ。キミと一緒に可愛いがってやろうとしたら、消滅魔法なんて使っちゃって、塵も残らず消えちゃったよ」
瑞稀は、アーシャのネックレスを握りしめて号泣した。
「お前の様な下衆は魔界でも稀だよ」
ビゼルは歯軋りしながら身構えた。
「あははは。何言ってんの?ボクは神。偉大なる三神の1人、至高の神だ。ボクのする事は全て正しく、ボクの意に反する者は等しく悪だ。お前は、魔界に堕とされた罪人の身だ。お前如きが、このボクに口を聞くのも穢らわしい」
ビゼルは目にも止まらぬ速さの突きを連続で繰り出すが、ヴィシュヌは軽々と受けては捌き、捌いては斬り付け、打ち合うごとにビゼルは押され、切り刻まれていく。
「あははは。嬲り殺しにしてあげるよ。瑞稀、よく見ておくんだよ?キミを助けに来て、皆んな死んじゃうんだ。こいつが死ぬのもキミのせいなんだよ?だから、もうボクに逆らわないでね。生き残ってる皆んなも殺しちゃうよ?」
「そうやって脅し、暴力と恐怖で支配して思考を止め、洗脳したんだな?俺の陛下をよくも…よくもこんな目に合わせてくれたな!」
「うははは。キミもしかして、ボクの玩具の事が好きだったの?ボクの使い古しで良かったら、1回くらいなら姦らしてあげようか?」
「貴様っ」
逆上したビゼルには見えていなかった。
ビゼルの目の前にいるヴィシュヌは幻影で、背後に回った化身・クリシュナが本体だった事を。
背後から胸を刺し貫かれたビゼルは、振り向き様に槍を繰り出すが、クリシュナは右の剣で受け、左の剣でビゼルの首を落とした。
アーシャのネックレスを握りしめて泣いている瑞稀の前に、ビゼルの首が音もなく転がった。
その首を胸に抱きしめ、声もなく泣いた。
「あははは、これで分かったろう?キミを助けに来た。キミの為に死んだ。キミのせいで皆んな死んだんだよ?あははは」
プツンっ。
その言葉を聞くと、瑞稀の中で突然何かが切れた。
瑞稀は、凍り付いた笑みを浮かべてヴィシュヌを見た。
「何だ?その顔は、またお仕置きが必要だね?」
猛烈な悪寒を感じて、ヴィシュヌは思わず飛び退いた。
「何?」
鳥肌が立っている事に気づいて、瑞稀を見た。
(まさかボクが恐怖を感じているのか?たかが土塊人形なんかに?)
瑞稀は、明らかに今までとは異なり、異様な雰囲気が漂っていた。
ビゼルの首の無い遺体が腰に差していた剣を抜いて構えた。
「このボクと殺り合うつもりなの?また痛い目に合いたいみたいだね?」
瑞稀は一言も発さずに、ヴィシュヌとの間合いを詰めて袈裟斬りにし、返す刃で左腕を斬り落とした。
「何だと?うぐぁぁぁっ」
すぐに回復呪文を唱えて傷を修復する。
「信じられない。このボクが見えないなんて。それにキミの能力はボクが奪った。何故だ?」
この瑞稀の突然の変貌は「解離性同一症」、かつては「多重人格症」と呼ばれていたものである。
小児期に性的虐待や身体的虐待を受け、特に身内からなど、逃げる事が困難な状況が永続的に続くと、知覚、記憶、感情を隔離して虐待を回避しようとする。
この結果、別人格が形成されるのである。
瑞稀は、男性だった自分が亡くなり、女性として生まれ変わった。
つまり、まだ幼児の様なものであり、ロード達が瑞稀は純粋で悪意を全く感じられない、と言っていたのはこの為である。
瑞稀が自らの性的虐待から逃れる為に、別人格を作って現実逃避するのも無理ない事だった。
瑞稀が作り出した別人格は、彼女が思う「悪魔像」だった。
そして、この別人格は恐るべきスキルを有して誕生した。
『模倣』
人は誰もが、模倣している。
数学や国語など、偉大なる先人達が苦労の末に生み出したものを模倣して学んでいる。
そう、勉強とは模倣なのだ。
瑞稀の『模倣』は、1度でも見たスキルや魔法を100%の精度で再現出来、尚且つその模倣した能力は永続的に使用可能だと言う事だ。
それは、どんなに強い相手でも模倣すれば、同じ能力が使える様になり、同等の強さを簡単に手にする事が出来ると言う事だ。
ヴィシュヌを圧倒した剣技は、何度も見たロードの剣技だ。
つまり、ロードの亡き父であった剣帝の剣技を100%の精度で使えると言う事なのだ。
ロードでさえ、剣帝の剣技の域には達してはいない。
そして、人間には魔力が無い。
能力を奪われた今、瑞稀はただの人間に成り下がり、魔力など無いはずだった。
人間が魔力を得る方法は、悪魔や神など魔力を持つ者を食べて摂取する事だけだ。
皮肉にも、毎日の様にヴィシュヌに口淫させられ、精液を飲まされた事によって魔力が宿ったのだ。
瑞稀が剣を翻すと、腕4本を斬り落としていた。
「馬鹿な、そんな馬鹿なっ。ボクは三神だぞ?」
「それが何か?」
冷ややかに言うと、再生しているヴィシュヌの腕を細切れにしていく。
「あぁぁぁぁ、ぐうぉぉぉ…」
両足を斬られてヴィシュヌは床に転がり、その上に馬乗りになり、胸を切り裂いて心臓を取り出した。
「これでもう再生は出来ないわね?」
ヴィシュヌの目の前で取り出した心臓を食べた。
「あぁ…キ、キミ…は…」
何か言おうとして、塵となって消えていった。
瑞稀は、ビゼルを蘇生した。
「うっ、生きてる?首が…陛下?まさか力を取り戻されたので?だが、アーシャは塵になって消えた。もう蘇生は無理だ」
「いえ、大丈夫よ」
そう言って手に握ったネックレスを見せた。
よく見ると、アーシャの髪の毛が1本巻き付いていた。
「例え塵の一欠片でも残っていれば、蘇生は出来る」
『死者蘇生』
瑞稀が蘇生呪文を唱えると、髪の毛は青白く光輝き、それはアーシャを型どった。
3人で城の外に出てビゼルが来た道を行くと、フィーロとターラーの遺体を発見した。
すぐにフィーロも蘇生した。
『黄泉還反魂』
ターラーを生き返らせて配下に加えた。
『死者蘇生』と『黄泉還反魂』の違いは、前者は光魔法の完全蘇生だが、後者は蘇生した術者に対して絶対服従となって甦る闇魔法だ。
そのまま先を進むと、ヴィシュヌの城に引き返して来た猿神達に出会した。
彼等は、生首を槍の穂先に刺して上機嫌で凱旋していた。
その生首の顔は潰れ、頭はぐちゃぐちゃに砕けているが、遠目から見てもそれがハルバートである事が分かった。
光魔法の光速移動呪文を唱え、一瞬にしてハルバートの生首を持つ片腕の猿神の首を刎ねた。
そのまま猿神達の王と思われる者の前に現れ、その猿王の首も刎ね飛ばした。
猿神達が大騒ぎして向かって来たが、身体に掠らせもせず、1振り2振りとまるで舞を踊る様に斬り伏せて行く。
ビゼル達、3人の大魔王は瑞稀の華麗な剣捌きに見惚れていた。
「美しい…」
アーシャは思わず声が溢れていた。
フィーロも同意して頷いた。
猿神達を皆殺しにすると、ハルバートの頭を抱きしめて蘇生させた。
「陛下。この恩は必ず…」
「私の方こそ、私の為に命を賭けてくれて、ありがとう」
ハルバートの手を取ると、感激して涙を流された。
猿神達も生き返らせて配下に加えた。
ロード達が心配だ。
急いでロードの後を追った。
いつも読んで頂きまして、ありがとうございます。




