63 お姉さんのお部屋は?
「で、ランスア。ここに何しに来たんだ?」
このどうしようもなさそうな男に、チコは淡々と聞く。
「え?あなた方のせいで住まいをなくしたんですけど。家を下さい。」
「は?何の話だ?」
「母が家を出て一人暮らしを始めたんです。それで帰るところがなくて困って…」
「……。」
「何も言ってくれないんですか?」
「で?」
「あなたたちが弟を追い出したせいで、母は1Kに移ってしまったんですよ!!!」
「で?なんで家をあげなきゃいけないんだ。家族が減れば小さい家に移ってもいいだろ?」
「俺がいるのに??」
これ以上引きこもり部屋を作らせないためであろう。
「親と1Kに住むのか?」
「そこしかないっしょ?そんでウチに彼女が来たら、追い出されたんす!ただの女友達なのに!」
「……。」
母親の1Kの家に、彼女を連れ込むなどありえないと思う皆さん。お母さん、かわいそうに。
「ただの友達が来ただけで追い出されるのか?」
「人のソファーでいちゃつくなとか!単に腰揉んでただけなのに!!」
ライミーが純粋そうな陽烏の耳を塞ぐ。
「それは追い出されて当然じゃ…。消毒すらしたい。」
ランスアにも飲み物を持ってきたファイが思わず言ってしまうが、目が合って逃げる。
「お母さん、みじめすぎる……。」
ナンパ4人組ですら母親に同情している。
「ランスア!」
そこに河漢から来たのは、ものすごく焦っているローであった。こんな真剣な顔のローを見るのはみんな初めてだ。
「……あれ?誰?なんで俺の事知ってんの?男とか覚えてないんだけど。」
兄に対してこの言い草。
「お前来んなよ!」
「………。っ?まさか兄貴?!」
同じ家に住んでいたはずなのにこの三人はどうなっていたのかと、みんな疑問でしかない。
そしてもう一人、焦るウヌク。
「響さんいないよね?!響さん守らないと!ファクト、お前また変なの連れて来んなよ!!」
「え?なんで変な人は俺担当?」
心の底からやめてほしい。
「まあ、兄貴の部屋でもいいんだけど。」
「断る!」
いつも能天気なローが今日は逞しい。
「あの……あなた仕事してるんですよね?自分で働いて家を借りたらどうですか?」
先の名刺を思い出してカウスが横から言ってみた。カウスも一応アーツの責任者だ。言う権利はある。いや、人として言う権利がある。
「…え……。働いたら負けじゃないですか?」
「はい?」
「こんな仕事で自分の魂を売れます?女性から金を巻き上げるんですよ?たまに男もいるけど。」
「………。」
みんな「いや、働けよ」と思う。
接待のあるラウンジやクラブは、別に楽しく話せばいいだけで体を売る仕事ではない。店によってはその延長もあるし、あまりいい仕事とも言えないが。
この時代は霊歴が残るので、まともな人間や上級霊層の人間はあまり軽率な行動はしないのだ。それ以前に霊性の高い人間は仕事や処理事情がない限り、そういう場にはほとんど行かない。霊性の高い人間にあけすけに見られるので、夫婦以外と仲睦まじくするメリットのない時代であった。
「ヒモも実質女性から巻き上げているんじゃないですか?」
ラムダが真面目に質問してしまう。
「違うよ。女の子が俺の事面倒見なきゃとか言うし。ウィンウィン!」
何がウィンウィンなのか。
「ヒモってなんですか?」
「陽烏ちゃんはそんな事知らないくていいよ。」
出てくる言葉がもうどれもしょうもない。
デバイスを見ながらチコがホログラムを開いた。
「寮付きの仕事紹介しようか?」
「え?イヤです。メカやAIがこんなにある時代になぜ人が働くんですか?人類バカなんですか?リギルと同じ部屋で生き残ります。洗濯物くらい畳みますから。」
「…っ?!」
ビビってしまうかわいそうなリギル。
「行政や教会とか何か支援はないのか?」
「この前の彼女に連れていかれたんだけど、どこもダメだって言われて。ケチだよな。」
彼女に捨てられて来たのか。いや、ちゃんと女性も分別して出してくれているけれど。
「ここは一定の審査が通らないと住めない。よってランスアは無理だ。」
「え~?チコちゃん。そこはチコちゃんの力量で何とかならないの~?ここの社長じゃないの?」
「お前、その図体で働かないとかクソなのか?ヒマじゃないのか?恥ずかしくないのか?」
「チコちゃん結構攻めますね。ヒマだから洗濯畳んでるじゃないですか~。」
真正のアホだとみんな思う。それとも大房民はみんなこうなのか。
ランスアはそこでジーとチコを見つめた。
「チコちゃん。」
「………。」
「お姉さんですよね?」
「は?お前の姉じゃない。」
「そうでなくて女性でいいですよね?」
「そうだが?」
「チコお姉様のお宅とかは?」
普通は男性の家に行くのではないかと言いたいが、おそらく言うだけ無駄であろう。
「なんてことを!!恥を知りなさい!!!」
遂に陽烏が激オコである。美女陽烏がいるのに、陽烏は範疇外らしい。
「いい加減にしろ!」
ローも焦っている。
「ロー、いい。話を聞こう。こいつが家に帰れなくなったのは私の責任でもある。
なあ、今まで女性の家にいたならそこに行けばいいだろ?」
「そう!それでこいつ、あっちこっち居座ってたんだよ!!」
叫ぶライミーにみんな納得した。ライミーは付き合った経験がないらしいので、身内が被害にあったのか。
「しかも、そこに知らない女連れ込むとかある????」
居座っていた家に他の女性を連れ込んだということか。ここでは磔に値する行為である。
「え?俺は知ってる子だよ?てか、もう大房には当てがないんだけど。でも大房楽だし。女の子優しいじゃん?」
いつ行っても入れてくれる子に今彼がいるらしい。
こいつ上級すぎると思うナンパ4人組。
「大丈夫、だいじょーぶ。チコちゃんは俺のタイプじゃないから、寝て食ってゲームして洗濯畳む以外しないから。」
洗濯を畳む以外の家事はできないのか。
第4弾どころか、ユラス人もドン引きしている。
「…私は既婚者だ。」
「え?マジ?!!じゃあやめる。既婚者とかには関わりたくない。
……ってか、旦那いるの???誰??」
「おい、ランスア、マジいい加減に…」
ローが止めに入るがカウスが答えた。
「あそこにいる方です。黒い長髪の。」
「……どこ?」
入口付近の席で無表情の男がめんどそうに見ているで、思わずチコに身を乗り出して耳打ちする。
「うおっ!あの黒い方?スペック高いっすね!怖っ。めっちゃ対照夫婦じゃないっすか!色的に。」
何せ黒髪とブロンドだ。暗黒と光が差す様な淡色。
「議長。奥様の危機ですよ。」
ファイがコソッと言うがサダルは無視である。そういってサダルの近くの席に座るのでファイも強者であった。誰もあんな席座りたくない。
「安心してくだーい。奥様には何もしませんよー。」
バカなのでランスアは入口に向かってグッドサインした。無知過ぎて何も怖れていない。
「てか、チコちゃんも~」
「俺を越える顔面ハイスペックなのに色気がないんだよね~。モテないでしょ?」
色気のないように生きてきたので、そんなものあるはずがないし必要もない。
「なんつうの?色がないつうか………」
勝手に評価して、遠くにいる旦那を見てまた何か考えている。
「…。」
「分かった!」
そんなランスアに、もうチコは反応するのも億劫だ。
「旦那もめっちゃハイスペックそうなのに、なんかこの二人に色気を感じないと思ったら、相性悪いんですね!!」
「?!!」
ビビりまくるのはユラス人。
バゴ!
「い゛っ!!」
遂にサラサがファイルで思いっきり頭を叩いた。リギルは既に硬直している。
「何するんですか!!」
割って入ったローは弟を制した。
「お前、知らない夫婦に失礼過ぎるだろ!!」
「今もう出会ってるだろ?チコちゃんとはお・と・も・だ・ち!」
「お前……」
「それに違う!夫婦仲の話ではない!『色気』の話だ!」
「は?」
『色気』の話とは何か。そこんとこは聞いておきたい大房民。
「………なんというか…。漂うものというか…。………個々で見るとなかなかなんだけど……」
偉そうに顔を上げる。
「二人合わさると…『全てが打ち消される』?」
ひどいことを言っている。
「?!!」
「マイナス掛けるマイナスはプラスの法則?!!」
ダブルフェニックスが生んだトンビこと、十四光ファクトが思わず叫んでしまう。
「こんな瞬時に!?すごい洞察力ですね!採用しましょう!!」
ついでに叫ぶカウスもファイルでぶたれる。何採用だ。
「分かった。河漢ならいくらでも住まいがある。河漢に行け。」
ついにチコが判決を下した。
「河漢?スラムじゃないですか?」
「スラムだけじゃない。ちゃんとした住居がある。」
半保護施設か社宅だ。
「へ~。かわいい子いる?」
「女性に手を出した瞬間、抹殺されるぞ。」
アドバイスする河漢メンバー。
「ランスアが来るのはイヤです。」
と河漢担当のローも耐えられなくなる。
「えー。好きだった子取っちゃったのまだ怒ってんの?付き合う前だったからいーじゃん。」
「………」
「最低すぎる。」
もう『アーツの限界点』だったかモアですら信じられない顔をしていた。さすがにそういうのを兄弟と絡めたくない。知人友人すら嫌だ。
自分たちはまだまともだったと自覚する。そう、イオニアやウヌクやモアがまともに見えるのだ。
「あなたたち、変なことで安心しないでよ。まとめてしょーもないから!反面教師にしなさい!!」
サラサが怒ってローを慰めた。
あいつのせいで母がとんでもなく苦労したのだ。ローでも悩むことがあるのかと、心底同情しかない。
「サルガス、こいつ見れるか?」
「俺がですか?」
正直嫌だが、大房含む生活圏にこの男がいる以上問題を起こしそうである。現在ロディアは親戚の家にいて見る家族もいない。
「しばらくアーツの仕事は減らすから、ここでのルールを叩きこんでほしい。ローとは別にするように。女子やリギルにも近付けさせるな。」
「……分かった。」
「それからガイシャス。メレナにバイルガルを付けさせろ。教育はメレナに。うるさかったらジーモニに。」
チコがどんどん指示を出す。まさか、戦闘系でもない男にユラス軍を使うとは。なぜ。
「勉強ですか?仕事の次に嫌いなんですけど。」
「住まいを提供する以上必須です。あと、せめてチコさんには『さん』の敬称を。」
サラサが睨むと、ランスアは素直に言うことを聞いた。家がなければ困るのだ。
「っ!分かりました!チコ様ですね!チコ様!!
あ、リギル君、連絡先と送金お願いね~!」
そしてアセンブルスたちにどこかに連行されて行く。
「シャウラ。金、送らせるなよ。」
第4弾リーダーのシャウラがサルガスに頷いた。
「チコさん!」
ライミーが怒っているのでチコは、
「ライミー。ベガス構築と河漢事業の元で好き勝手した奴は、幾つか権利剥奪してムショにぶち込めるから。」
と訳の分からない方法で安心させ立ち上がった。
「あ!」
去ろうとしたチコは思い出したように振り返る。
「河漢はあいつ以上に話の通じない奴が多いからな。」
と、第4弾に言ってのけたのであった。
第4弾は戦慄する。
言葉のキャッチボールができて、人の話を聞くだけ幾分マシなのである。
「リギル!」
「リギル大丈夫?!」
「リギル君?!」
みんなリギルに駆け寄るが、こちらはキャパオーバーでまだ固まっていた。
「ロー?ロー?!大丈夫か??」
「あんなの面倒見きれたら、天界最上級に昇天できる…。」
ローに至っては現実を振り切り、悟りの境地に入ってしまった。




