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ZEROミッシングリンクⅥ【6】ZERO MISSING LINK 6  作者: タイニ
第五十章 四支誠

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82 あの日を思い出す



「太郎、外行こう。」

壇上に上がろうとする太郎をウヌクは止める。


けれど、そのまま太郎君はステージに向かった。



「……」

しかし、太郎君はやはり世の中慣れをしていなかった。


自分がSクラスの強化義体だった時の感覚のまま、60センチほどの高さの舞台の目の前まで行き、いきなり助走も付けずポケットに両手を入れたまま垂直にジャンプしたのだ。


「うお!」

そんなことができるのか!と、驚く周囲。


が、そんな事できるわけがない。今は普通人の上に反動すら利用しないのだ。


それでも無駄に運動感覚はいいので高めの1か所に足を引っかけるが、跳躍が足りず後ろに反り返り頭から床に倒れそうになる。

「あっ」

と、思う太郎と、ひっ!と息を飲んで助けようと瞬時に観客席を飛び越えるウヌクとファクト。入口付近にいる護衛も反応するが、さすがに手が届く距離ではない。


バッと先に出て頭を庇ったのは近かったファクトであった。

「?!」

仰向けにズサッとファクトに支えられる。

「よかった……てか、ポケットに手を入れたまま階段を上り下りしないように、って習わなかったのか?!」

怒るファクトと、ヒヤッとからホッとする皆さん。だがどう考えても注意したところで階段を上る風でもなかった。


「あ、そうか……。短い階段でも段を上らないといけないのか…」

変なことを言った後に、自分が注目を浴びていると太郎君は気が付く。


「降りる時は飛び降りればいいのに、上る時は不便だね。」

と、意味の分からないことをみんなに言うが、ファクトは驚いた。

「太郎君……?」


なにせ、これは太郎君が始めて周囲に気遣った発言であったのだ。多分。


ちょっと常識間違えちゃったね……くらいの、たわいもない交流。自分はただの市民だから気にしないでね、という……意味。おそらく。

60センチくらいの高さなら節々の硬くなった大人でなければ飛び降りても問題はないだろう。


「ねえ、ウヌク!太郎君成長しているよ!」

「お前、この状況で何を言っている。………行こう。とにかくここにいると目立つ。」

本当は世の中のことを教えたり、世間の見識を広げていくためにどうせなら関心のありそうな建物や舞台、美術を見せてあげようと思ったのだ。見える物の裏舞台を。


潜入のために建物構造を知ったり裏に入ったりしたことはあるらしいが、そうではない。


本来の形や機能を見せてあげたかったのだ。

時々ファクトやリゲルと地下貯水池や下水道の仕事にも同行させている。ただの表の世界だけでなく、仕事でもなければ一般市民が知らない場所にも入って一緒に作業をした。場所によってはそこもAI管理されているが、人の目もいる場だ。


それらはシェダルにとって、かつては任務を遂行するための進入路で、そして逃げるための命綱でもあった場所だった。




太郎は体勢を立て直すと何気なく言った。

「一度だけ舞台(そこ)に上ってみたい。」


「………。」

ファクトとウヌクは顔を見合わす。

「少しならな。」

「ポケットから手は出してね。」


「…………」

太郎は黙って数段の階段を上った。





中央ステージの上。


登り切って明るい壇上に立つと不思議な感じがする。


空気の層があるように、何かが変わった。

同じ空気なのに。



決してそこは隔てられていない。でも何かが違う。


そう。そこはお互いの投影であった。

観客と、演出者たちの。


向こう側はとても暗かったのに思った以上に観客席が良く見渡せる。



「どう?気持ちいいだろ?緊張する?」

演出家が聞いてくる。

「……」

太郎は答えずに席を見渡し、前方ステージも見る。それから天井も見て………床も見た。




「……………。」

そして下からボーと見ていたファイはその立ち姿に気が付く。


あれー………

何だろう。この既視感。



……


…あ……


チコさん…?!


そう、気が付いてしまった。

タラゼドの実家で、自分の隣にいたチコ。部屋の中なのに…凛とした顔。


―チコに似ているのだと―


背も、輪郭も…。

そしてそれだけじゃない。なんだろう。この不安感………


ふとファクトを見るが、ファクトはファイに気が付いていない。




演出家は楽しそうだ。

「そこにさ、私たちは物語を作るんだよ。」

「…………。」

「このステージは前の人たちのセットのままで高さがあるんだけど、僕らの時は中央はローステージにする予定なんだ。高さの無いステージ。面白いだろ。このシアターは世界がどんどん変えられるんだ。」

「………動かせるの?」

「可動式だからね。演目中も動かせるけれどそういう時は追加申請が必要。」

演出家は食いついてきたと楽しそうだ。リーオも仕方なしな顔で見ている。


「私は父親がバリーナだったからダンス畑が最初で、次に演劇に移って………、それからアジアの伝統芸能に触れてここに居ついたんだ。ダンスだけで構成されている舞台は専門じゃないけど、今回みたいなストーリーがありつつもダンスで語る………とかいうのは作ってて楽しくてね。

君は…何人(なにじん)?あ…、どこの出身?」


この時代はほとんどが混血である。

「…知らない。何人なんだろ?」

「………。」

聞かれても返答にも困るが、演出家は気にしない。


「なんていうかさ。先の演目みたいな西洋の古典社会主義的な重さもあるし…一見西洋人なんだけどアジア的な顔もしているよね。」

「おっ!?」

シェダルではなくファクトが鋭いと思ってしまう。想像力か、霊性持ちか。


「何だろう。太郎君は最初は西洋人かと思ったんだけど、(まと)っているものがアジア的なんだよね。文様というか…。」

「………。」

リーオがあんぐりする。太郎君が先、模様が好きだと言っていた。縦縞横縞水玉模様とかではないのか。



少し考えて太郎は答えた。

「麒麟が世界に描いたんだ。文様を………」


「?」

何だ?と聴き入り始める劇団関係者と、ギョッとするファクト。

そして、

「麒麟?!」

と反応してしまうファイとウヌク。ここでその名はいけない。



●タラゼド家に一泊したチコ

『ZEROミッシングリンクⅢ』97 布団の中の宇宙

https://ncode.syosetu.com/n4761hk/98

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