69 全てがダンジョン
※暴言など不快になる内容があります。苦手な方はこの回をお避け下さい。
脇役がたくさん出てきますが、こういう出来事があったのだな…というくらいの話でお読みください。しばらくベガスや河漢の再構築の話になります。
実は他にも、込み入ったことがあった。
ロー弟のランアスがベガス総合病院に来たのだ。
その日はリギルも通院。
一応ランスアの行動管理はされているが、さすがに一般人に24時間付きっ切りという訳にも行かず、持病の通院でランアスは一人で来ていた。
***
晴天のベガス南海を進むリギル。
こんなに暑い日に一人で外に出るのはいつ振りか。
リギルは不安そうに辺りを見回しながらも、風景を見られるようになった自分にホッとする。
顔を合わせられるようになったファクトやラムダ、ジリたちも学校や出勤だったので、初めて一人で巡回バスに乗ってベガス総合病院に行ったのだ。時間も大分余裕をもって来ている。
歩いても行けるが、バスで行くのはだいたいお年寄り。
道を歩いて下手に顔だけ知った人間に会うより多分バスの方が楽だ。自分のデバイスも乗るバスを教えてくれるが、それでも何度も何度もバスの巡回番号と停車場の名前を確認して到着したバスに乗った。大きい路線はこの時間無人ではなく運転手がいる。人が怖いのでが運転手に話しかける勇気はないがサッとドアに入った。
南海内巡回バスは全て無料である。知ってはいるのに、お金がもしいるなら…と、無料なのか支払うのか、支払うならどうするのか……とデバイスか生体認証で全部済むのに不安になって今時誰も使わないだう現金も持ってきた。そしてドキドキしながら無事バスを降りる。
みんなも降りるので紛れ込めば安心である。こういう時、人嫌いでも人の多い停留所は助かる。
車やバイクがあれば、きちんと道を走って10分ほどの道のり。
リギルにとっては全てがダンジョンのようだ。
そして、現実のダンジョンはゲームよりドキドキし、息がつまる。それでも着いたのだ。
ずっと車内のデジタル標識とチラチラ確認する車窓の建物しか見ていなかったが、やっと一息。
バスから降りて、パッと目を上げた。
するとそこには、見慣れた中規模総合病院の敷地が広がっていた。
「………」
自分だけで来れた。ホッとする。都市なのに緑も多く、路地を外れれば木の葉が優しい日陰を作った。
不思議だ。何年ぶりの樹々だろう。きっとこの安心は、ここに来たことだけの安心ではない。
この先の安心もある。言葉はきついが怖くなかった主治医のおじさん先生、ミツファ先生。帰れば何か言ってくれるファクトやラムダたちもいる安心。
それにまだリギルは気が付いていなかった。
初診でないし通い中なので、デバイスでするかロビーの機械に自分を認証させ、受付変更なしを押すだけである。
サッと済ませて、総合漢方科に行こうとした時だった。
「あっれ~?ウチのリギル君?」
「?!」
ロビーの長椅子に座っていたのは兄ランスアだった。
「…………」
リギルは停止してしまう。
同じ両親から生まれたのかというほど、体型も顔立ちも違う金髪男が余裕の顔で話しかけてくる。こいつの何もかもが嫌いだ。
「あのさー。俺、この病院初診なんだけど分かんなくてさ。待ってんだけどどうすればいいの?いつも全部他人がしてくれたからさ。」
他人といっても彼女たちであろう。
「……。」
リギルもファクトたちと来た以外、病院どころか飲食店にも入ったことがなかったのでよく知らない。
「……他の人に聞いたら?…」
「なんで兄弟なのにそうなるわけ?」
ランスアがあまりに偉そうに座っているので、案内スタッフも勝手の分かっている人間だと思っているのだろう。
「俺、目立ちたくないしさー。」
めちゃくちゃ目立っているのだがと思うが、思うだけのリギル。口にはしない。
「……デバイスで受付け申し込みするか………多分、そこの待ち受け番号カード取る………。」
とどうにかリギルは説明し、入り口の方の機械を指す。
そして、サッとフードで顔を隠して去ろうとした。ナビを出せば病棟には一人で行ける。
「おい。リギル。」
「……」
「チコちゃんが3万円くれたんだけどさ。服代とかで。もう金ないんだけど。」
「………。」
絶対にランスアに連絡先を教えないように言われていて、リギルの世界が震える。
「ねえ。リギル君。住まいはゲットしたからさ、とりあえず5万お小遣いちょーだい。」
リギルは反応しない。
「……まあいいや。まずここに座って。」
「………時間が……」
「…座れつってんだろ?」
「………」
動かないでいると、ランスアが立ち上がって肩を抱き隣に弟を座らせた。
「俺もさ、リギル君の好意が欲しいわけよ。」
「………。」
「無理やりなんて人聞き悪いし、犯罪じゃん?弟でも。」
「………」
「だからさ、リギル君が自らお兄様を助けたいって心が大事なわけ。分かる?お兄ちゃんが困ってるって現状。数年ぶりの感動の再会だろ。……あれ?もう10年は経つ?生き別れの再会みたいで感動しかないし。」
話しを聞く以前の問題になってきたリギルの思考回路。
「分かる?」
やさしく問いかけるランスア。……と言ってもほぼ脅迫なのだが。
緊張し過ぎてリギルの中の何かがブツ切れる。
「……働けよ…。」
「…………」
ランスアは初めての弟の意見に目を丸くした。
「半日バイトするだけで服代くらい儲けられるだろ?」
「…。」
驚いてから………ランスアは冷めた目になる。
「1日働いてもほしい物なんて買えねーよ。」
「……ここや河漢なら、義務労働だけでも初期生活を賄える支援がもらえるって……」
「で、俺に働けっつーの?何にも出来ないお兄ちゃんなのに?それに、生活支援は精算残さないとダメだろ?」
残して何が悪いのだ。不正なことがなければ問題はない。
さすがのランスアも、病院で何かすれば面倒になることくらい分かる頭はあったので、さらにあれこれ言葉で責める。肩を回され動けなくなったリギルは暫く兄の話を聞くしかなかった。何を言っても、常識と非常識を交えて返され話にならない。頭の中はランスアと同じくらい言葉がグルグル回っているが、冷静さと出力で負ける。
リギルが社会復帰したところで、この兄に口からの言葉で勝つことはできないと悟った。兄も自分の適当さはよく分かっているのだ。
「でさー、リギル君。俺は10万円ほしいわけ。分かる?」
と、言われてリギルの緊張がピークに達した時だった。
「リギル君!」
そこに少し急いで歩いてきたのは、白衣の眼鏡女医。
響であった。
「……!ミツファ先生!」
急に目が生き返って医者を見たリギルに、ランスアは驚く。
「いつも時間より早く来るのに、全然来ないから心配して……。」
響は少しだけランスアを見て、一瞬たじろいた。
けれど、直ぐに仕事の顔に戻って客に話すように言った。
「あの、分からないことがあれば、あちらの案内に聞いてください。こちらの患者さんはもう診察時間ですので。」
そう言って、響が案内を呼ぼうとするとランスアが止めた。
「彼は僕の弟なのですが……。」
急にまともな家族面をする。
「……そうですか…。付き添い?」
仕方なく聞いてみると、横のリギルがぎごちなく首を振る。
「……ならすみません。ご家族でも成人されていますし、とりあえずリギルさんのみで診察室にお願いします。」
今日もやっぼたい先生を、ランアスが眺める。
「先生俺のタイプじゃないんだけど………磨けばもう少しどうにかなるんじゃない?」
「……私はこんな自分が好きなんです。」
真顔で返す。
普通、総合病院の受付で、何かあってもこんなふうに医師が来るわけがない。個人的にもリギルの知り合いかと悟ったランスアが急にダラけた態度になる。
「リギル君にも女性の知り合いがいたんだね?仲いいの?彼女?」
「……。」
響が本気で怒り始めていた。女性どころか男友達もできなかったリギルにはものすごく嫌な話題であろう。からかわれているのだ。
そして響は別のことに気が付いていた。この男は付き添いでなく診療に来たのだと。
「あの、これ以上言うと患者さんに対する暴言や業務のジャマということで、別の場所でお話ししてもらいますが?」
「ランスア!」
そこにもう一人の介入者。
第4弾のGチームリーダー、ジッキーを連れたサルガスだった。




