74 人材のピックアップ
妄想チームが無駄話をしていると、次のスピーカーが紹介され、遠くの壇上を映す各所のビジョンに、美しい薄褐色とクリーム色の髪の女性が映し出された。
全体になんとなくどよめきが起こる。
「ニューロス?」
紹介はされたのに、突然場違いな美女が現れるので周囲が戸惑っている。
しかし大房は知っている。アンドロイドではない。陽烏である。
「あ!陽烏ちゃん!」
ソラやラムダが楽しそうだ。気が付かないだろうが手を振ると、みんなの方を見てニコッと笑った。
「……てか、陽烏は今アーツだろ?何発表するの?」
レサトも不思議がっている。
「てかお前、把握ぐらいしとけよ。」
「陽烏ちゃんって、アーツに来て無駄になる人材百選の一人なのに…。」
それを言ったらライブラやミューティアたちももっと有望な場所に行けただろうが、とりあえず第4弾の医大生、工学科たちは「頭良すぎて振り切り過ぎて、おかしくなったの?」と、内外に言われながらアーツに来たのだ。
陽烏はトップクラスではないが、医大の過程をコンスタンツにクリアしている優れた人物だ。
「けっきょく藤湾に戻ったんじゃない?」
「なるほど!」
そう思うが違うらしい。
「私は、アーツベガスの人材開発チーム、参宿陽烏と申します。」
と、アーツ紹介と自己紹介のホログラムに移し説明を始める。
「人材開発チーム?!」
「格闘技のかな?」
自分たち、アーツなのに知らないとは。しょっぱなから第1弾の遥か上を行っている。
それに、実は武道家のピックアップは既に進めている。戦闘集団をつくるのではなく、子供や若者たちに主に和道を教えていくのだ。とくに河漢は集中力のない子や暴れる子が多く、自分を律することができるように礼儀、呼吸や瞑想なども習っている。格闘技ができない、合わない子には美術や音楽などもあるが、基本和道か中華武道の基礎は体育のような感じで習わせる。その講師も育成していた。
そして陽烏の説明を聞きながら分かった。
河漢に関して高校、大学に入れるレベルの人材のピックアップ他、既に技能を持っている人間を探していくのだ。
河漢はスラム地域で30万人。周辺の貧困地域を含むともっといる。河漢内やベガスへの移動計画人口は20万人。戸籍に入っていない者もいるし、実際はさらに多いと言われている。河漢は非常に底知れぬ場所で、中高所得層から落ちぶれて河漢に逃げてきた者も多い。その中にはエンジニア、教職、経営者、医者………など様々いる。
これから作るべき大学などのベースは藤湾学生組織が作っていくが、新規人材発掘までは手が回らない。特に河漢内においては。規模はベガスより遥かに大きく、混沌だ。
そのため、その役割の一端をアーツが担っていくのだ。
大学関連だけでなく、河漢の小中学校の教師や運営、保健センターや病院。普段はアンタレスやベガスの人間が来るが、河漢内でももっと人材をカバーしていく。もぐりの人間も、状況によっては現場復帰できるのだ。
こういう仕事は世慣れした社会人の方がいいが、第4弾のほとんどもインターンも含めれば学生といえど既に社会に出ている者たちだ。陽烏たちは先立ってその仕事をしている。
それに、一般藤湾学生が入っていくには危険な場所にまで、アーツは介入できる。
既に、ゼオナスやイオニア、ライブラ。河漢出身のイユーニなどがVEGAや第4弾の一部のチームと話し合い、病院や保健センター、学校などに人材を派遣していた。初期からアーツを見ているKYシャムも陽烏たちのチームでその仕事を手伝っている。
「………。」
スピーカーの陽烏と、サイド席でいろいろ聞いているカーフをファクトは眺める。美男美女で似合いそうなのに、陽烏はなぜかカーフとその仲間たちに敵対心を抱いているので実に勿体ない。
陽烏は単体だとちょっと間抜けな性格なので、どんなスピーチをするのかと思いきや非常に優秀であった。ムギをチビッ子と言い、カーフたちを小童というのに、そんなボロさえ見せず役者である。
カーフはまだチコにあこがれを抱いているのか。チコはアーツでは完全にオバちゃん認定されているのに、ユラス人はなぜチコが好きなのか。それも本当に不毛である。
「ファクト、お前またどうでもいいこと考えてるだろ。」
ソイドに言われるが、心配事が止まらない。人生定まらない人が多いので、自分まで大房のオバちゃんのように息子娘の友達や近所の子供の心配までしてしまう気分になってしまう。
一番の心配事は、ワズン大尉は結婚………の前に、恋人ができるのかということだ。
今会議の全報告や終わると最終の質疑応答。
そして司会が全てを締めてから、各関係者やチームごとに好き好き交渉や交流をしていた。
たくさんの企業も入ってきている。
「トリマン!」
「先生!来てたんですね。」
アーツ第4弾、倉鍵医大から来たトリマンに話しかける外部男性。
「こちらは同じチームの陽烏です。陽烏、こっちは僕の大学の先輩。」
陽烏と紹介し合うのは、トリマンの先輩らしい医大の現役医師。他にも倉鍵大病院の医師や経営陣が数人来ていた。倉鍵大学総合病院はアジアでトップクラストップ規模の病院だ。
「陽烏さん、普段はベガス総合病院なんだね。」
「そうです。アーツで半年お休みですけど、時々顔を出しています。」
「今、ベガス総合にはミツファ先生がいるって聞いたけれど……。」
「え?知っていらっしゃるんですか?」
響のことである。
「もちろん!陽烏さんも?」
「はい!大好きな先生です!先生も漢方科で?」
なにせ、響はチコの大好きな人。優しいし陽烏も大好きな先輩である。
「私はインターンに来てたミツファ先生と同じ職場で……。彼女は薬局の方でした。」
「僕はアーツに来てまだ一度も会っていません……。」
トリマンが残念そうに言う。
「今日、先生はいらしていないんですか?」
なぜか飛びついてくる漢方科の先生。
「……すみません…。私はこっちの仕事で忙しくてそこまでは……。先生はアーツではないんです。……あれ?」
陽烏がそう言って見渡すと、誰も気が付かなそうなだいぶ後ろの端っこの方に響がいた。実は西アジアの学生時代からベガスの仕事を手伝ってきたので、今日の会議に関係が深いのだ。
座って何かメモをしている。
「………。」
インターンに来ていた時と違い、ボブの髪を地味にまとめ眼鏡を掛けブカブカの服を着ているので少し固まってしまう漢方先生。
「………あちらが、ミツファ先生?」
「…え?そうですよ。」
陽烏はなぜ響が地味になってしまったのかを知らないし、清潔感さえあればあまり人の容姿を気にしない性格でないので気にもしていなかった。
漢方先生はそれでも響の方に話しかけに行く。
「先輩?」
「あっち。トリマンもミツファ先生に挨拶に行く?」
トルマンは倉鍵の総合病院のインターンで、響の講義に関心を持ったこともアーツに来たきっかけであった。
「はい!」
と、うれしそうだ。
陽烏と一緒に三人で、人を掻き分け響の方に向かって行った時だった。
「響さん……。」
3人より先に響の前に表れたのは………
セラリのリーオであった。
「?!リーオさん…。」
「久しぶり。元気だった?」
響のお見合い相手だったダンサーである。
「………?」
なぜリーオが?と考えて響は気が付く。
「あ!はい、元気ですけど…四支誠の方で?」
芸術大学だ。
「そうです。ちょっとデイスターズから間に合わなかったんですけど。」
本当は四支誠の話で会議で一言挨拶をするはずが遅れてしまった。
「個性的な格好ですね。髪……。」
リーオが響のギザギザな髪を見て笑っている。
「………あ、はい。切ってしまいました。」
「……あまり危険なことをしないでね…。」
「…はい………。」
襲撃を経験しているからだろう。また危ない橋を渡っていないかリーオは心配だ。あんなきれいな髪を切ってしまったのか。切られたのか、切るしかなかったのか。
響としては、お見合いを断った相手にこんなふうに話しかけてくるリーオが理解できない。最近いっぱいいっぱいである。
リーオは背筋も伸びてオーラが違うのか、目立つので少し離れた席のファクトたちも気が付いた。
「リーオさん、本当にここで講師をなさるんですか?」
「まだ確定じゃないし、一旦は外部講師というか………。来年度の公演まではバレエ団の仕事はあるんだけどね…。あの……彼は?」
「……彼?」
誰の事か分からない。焼き肉をしたメンバーだろうか。それとも………
「ウヌクさん?」
「………ウヌク?」
四支誠の話をしていたので、美術系の話だと思った響はウヌクの名前を出してしまう。ウヌクも四支誠にあれこれ関わっているらしい。
「……四支誠のお話では?」
「え?あっ。あの……。そうでなくて、背の高い彼。」
「……?」
背の高い彼はまさにウヌクではないのか。頭が回らず大学の話から抜け出せない。
それにシェダルのことを考えていた。
もし何もなければ………普通の生まれだったら…シェダルもここで大学の話ができたかもしれないのに…。
だから、ウヌクの名を思い出すとシェダルも思い出してしまう。
「ここまで言われてタラゼド君の名前も思い出せないのか?」
「?!」
その言葉に驚いて響が声のする方向を見る。
そこにいたのは…機嫌の悪そうな響のお兄様だった。
「珀さん?」
リーオと響のお兄様珀は蛍惑の家族ぐるみの知り合いだ。
あんぐりしている響と、少し後ろにいて話しかけていいのかと止まってしまった陽烏たち。
お兄様を無視して響は立ち去ろうとする。
「……あの、リーオさんすみません。私行きますね。」
「…響さん。」
「そうやってまた何からも逃げるのか?」
お兄様が響を引き止める。
「………。」
けれど、響もサイコスのことは何も話せない。
そこで目が合ってしまう、陽烏や漢方先生。
「…あ……。」
「あ、ミツファ先生。お久しぶりです。」
「……先生。お久しぶりです。」
芋娘スタイルなのに、やはり響はきれいだ。顔とかそういう話でなく、持っている雰囲気がキレイだった。
「今、倉鍵の他の先生たちも何人か来ていますよ。みんな話したがっていたけど…先客でしたね……。」
「…あ……。すみません。」
雰囲気がキツイお兄様に先生や陽烏は少し怪訝な顔をした。
響は漢方先生に礼をしてから陽烏を見る。
「陽烏先生。説明よかったですよ。お疲れ様です。」
「ミツファ先生…。」
そして、横にいるトリマンにも笑って礼をし去ってい行こうとするがお兄様がまた止める。
「待て、後で食事をしよう。」
「……用事があります。」
「向こうに連絡をしていないんだろ?どういうつもりだ。」
こんな所でこんな話をしたくない響。
そして………漢方先生が言ってしまう。
「あの、嫌がっているのでここでは控えて下さい。」
それから響の方を見る。
「ミツファ先生。行ってください。」
漢方先生に礼をして今度こそ去って行く。
陽烏や漢方先生たちは響が去ると、唖然としているお兄様に怪訝なまなざしのまま礼をして行こうとした。
そこで少し状況を整理して気が付いてしまうお兄様。
あれ?
「………ん??」
もしかして、自分はまた不審者と思われたのか。そうやってタラゼドにも拘束されたのだ。




