7 兄ができる
しかし、かき氷よりも今の危機に気が付く。
ゆったりとした向かい合うソファー席に夫婦同士でそれぞれ座ったので、必然的にファクトが司会席になる。
「やばい。俺、議長じゃん。」
と、どうでもいいことに気が付く。ビジネス的に会議の議長だ。
「父さん、席変わる?」
「いい。父さんは母さんの横でいい。」
相変わらずラブラブだが、横のミザルは冷めている。無敵の父にこそ司会席に座ってほしい。変にビジネスマナーを付けてしまったため、戸惑うファクト。
「じゃあ俺、そこ。3人席だから父さんたちの横でいいよ。本物の議長の前で、議長面できない……。」
すぐそこに国家クラスの議長がいる。逃げたい。
両親が3人用のソファーで座っているので、その端を指す。
「なんでそんな狭っ苦しい事をするんだ。聞いているだけでいいから、そこに座ってろ。ただの会食だろ。」
サダルがめんどくさそうに言って、ファクトをそのままにさせた。自分側にサダルがいるので、チコの側に座ればよかったと微後悔のファクトであった。
「コースにするか?アラカルトにするか?」
この店はコースと言っても、大皿で出る物が多い。
「チキンのおいしい店にしたから。ファクト、好きでしょ?」
「え?そうなの?」
と、メニューを持って乗り出し……
「あ、すみません。どうぞ。」
と、サダルに恭しくメニューを差し出す。
「………。」
呆れているサダル。
「ファクトの好きなものを頼めばいい。私に気を使わなくてもいい。」
というので両親にも聞く。
「母さん揚げ物あんまり食べないよね?このチキン3種セットのコースにサラダとかカルパッチョとかチョイスできるから、それにしよっか。」
しかし、母ミザルが注文する。
「ポテト食べたい。」
「……?ポテト?」
運動ができないことが多いため、なるべくヘルシーなものばかり食べていたのに「んん??」と、ファクトは母を眺めた。
「…あ……。」
そして、ファクトは気が付き驚いた。
「じゃあ、そっちを別で注文しよう。」
ファクトは骨なしチキン3種のコースと、チーズボール3種盛り、ポテト3種盛りを頼む。
「なんで何でも3種盛りを頼むんだ…。」
サダルがさらに呆れている。
「え?やめます!!」
「好きにしろ……。」
「チコは?」
サダルがチコに聞いても、チコは少し緊張気味で「何でも」としか言わない。
「大丈夫か?」
サダルが聞くも、「あなたがいるからじゃないでしょうか?ウチの母と」と、ファクトは思う。そんな空間でチコも落ち着く訳がない。
しかしチコの答えは違った。
「私、こんなところに完全なプライベートで来たのは初めてで……」
「……………。」
一同、固まってしまう。
「初めて………心星家と食事をするかも……。」
前にあった水を飲みながら照れた顔を隠した。
「…………。」
さらに黙ってしまう一同と、まだ退出していなかったグリフォに名を知らない護衛までもが沈黙する。少し場が固まった後、グリフォが手で顔を覆ってしまった。
そう、チコはこれまで一度もミザルと食事をしたことがなかった。
そして、サダルとも店に行って二人でプライベートな外食などしたことがない。外食の機会があってもホテルの部屋で済ませていた。
それどころか、アーツが来るまでチコは誰かと食事をすることはほとんどなかった。傭兵の時は味方からも半分隠れるように生活していたし、ユラス時代はチコに気がある男が多かったので、集団で食事をすることはあっても基本、生活自体が別にされていた。サダルと結婚してから、さらにサダルが捕虜になってからはもっと厳しかった。上官クラスがいない時は軍のカフェテリアもテイクアウトしかできなかったのだ。
その頃はポラリスもタニアでアンタレスにいなかったし、カストルやデネブ、カイファーくらいしかプライベートで食事をしたことがない。それも身内の家や施設内。
後は仕事だ。
7年近くアンタレスのベガスにいるのに、チコが最も世間知らずだったのだ。
「………」
後ろめたい顔のサダルと、何とも言えないポラリス。ポラリスとはラボで何度か食事をしているが、あの頃ファクトは呼べなかった。
「………はあ。」
ミザルもため息がちに言う。
「……申し訳なかったとは思う。せめて心星の名のある時に一度くらいは、するべきだった…。」
重苦しい顔をしている三人に反して、チコはうれしそうだ。
「まあいいじゃん。食べようよ。」
ファクトが雰囲気を変える。
最初にコースメニュー半分を出してもらい、それから護衛たちは部屋の外に付き、サダルが結界を張った。
暫くお互いの近況を話してから、話はシェダルのことになった。
「ある程度、我々では煮詰めていたのだが…」
ファクト以外は先に話し合っている。ポラリスが慎重に言葉にした。
「シェダルのことだが………心星家に受け入れようと思う。」
「…え…。」
ファクトは固まってしまう。チコだけは視線を落とした。
「……」
「後はファクトの意見だ。まだシェダルには話していない。答えはすぐに出なくてもいいが、早めにほしい。」
ファクトとしては、チコの方が気になる。血縁でもあんなことをされたのだ。
「……チコは?」
「私はそれでいい。それに自分の感情云々の前に、そうでないとシェダルが社会復帰できない。また所在不明でフラフラされても困るしな。」
社会復帰の前に、社会に出たことさえないのだが。
シェダルは名字も出身も分からず、国籍取得のために取り敢えず仮名は付けた。もちろん連合国認可の特例である。ユラスの血は入っているが、チコのように濃いバベッジの血もない。
サダルが静かに言う。
「我々の養子にはできない。ユラス兵も相手にしているからな。本人は相手にしてきた人間の固有名詞を知らなかったことだけが、社会復帰できる唯一の慰めだ。」
シェダルはこれまで戦ってきた相手の状況をあまり知らない。味方に加勢しろ、指示されたものをヒットしろ、と言われてその通りにしてきただけだ。状況によっては名前を聞いてもないし、相手に対する感情もなかった。味方にも半分隠される形で生きてきたので、あまり存在を知られていないし、本人も執着がないので、大して覚えていない。
でも、自分で姓を持って、個を確立できるほどの自立性も社会性もない。
心星家なら、チコの弟をそのまま受け入れる形にも、ニューロス研究の被験者救済という形にもしやすいのだ。
何かが起きても周りの保護圏もできている。連合国の有識者、為政者層が、元少年兵や戦争孤児を、名前だけでも養子に迎えることは珍しいことでもない。一緒に暮らさなくても里子制度のように成人まで生活や学業をフォローするのだ。
そうすればシェダルを、連合国や国際社会が未関与だった高性能強化ニューロスのパイロットを、保護下、監視下に置くこともできる。
「いつか他の国に送るにしても、しばらくここで社会性を身に付けた方がいい。」
「………いいよ。」
ファクトは少し、気が抜けたまま言う。
自分も壁に叩きつけられて骨を折ったが、そこに対する怒りはもうない。むしろ拍子抜けだった。
でも…、響への暴行の件は気になる。
「響さんの件は……」
と、言い出すと、みんな「はー」という感じで伏せてしまった。何かと問題なのだろう。
アンタレスはアジア最大の都市だ。小さな町でも会うことなどなかなかないのに、普通だったら偶然二人が会うこともないだろう。
……………でも、二人は心理層で会えてしまう。
心星の立場だけ与えて他の都市などに送ってもいい。でも、それにはシェダルは幼すぎる。そしてアンタレス以上にニューロスを管理できる都市はないし、東アジアのサイテックス部隊もニューロスに詳しいユラス軍もアンタレスに集結している。
アジアで次にニューロスメカニックに強い都市は西アジア南西のテレスコピィだ。すると今度は横がアジアライン。メンカルやギュグニーに近くなる。灯台下暗しというが、さすがにシェダルを置く気にはなれない。テレスコピィにもユラス軍がいるが、なんと言ってもベージン社の本拠地だ。危険すぎる。
そして、人間性、社会性のないシェダルが始めに受け入れてしまったのが、響以外でファクトやウヌクたちだった。
すると、チコが口を開いた。
「………響には話してある。」
「……?!」
驚く周り。
「響もそれが最善だと言っている。」
「……でも、暴行の件も…。えっと、好意の件も………。」
ポラリスは言いにくそうだったが、ここにいる面々はシェダルの好意まで知っていた。
チコが指揮官の顔になる。
「ギュグニーはシェダルがDPサイコスターということをおそらく知らないし、シェダルもまだコントロールできていない。安定性を持てるよう訓練した方がいいと。向こうのラボとの精神的繋がりを断ち切れるまで。」
「…………」
そう、DPサイコスの件もあるのだ。実はそちらの方が未開発である分、重要性も高い。人の心に直接関われるのだ。その力と技術を独裁政権寄りに渡すわけにはいかない。
DPサイコスもある意味、既に開いてしまった人類のパンドラの箱である。
「いいよ。とりあえずいろんな仕組みはよく分かんないけど、養子は受け入れようよ。俺の兄ちゃんね。
その後はよく分かんないけど。」
「………そうか…。」
ポラリスがホッとして、背もたれに体を預けた。
「ありがとう……。ファクト。」
チコもそっとお礼をした。
ファクトも、今は普通体でもシェダルのような優秀な兵、元強化ニューロスは監視下、保護下に置いておくのがいいと言う東アジアやユラスの戦略はよく分かる。
それにしても、チコはあんなにシェダルにコケにされたのに。
そのまま死んでしまうかもしれなかったのに。それを受け入れるのか?
噛まれたということまでファクトは知らないが、響のことだってある。
なんだかチコと響には敵わないと思うファクトであった。