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ZEROミッシングリンクⅥ【6】ZERO MISSING LINK 6  作者: タイニ
第五十章 四支誠

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76 分別か芸術か



「なんで勝手に混ぜたんだ!」


新区域『四支誠(よんしせい)』の文化センターの一室では、子供たちがケンカをしていた。


低学年くらいの子供二人。最初は言い合いだったが、いつの間にか押し合いになり、つかみ合いになっている。片方の子が一生懸命作った色に勝手に他の絵の具を混ぜたのだ。一人が相手の顔にその絵の具を擦り付ける。


「せんせーっ!」

関係ない横の女の子も泣き出している。

巻き添えを食らって絵の具をめちゃくちゃにされたり、絵に絵の具を掛けられた子も怒っていた。


そこに喧嘩っ早い男子が乱入し、先生不在、教室全体がケンカになっていた。


子供についてトイレに行って目を離した隙にこんなことになってしまい、戸惑った女性の先生は事務所に助けを呼びに行ったのだ。


「やめなさい!」

入って来た男性の言葉も渦中の男子たちは聞かない。少し小さい子はこんなケンカを初めて見たのか、泣きながら女性の先生に抱き着く。その子にも絵の具が付いていて、先生にも付いてしまうが構わず庇うように抱きしめた。

一人が絵の具をチューブから出して、直接真っ赤な絵の具を一人の髪の毛にベタベタにつける。

「くそっ!」

「お前なんて弱いくせに!」


「……やめろ。」

先生が一言言う。


「あ!何すんだ!」

そうして、別の子が乱入し、もう一人が誰かの描いていた絵をビリビリにしてしまった。

「うわー!!」

と、これまでされっぱなしだった男の子が遂に一人に飛びかかろうとしたところで、先、呼ばれてきたウヌクがその手を制止して、全体を止めた。


「やめろと言っているだろ。」


「…ウヌク先生……」

制止された男子は、テーミン。彼はウヌクの顔を見ると、顔をゆがめる。


そして泣き出した。

「うわあああああ…。」


一緒に入って来た別のスタッフが取り敢えず他の子も止め、怪我をしている子がいないか見る。そして、リフォームしてきれいになったばかりの部屋に絵の具が飛び散っていて唖然としていた。

「はあ…、ビニールまで…。」

汚れ防止に敷き詰めてあったシートまで破れている。

「…子供たちの芸術と思えば…。」

「そういう問題ではありません。公民館ですからね…。」

誰かが芸術と言うが、芸術の前に分別の問題だ。移民や河漢民だからこそ、そういうことをきちんとしていかないと今後問題に繋がっていく。




部屋の掃除だけ簡単にしてから、まず全員にこの状況はしてはいけないことだと説明する。使わせてもらっている公的な施設であり、使うからには責任があるということ。友達にこんなことをしてはいけない、作品にこんなことをしてはいけない、物をこんな風に扱ってはいけない、問題や不満があればまず先生に言うこと、など。


もう一人スタッフを置くべきであったが、たった2、3分目を離しただけでこんなことが起こるなら河漢事業自体が評価されなくなる。

だが、子供関係なく大人が勝手に改善するのではなく、起こったことに関して、たとえ低学年でもミーティングの場を設けることになっていた。カーフたちのようなベガスの特別クラスは、保育園や幼稚園の段階でもそういう授業をしている。床についたポスターカラーも一緒に掃除させた。



それからケンカの中心の子たちを、絵の具のついたまま別室に連れて行き、個々に話を聞いてから、さらにケンカに加わった5人を一緒にして昼ご飯抜きで話し合った。


巻き込まれた感じの子、泣いてしまった子は年齢や状態に合わせて親を呼び、迎えに来るまでケアをして保護者に説明。今回渦中の子たちは敢えて親には直ぐ連絡をしないことにし、迎えに来る時に説明することにした。


全部が終わって残った子の親が迎えに来たら、文化センターのスタッフや先生が先ほどの説明。今回は子供たち同士の揉め事。しばらく様子を見てからセンターへのクレームにしても、相手や自分の子供たちへの責任追及についてもするようにお願いした。




「…っ。」

服を借りてシャワーを浴びてきたテーミンことテミンが声を我慢しながら泣いている。テミンと最初に手を出した子と、もう1人の親は仕事でまだ来れない。


「テミン。飯食えるか?」

「…ううっ。」

テミンはカウスの長男だ。あの戦闘お父さんから、なぜかアーティストな子が生まれてしまい、未だにカウスは混乱している。


一緒に戦術を勉強し、夏はキャンプをしようと張り切っていたのに、パパとのキャンプは演習だからイヤだとな。「なんでいつも敵がいる前提なの?」と言われた日、カウスパパは一日哲学の世界に迷い込んでいたらしい。結論は東アジア流に「せめて小学生までは、敵なしの助け合いのキャンプにしよう」ということであった。みんなで仲良くカレーを作り、夜はキャンプファイヤーをするのである。


ちなみに大房の中学校以上は意外にもそんな生ぬるいキャンプはしない。


キャンプファイヤーなどした日には、爆音なのにダレたクラブ状態&告白タイムなど始まりしょうもないことしかしないので、とにかく運動と勉強漬けにし、先生と生徒のバトルが始まるのだ。

そんなに世からハブれた生き方をするなら、キャンプなどしなければいいのに敢えてするのが大房流である。ジェイみたいな性格だと、アホらしいと欠席する。



「食べないのか?」

「…。」

ウヌクはそれ以上何も言わずにテミンの背中をさする。

「ウヌクさーん。対応できます?」

そこに他の子の迎えが来たので、その子の食べかけのラップサンドセットを包んで、この教室の先生と一緒に挨拶とお詫びに行った。その子は髪の毛にべったり絵の具が付いていても、兄弟に自慢するんだとシャワーをしていない。いろんな子がいる。



ウヌクが戻ってくると、あと子供は2人。

空気がまだ重々しい。テーブルを一つ挟んだ横ではケンカの元になった子も、不貞腐れした顔のままブスッと待っていた。でも、こちらは怒っていても空腹を我慢できなかったのか、女性の先生の横で出されたチキンラップサンドを食べてジュースもマッシュポテトも完食。何せ子供である。



ウヌクがまたテミンの前に座った。

「……僕は悪くない…。」

「………。」

ウヌクは無言でテミンを撫でる。



事の原因は、12人参加したアート教室で一人の子が自分以外の作品に手を出したことだ。


今日はベガスで大きな行事があるので、多くの先生たちもそちらに参加でベガスの小学校は臨時休校。そのため文化センターや学童などが開かれていた。役職のある者やベテランの職員やスタッフも行事に行ってしまい、ここでは新米や若手スタッフが面倒を見ていた。


子供たちには、他の子の作った物に手を加えてはいけないと教えていたが、材料や絵の具に手を出してはいけないとは言っていない。そこまで細かく説明がいると思わなかったし、材料や絵の具は公費で買っているものだ。時々共同作品も作るので、区別がついていないのか。


そして、たくさん色のあるテミンのパレットに興味を見った一人が、自分ならこうすると、やめてと言われたのにたくさん色を加えたのだ。それから、テミンの絵にも勝手に筆を入れてしまった。

テミンが描いていたのはいろんな色がひしめく色調の面の抽象画。『絵』が()()ことが理解できない相手の子は、そこに全く毛色の違う色で棒人間を描き込んでいた。


その子は河漢から来た子で、園経験はなし。小学校も半分野放しのようなところだった。それでも、問題なくベガスの住民として通過していた。


「………」

「テミ~ン。俺がポテト食うぞ。いいのか?早く食べた方がいいぞ。」

「…………」





そこに、ファクトが登場。

「ウヌクー!」

「……。」

イヤそうな顔でウヌクはファクトを見る。

「なんだ?今、来んなよ、お前。」


『シェダル。今日来るんだろ?』

子供たちに聴こえないように手話で『シェ・ダ・ル』とサインを示す。

「……あ?」

習ったばかりの手話を意気込んで使うが、ファクトはアホなのでウヌクが手話が分からないという想定はしていない。

「ああ?悟れよ。この雰囲気。」

どう考えても空気が悪いのに、楽しそうな上、言わなくていいことを言ってしまう。


「あれ、この絵なんで破ったの?色がキレイだね。失敗作?納得いくまで器を割るみたいな芸術家だね。すごいね。この棒人間好きだけど、色だけ違ったらもっといいかも。」


「……。」

「?!」

固まる全員。伏せていたボードをいちいち見て言い放ってしまう大学生なのである。


「…う、う、う…うわああああああ!!」

「え?!」

急に子供が泣き出し、驚き慌てるファクト。


しかし、今度泣き出したのはテミンではなく、河漢の子の方であった。




***




「そうですか。それは全面的に僕が悪いです。」

説明を聞いて、頭を下げて謝る大人ファクト。


河漢っ子は雰囲気のやりきれなさの上に、大人が増えて無情にもさらに詰められたのだ。

テミンは先のトラブルと、こんな落書きがファクトによって自分の絵の一部に思われたのが悔しくて泣いていた。テミンがアーティスト過ぎてファクトにはそんな繊細な感情は理解できない。


「まーまー。仲良し、仲良し!」

そう言ってファクトは二人を無理やりくっつけようとする。

「触るな!」

「やめてよ!」

子供だからと甘く見たが、小学生は成長したようで子供であり、子供でもありつつも時々大人だ。子供二人をさらに決裂させる教育学科の大学生。まだ興奮状態なのに手順が違う。


この二人の根本的な怒りの理由が分かっていない。二人は怒りの根源が全然違うのだ。

なお、ファクトは芸術センスゼロ。『ヘタうまの境地と思えば芸術家』と慰められる絵の下手さ。




それでもファクトは言ってしまう。


「でもな、テミン。

テーミン君はお父さんが立派な人なので、敢えてテミンの方に言っておく。」

「……?」

テミンは自分の父親が元軍人で、今はチコの護衛ということしか知らない。



ファクトを不思議そうに見た。



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