不採用は誰の責任?
リクルーターとの電話を終えるなり、スマホを適当に投げつけた。
空いた両手で頭をかきむりしながら、くそっ、くそっ、そう繰り返す。
「なんなのよ、まじで信じられない。なんで不採用なの? しかも理由があり得ない」
最終面接を終えたその番に、リクルーターとして何度も会っていた男性から電話があり、不採用を告げられた。
「そんな……! 昼、面接を終えた後、様子を聞いた時は……」
「合格すると思っていた。応対に問題はなかったと、今でも思う」
「じゃあ! なんでっ」
あの場で一番私が輝いていたはずだ。中高一貫校は有名な進学校、さらにステップアップしようと大学は外部を受験し、合格。これまた偏差値が高く、面接での問答からも、誰より私が一番だと……っ。
電話の向こうで、うんざりと言うようなため息が聞こえてきた。
……まずい。リクルーターを敵に回すのは得策じゃない。このリクルーターはプロだ。不採用なら、これからも関係が続く。印象を悪くさせるのは、得策ではない。
「す、すみません。合格間違いないと言われていたので、まさか駄目になると思わず、興奮して……」
「いや、こちらのリサーチ不足も悪かった。もっともそのおかげで、こちらにとって、今後の方針も決まったが」
「今後の方針?」
「今日受けた会社、採用担当者が今年度から交代したとは、以前話したことがあるだろう?」
「はい、覚えています」
それでも社の方針は大きく変わっていないので、特に去年までと変わらない採用基準になるだろうと言ったのは、この電話の相手だ。
「端的に言おう。君が不採用となった基準は、出身校にある。それも高校」
「え?」
なにを言われているのか、理解できなかった。
卒業した、あの中高一貫校が不採用となった理由? そんな馬鹿な! 県内で有名な進学校! あそこの卒業生と言えば、頭が良いのねと、称賛と敵わない相手への恐れを宿した目を向けられるというのに!
プラスになることはあっても、マイナスになるなんて有り得ない!
それとも私が知らないだけで、在学生がなにか事件を起こしたの?
「たまたま採用担当者の自宅が、君の通っていた学校の近所にあるそうだ。あの近辺に暮らす人たちにとって、あの学校が別の意味で有名とは、僕たちも知らなかった。進学校で、優秀な人間が集まるイメージが強かったからね」
そうだろう、それが当然だ。けれど、今、なんて言った? 別の意味で有名? どういう意味?
「あの学校の近くには、駅やバス停があるだろう? バス停では近所の人たちは、並んで順番にバスに乗りこむそうだ。駅では貼り紙の注意通り、左側通行を心掛けている。だけどあの学校の生徒は、割りこんでバスに乗るのが当たり前。二人用の席を一人で使い、老人や怪我をした人が乗ってきても、無視。駅では皆と違い右側を通り、しかも通路を幾つものグループが横一列になるよう歩き、後ろの人や反対方向の人が迷惑を受けている。だから、あの辺りではこう言われているそうだ。勉強だけが出来て、非常識な奴らの通う学校だと」
「な……っ」
仮にそうだとしても、私がそうとは限らないのに、一方的に一括りで考えるなんて、それこそ非常識じゃない!
私は、私は……。
わなわなと震えながら、学生時代を思い出そうとする。
駅を利用していたが、どうだっただろう。友人たちと話ながら帰っていた記憶はあるが、それくらいしか覚えていない。そもそも貼り紙の覚えがない。そうだ、きっと貼り紙が貼られたのは、私が卒業した後に違いない。
後輩たちによって足を引っ張られるなんて……!
「ちなみに貼り紙は、駅が造られた当時からあるそうだ。駅は学校が建設された後に造られ、当初は近所の人も学校へ苦情を入れていたそうだが、無視をされ続けたらしい。いや、注意されても生徒が無視をしていたのかもしれない。今となってはどちらでも良いが、とにかく言っても無駄となった決定打があったそうだ。自治会の方が面と生徒へ注意した後、公衆で注意されたことに腹をたてた学生数名が、昔風で言う、お礼参りをしたそうでね。以来、学校にも苦情を入れる人はいなくなったそうだ」
お礼参り? そんな昔の先輩の話を持ち出されて、どうしろと?
その採用担当者が、被害に合った自治会の親戚かなんかなの? どちらにしても、私自身の責任ではない。それなのに不採用なんて、納得できない。他人の行いで、どうして私がこんな理不尽な目に……。
「酷い学生になると、喫煙、飲酒も平気で公園でする始末。だけど皆、見ぬ振りをしているそうだ」
瞬間、覚えがあり、ぎくりとなった。
高校生のある夏、花火だと皆で公園に集合した時、誰かがお酒を持ってきていて、夏休みだとはしゃいでいた私は、缶を傾けたことがある。
まさかそれを見られ、覚えられていたとか? でも夜の公園で、いくら花火の明かりがあるとはいえ、何年も前の顔を覚えていられる? そうよ、あの時の飲酒が理由ではないはず。
仮にそれが理由だとしても、お酒を持ってきた奴が悪い。学生時代、ハブられないようにするには、皆に合わせるしかないじゃない。皆が飲むのに一人だけ真面目ぶって、飲まないと言えることなんて、できる訳がない。
「だから君は周りに比べ、マイナスを持っての最終面接だったそうだ」
「……は?」
あの場で誰より一番だったと思っていたのは、勘違い? むしろマイナス要素を持って、最終面接に挑んだの?
「ただ君の場合、大学が系列の学校ではなく、外部を受験したことが評価されて最終面接まで残れた。だが水面下で、君もあの学校の一員と呼べるか調べられていた。どう調べたかは言えないが、結果、流石あの学校に通っていた生徒だけはあると判断された」
「ま、待って下さい! つまり私は、そういう非常識な人たちと同じだと、誤解されたということですか?」
「誤解? 本当に? 君はバスがどれだけ混んでいても、二人用の席を一人で使う。バスの中でも平気にスマホで通話する。その場面を大勢に見られているそうじゃないか」
一人用の席が空いていたら、そちらを利用する。けれど、見知らぬ人と隣で座るなんて気持ち悪くて無理。なんで私が我慢しなきゃならないの? そんなのは、平気な人同士でやれば良いじゃない。
スマホでの会話は……。だって、電話がかかってきたのなら、緊急かなと思うし。通話するかしないかの違いで、皆、スマホを触っているし。スマホには通話機能があるのよ? それを使って、なにが悪いの?
会話がアウトなら、知り合い同士が並んで座り、会話していることも問題じゃない。相手がスマホの向こうにいるか、隣にいるかの違いだけのくせに。
「とにかく君を社員にしては、会社への悪評が広まる可能性が発生すると判断されたようだ。うちの会社も調べた所、不採用が続く者の多くが、君と同じ学校の卒業生である。特に系列の大学へ進んだ者ほど、就職活動に失敗している。つまり通っていた高校で、採用を判断している会社が増えている可能性が高い」
それを知れたことは、うちの会社にとってプラスだったと言われ、通話は終わった。
信じられない!
高校で判断している? なら採用についての募集欄に、どうして最終学歴が大学、短大卒以上と書いているのよ! 高校で判断しているのなら、大学なんて関係ないじゃない!
こっちは小学校の時から、嫌でも勉強ばかりで……。馬鹿な奴らが遊んでいる間に勉強して、やっと頭の良い人たちが通う学校へ入学できて、受験から解放されて……。
同じ系列の学校へ進むより、わざわざ他の学校を受験して合格し、一カ所に留まるより、広く世間を知ろうとしていたと、そうアピールするつもりが……!
全部無意味だなんて!
なんなのよ。なんで、最終学歴を大学や短大に絞るのよ。高校で判断するなら、最終学歴なんて意味ないじゃない!
「学歴なんて結局、入社するまでのステイタスなのよね。入社したら、OBと盛り上がるくらいしかないし。そりゃあ会社によって派閥とかあるけれど、そこまで出身大学に拘ってないのよね。重要なのは、出身校とか学歴じゃないのよ」
従姉妹の言葉を思い出す。
偏差値の低い同期が誰より早く出世して、不満だと語っていた。
あの時は、そもそも負けた従姉妹が悪いと思った。あぐらをかいていたから、負けたのだろうと思った。
でも本当に?
思えばバイト先の正社員さんたち、どこの大学出身か知らない。たまに自分も同じ学校へ通っていたと言われることがあるけれど、それくらいなもの。あの大学出身者だから、仕事を任せると言った場面、見たことがない。
君なら任せられると言うのは、出身校という看板じゃない。個人として評価されていない?
じゃあ、なんで……。
どうして最終学歴が高学歴じゃないと、不利になるの?
不利にならないよう、中学受験から頑張ってきたのに、高校のせいで意味がなくなった私は、なんなの? 最終学歴がクリアしている、それだけじゃない。
今後について話し合うため、依頼しているリクルーターとの待ち合わせ場所へ向かうため、バスと駅を利用する。
バスが到着したので乗ろうとしたら、割りこむなと年配の男性に言われた。
いつも通学等で使うバス停。そんな注意をされたのは初めてで驚いた。
でも男性の後ろには、数人が列を作るよう並んでいた。
「……すみません」
結局最後に乗車すれば、せっかく空いていた一人用の席は埋まっていた。最初に乗れれば、一人用の席に座れたのに。あそこで注意されなければ……。
一人用の席に座った男性を、睨む。
仕方なく二人掛けの席へ座り、荷物を空いている方へ置く。それからいつものように、誰も隣に来ないよう、気持ち体を真ん中辺りに動かす。
ぼんやりと窓の外を眺めながら、昨晩の電話からどうやって挽回するかを考えるが、ちっとも良い案が浮かばない。
バスを降り、駅の構内を歩いていると、考えごとをしているせいだろうか。やたら人とぶつかる。
前を見て歩いていれば、私が向かって来ていると分かるのに、なんで避けないかな。
ぶつかった辺りの腕を、ぱんぱんと叩き、ふと視線を動かした時だった。
貼り紙にある、左側通行の協力をお願いという文字が飛びこんできた。
私の横を、私と同じ方向に向かう人たちが誰にもぶつかることなく、歩いている。そのことに気がつき、一人逆走するよう歩いていた私は、足が止まった。
……こんなの、知らない。だって、学校では教えてくれなかった。勉強してテストで良い点を取って、それで良かった。高い点数ほど誉められた。こんなの……。だって、私が卒業した高校は、偏差値が高くて……。
急に立ち止まった私を邪魔そうに見る人たち。だけど人が途切れなければ、皆が歩いている側へ行くことができない。
「……あー、遅刻しちゃうかもなあ……」
考えごとをしていたせいで、家を出たのがぎりぎりになった。
それがこんな所で立ち止まっては、ますます遅刻の可能性が高まる。
昨晩の今日で遅刻は、心証が悪くなる。
だけどなあ……。プロと言って金を受け取っていながら、結局私の就職活動、失敗させているし。金を払う価値、本当にある? 内部リサーチ不足の無能さを、世間知らずな若者である私の責任にしていない?
……本当、就職活動って、なんだろ……。
不採用なのは、私の責任?