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ZEROミッシングリンクⅥ【6】ZERO MISSING LINK 6  作者: タイニ
第五十二章 愛はどこに?

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93 おじさんはプールも作る



「タウさんを現場に戻してください。」


子供を背負ったままのサラサがそれを断る。

「タウは謹慎後しばらくはベガスの新地域に入ってもらうし、35地区には戻さないつもりです。アンタレンスの団体が入っているし、ベガスの外部団体に関して私たちもあれこれ言えません。」



あの後、タウが担当していた第35地区にはアーツではなく別の団体が調整に入った。


35地区は新移民ベガスを受け入れていない住民が多いので、VEGAの南海青年たちはパス。別のリーダーは忙しい。そのためアンタレス市にお願いしたのだが、今度はタウがいた頃より不便だと騒ぎ出したのだ。


それでもアーツは護衛役など補助で第35地区を手伝っているので、現場に赴くメンバーたちが標的になる。


けれど、かつて大手企業で営業トップクラスの成績だったタウでさえ持て余していた現場。

若い第4弾は手詰まりしていた。これまで生きて来て、社会性がある優秀な先生や選抜された学友たちに囲まれ、無粋な相手にへりくだったことのない新規メンバーは疲弊していたのだ。


「でも、向こうもタウさんを戻してくださいと言っているんです。」

「…それはこの前の団体さんが?それとも周囲の人たち?」

「………みんなそれぞれ言ってきます…。あのおじさんも……それからその周辺の主婦たちも何かの折にこっそり、タウさんは…?という感じで…。」

「…はあ……」



アンタレスが派遣した組織は住民の細かい話を聞くような雰囲気でなく、決められた事務仕事以外はしない。業務内の仕事さえ済ませばサッサと帰りたい人員を敢えて任命。彼らは問題を訴えても集団にさせず、完全に個々にさせてから対応。ある意味有能で合理的であり余分な仕事を作らせなかった。


タウを口攻撃したおじさんたちもやりにくいのか、理由を作って人を変えろと言ってくる。



そして、今まで問題があまりなかった婦人や控えめなおじさんたちもさみしいと言い出したのだ。


そういう人のために、談話ができる集会所を増やしても以前のように機能しない。集会所もベガス以外の市民組織や行政が入ったが、場所と運営費だけ提供。そのため、住民の中の気が強い人たちがストッパーなく仕切り始める。すると、比較的普通の人、大人しい人もその人たちに仕切られてまた問題が起きる。


集会所は高齢の方の談話の場だけでなく、内職など仕事ができる時間や場があり、子供や若者向けの凝った小物やアクセサリーなど作っていたのだ。技術職の者が指導統括をしていたのにそこも機能しなくなってしまった。

この前の謝罪の場に加わらなかった住民や、加わってはいたがあの謝罪会見の後、居心地が悪くてその輪から外れたい者もいるのに、気持ちを訴えやすいアーツがいなくなってしまい萎縮して過ごしていた。



ほとんどの人が気が付いていなかったが、大房民はある意味強い。


中低所得層大房には物凄い武器があるのだ。




それは、他人と同居、シェア経験があるということだ。


大房は助成や福祉も万全でなく、金がないので寄り集まって暮らしていた若者が多い。アーツの中では最高2LDKに8人シェアという強者たちもいた。不法滞在でなく連れ込み部屋にさえしなければ、大家も人数分家賃を増せば許してくれるところも多いのだ。変な空間になるので、男女共同シェアや男子だけ大勢も嫌がられるが。


第1弾では半数ほどが、倦怠期を1回は過ぎるほどのシェア経験がある。つまり、人の無作法にも慣れていた。


なので、楽しみにしておいた夜のプリンが食べられたとかはよくあること。プリンに名前を書いておいても人の物を食べる強者もいる。勝手に服を借りられたとかもよくある。歯ブラシを間違えてぶっ叩かれることもたまにある。


そういうことでケンカをし合うのにも慣れている。

少々言葉が下品であるし、度を超してはダメだが、人と言い合う、ケンカするということに慣れているのだ。


もちろん大房民も理性がないわけではないので話し合いもする。お前も掃除しろ、ゴミ捨てしろ、食べられたくないプリンは冷蔵庫のここに入れろ、などなどである。よく言えば、他人と空間や物、時間をシェアすることにも抵抗が低い。そしてなんだかんだ言って、大房のオバちゃんの血や文化を引き継いでいるからか、人好きで世話好きだ。自分が嫌だと思うことも、妥協していることが多い。


時々、おいしい物で釣って交渉もする。焼き肉連れて行ってやるから部屋の整理は任せる!など、お腹が空いていたら引き受けてしまう者も多い。なにせ食べ盛り。



しかし、アンタレス裕福層にはまずその全てがありえないことで、個人主義が強く、迷惑を掛け合わない意識も強く、学生寮すらプライベート重視型が多い。



河漢での仕事をするには精神面も肉体面もあまりに繊細で潔癖過ぎたのだ。


移民が最初に集まるベガス入口の南海でもビビっていたくらいだ。大房民もビビってはいたが。

何せ移民がかつていた地域によっては、理髪店や美容院が店頭にタオルなど干して置いておく。食べ物である干し物を車も行きかう路上でする。アパートの踊り場にも洗濯物を干す。お年寄りは注意しても聞かない。


河漢以外のアンタレス市民にはほぼアウトなことが多すぎる。

元々、途上地域開発に関わっていたり、あらゆるところに滞在した経験がなければカルチャーショック過ぎる。まずそれが、平均かそれ以上の層の東アジア市民の最初の越えられない壁であった。





タウも、自分はリーダーでは入らないから現場に戻してほしいとゼオナスやサルガス、サラサたちに相談していた。あの地区は1年以上担当してきた場所。タウにも情がある。


だが、却下。

タウ自身にも落ち着いて学び直す必要があるし、文句を言い続けたアーツ内部メンバーも自分たちで少し現実を知った方がいいとそのままにすることにした。


いずれにしても、移住対象地、仮設住宅や新規移住地は予定の20万人より多い人間が動くことになってしまった。やはり戸籍がない、住民登録にない者が想像以上に多かったからだ。ただの移住でなく、コミュニティーそのものを変えていくことが仕事である。



そのためには、誰も彼もが、自分も変わらなけれなならない。


河漢は隣り合っていながら自分の生きてきた場所とは違う常識の場所。世界の権力者や知者が集まるアンタレスですら手を付けられなかった地域なのだから。



規模にしても能力にしても、まだまだ人員が必要だ。





***




そして、キファや第4弾石籠(いづら)たちの入っていた、第16仮設集合住宅。

16地区からキファが異動させられたのだが、こちらも大変なことになっていた。


元々大変だったのに、今度はキファのお友達だと思われていた石籠たちが住民に狙い撃ちされたのだ。


石籠(いづら)たちは思う。

なぜキファとは仕事上話していただけで、しかもあんなに争っていたのに友達だと思うのか。


大房民のように物事を適当にできない新規メンバーたちのストレスはハンパなかった。河漢ではまともに話していては埒が明かないという、キファのこれまでのやり方を見ても、まだそこに学べない。学べないというよりは変えられない。自分を。


石籠たちはここに来てまだ1か月と少し。それくらいの期間で、良くも悪くもこれまでの自分たちの先進的で常識的な生き方を放棄することはできなかったし、する価値も感じなかった。

彼らは明環第一高校など、アンタレスの有名進学校卒。大学もアジアの誰もが名前を知るそこそこの所に行っている。


けれど、それゆえに頭と経験と感情が追い付かない。


自分たちが手にしているものも、数百年前の先人たちが当時の常識を超えて這いつくばって手にしたものだと知らないのだ。




彼らは倉鍵や天暈のような整備され最新の街の中、待遇のいい企業の美しいオフィスでホワイトな仕事ができる、もしくはしてきた将来が確定された者たちも多かった。


なのに、何度言ってもゴミの分別もできなかったり、便器も便座も床も壁も同じブラシで洗う人たちに指導し、言っても聞かないので自分たちで消毒を繰り返す。無料の食事支給を大量に持ち帰り、家で腐らせる人たちを何度も説得したりと、よく分からない仕事までしている。食事はまた支給されるし、冷蔵庫に入れなければ腐ると言っても夏場に持ち帰って放置するのだ。大バエもコバエもすごい。


本来こんなことは仕事ではないのだが、計画通りに人が動いてくれないのでもうどうしようもない。変な所帯に女性や若い職員を連れて行けないので、なぜか主にアーツ男子が動いていたのだ。


せっかく習っているのに使うと思っていた格闘術も、使ってはいけないどころか使ったら犯罪である。全てが不条理過ぎる。思ったより戦えない。というか、戦ってはいけない。こいつらを蹴散らせたい。



そして初めて知ること。


人の下で働く事と、自分に部下がいたり責任のある立場につく事は、全く事情が違うということだ。


人の作った仕事に口を出す事と、一から築いていくことも全然違うということを。


20代前半の若い石籠たちは、他の場所にも派遣される。おかげで疲れ切って講義や訓練中に居眠り。教官たちに叱られて理不尽なことこの上なかった。





それなのにキファは、彼らを煽る。


ある夜の講義の後であった。


「え?婚活おじさん、本当にプール作ったの?レンタルめっちゃ高いんじゃないの?」

そう、婚活おじさんことロディア父は、この夏休み期間本当にVEGAでプール開きをしてしまった。そのことを、妄想チームや第3弾までのメンバーたちがたまたま話していたのだ。


「レンタルだと高くつくから大小いろんなプール8つとスライダー5つ買って、運営は業者に任せてすごいことになっている。こっちにも運営やライフセーバーの募集来てたけど?」


おじさんは、新地域の広場に園児用と小学生までが遊べる組み立てプール広場をつくってしまった。

園児までは1日100円、小学生200円。付き添いはプールに入るなら200円。それ以外は今夏は対象外。ベガスの宣伝も兼ねているのでベガス地域外からも来てもいい。人が多い日は水泳は交代制。そのかわり入場したらプール以外にもボールプールや巨大トランポリンの他、様々な乗り物もあるし、隣接の設備で安価なカフェや軽食屋も利用できる。

おじさんは儲からなくてもいいのだ。その代わりちゃっかりフォーチュンズグループの宣伝は貼っている。


「マジか。」

ローがそんな楽しそうなことなぜ知らなかったのかと、自分にがっかりしていた。

「大房の奴もカフェのバイトしてるぞ。」

アーツ大房民には飲食店経験者が多い。

「しかも、バイトの女子と仲良くなったらしい。」

「何だそれは。ムカつくな。」

「おじさんの運営だから時給もかなりいい…。」

「うらやましすぎる…。」



楽しそうすぎる。



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