87 みんなお友達。多分
ファクトには見える。
青い光。青い狼。
東方の国が。女の国が。
理不尽な犠牲になってもそれが故郷のためだと耐え、病気になり、時に殺され、打ち捨てられ死んでいき……それでもまた手を合わせて、次の浄土を願って消えていった女性が星のように多かったからだ。
怨む者もいた。だから歪むものもある。それでも、それは怨んで当然な出来事だったから。
東方には神の手も届かなかった。
いや、届いた者は全て殺されたのだ。
だから愛もないはずなのに…
希望も見えないはずなのに………
けれど、なぜかそこにはそれでも祈る者が多かったから。
それがいつしか天啓に叶って、西に逃げ切った狼は今度は青い龍に乗ってここに来たのだ。
蛍惑はその経路だ。
蛍惑は男の国であり僧兵の國だが、旧時代に身を売られるため奴隷商に運ばれる厳しい道すがら、奴隷商の長を亡くし彷徨った女たちが産み落とした地でもあった。
足も千切れるほど寒かった北の国。
「もっと言おうか?」
響たちはもっと残酷な事実を知っている。
蛍惑も一時代にたくさんの犠牲者を出した。
「……響さん、やめよ?」
ファクトが響の肩を叩く。
「………もういい。」
「響さん?」
「いい。その動画も残せばいい……。」
「はい?」
リギルは停止中なので、ファクトが臨時対応する。
「その代わりチコを貶めるのはやめて!せめてきれいな画像で、淑女として紹介して!!」
「は?」
それは違うと思う野次馬の皆さん。
「あの、響さん?そもそもチコさんがニュースに映像を残さないから、ひどく書かれるんですよ?」
寮に来ていたシャムが部屋の外から覗き込んで説明してくれる。
「布で隠すから…。」
なにせ美女というウワサと恐ろしい豪傑という話が混ざり合って、チコのイメージは余計にこじれている。
昔ゴシップニュース社がスクープ写真をキャッチ。バッチリ写された移動中のチコ・ミルク・ディーパは、美しい影武者であった。あの時は必要上、東アジアにいるという状況にしたくて影を送ったのだが、髪だけ似せたので後で影と分かってしまう。その時の影がやたら美しかったので、『盛ってる』『控え目にしておけば後で恥をかかないのに』といろいろ言われたのだ。
当時はいつ族長夫人が変わってもいいように、ユラスがチコの存在を公にしなかったので、世間にも明確な議長夫人の印象はなかった。
「いや。美人というのも、豪傑って言うのも間違ってなくないか?」
誰かがド正論を言う。
「チコさん自身が気にしていなさそう…。」
「私が気にします!」
と、響が外野に怒る。
「あ、そうだ!ならおあいこにしよう!」
そして急にリギルに向き直る。
「?!」
「今ので傷付いたとか言わないでね。言ってもいいけど、自体内昇華して!」
「??…」
リギルが怯えている。
「リギル君も私に言われて傷ついたかもしれないけど、私も傷付いたの!」
「っ…。」
それには何も言い返せない。
「おあいこね!」
「……?」
「はい仲良し!」
そう言って両手を握るので、完全にフリーズしてしまった。男だったら触りたくもないので「うるせー」と弾くが、もう人生で触れることもないと思っていた女性の両手。心の行きようがない。しかも診療とは違う感触。
「動画は好きにすればいいけれど、チコや学生のことをこれ以上悪く書かないでね!」
そう言って響は一息ついて、栄養ドリンクを少しの水で割る。
「はい!飲んで!」
グイっと紙コップを押されるので、仕方なく口に付けた。紙コップまでカバンに入っているのである。
「…………」
「断食状態で急にいろいろ入れるとお腹下したりするから、少し様子を見てから出掛けよう。」
呆気に取られている周囲に、おなじみの声が響く。
「響せんせー?」
「………。」
響は思わず寒い顔をした。キファであった。
「リギル君、もし不快だったら私担当はずれるけど、一旦今日は一緒に病院に行こ?非番だけど。」
キファを無視して、響はカバンの中から、まだ飴やら何やらあれこれ出して「あとで食べて」と机に置く。そして、乗り上げていたベッドから立ち上がった。
無視されても気にしないキファ。
「先生何話してるの?話なら俺が聞くけど?」
「………。」
「先生、悩みがあれば話してね?」
「………」
キファがしつこく横から話を挟んでくるので遂に怒る。
「キファ君、仕事に行ったら?」
「今日土曜日だよ?少し遅れて行けばいいし。先生こそどうしたの?ここ男子寮だし。気違えた?家まで送ろうか?」
何か騒がしいので見に来た石籠がドン引いている。
いつも不愛想なキファが女性に愛想を振りまき凄く楽しそうだ。
しかも、水色頭でイカレていそうな男なのに、相手の女性はブカブカのワンピースにブカブカのチュニックを合わせて、髪を2つで縛っていて正直ダサい。女性には悪いが、あんな感じの女も趣味なのかと奔放さに嫌悪しかない。大房女性はストリート系や露出系が多いので、違和感ありありである。
キファと目が合うので石籠は言ってしまう。
「お前見境がないんだな。」
「はあ?このお方はお前ごときが見ていいお方じゃねーんだよ。俺のお姉様だよ!」
「え?そうなの?」
またしても驚く石籠。
「俺のベガスのおねー様だよ!」
実のお姉様ではない。でも妄想チーム公認で弟妹ポジションを手にしているのだ。
そこで叩かれるキファ。
「キファ君、やめなさい!私にも彼にも失礼でしょ?普段そんな風に仲間と話すの?」
「え?仲間?」
「……。仲間でしょ?ここにいるなら!」
「ええ?そうなの?!」
「仲間です!仕事仲間でしょ!!ひどいこと言って謝りなさい!」
響がそう言うと、「今度から頑張る」と石籠とは目を合わせずニコニコである。そしてファクトやリゲルと共に、放心しているリギルに出掛ける準備させ、靴を出したりかいがいしく手伝う。
リギル君は陽キャに囲まれ、されるがままであった。
ちなみにこの前チコの招集で、駐屯の中で交流会という話し合いをしたキファと石籠とリーダーたち。
実はあの日は散々であった。
ああ言えばこう言う石籠に、「は?好きにすれば?」と関わりたくないキファ。
椅子から立ち上がる勢いで牽制し合って、どうにもこうにもならない。
もうチコは二人を放置し、めんどくさそうにデバイスを見ている。
呆れるミューティアをはじめとする女性たち。
遂にケンカになって机に乗り出し、ユラス軍人が止めに入る大騒動であった。
集まった他のメンバーには申し訳ないからと、チコはまた別の時にリーダーたちに食事を奢った。




