62 金をくれ
『リッターさん。ベガスで干からびていないですか?』
基本、試用期間のSNSは禁止だが、リギルは今日もみんなとトークをしている。
部屋に食事の持ち込みを禁止されて持ち込みできそうな物だけ食べていたが、運動をするようになってから少食過ぎてぶっ倒れてしまったため、必ず食べるように言われた。パーカのフードを深く被り、遅く行くなど目立たないように毎回食堂に行く。時にはこの寮1階以外のアーツに出会わない他の食堂にも行った。他人よりも知り合いに会いたくない。
ファクトやラムダたち、それから第4弾の勝手にくっ付いてくるメンバーとも時々食事をする。奴らの波に乗れば陽キャの間でもカウンターに行けるようになった。どうにか。
リギルは音声でなく、手入力でコメントに返信を入れる。
『体重が増えて猫背が少し治った。薄毛は治らん。』
『おめでとう。ベガスは今日も悪ですか?』
『相変わらずいろんなところに軍人が歩いている。筋トレと研修しかしていないが、陽キャどもはもう現場に出ている。』
『激カワイイコと友達になったとかうそでしょ。笑う』
『漫画過ぎる』
『小説過ぎる』
『金色の草原過ぎるwwwww』
『黙れ。まじだ』
「ねえ、リギル。SNSしてるの?」
「っ?!」
リギルはいきなり後ろから来たシャムと陽烏に驚いて画面をバッと隠す。
「SNSというか、動画サイトのトーク欄…。」
「え?何々?教えて!」
「やめてあげて。陽烏さん…。男には触れてほしくない世界があるんだ…。」
「そう?」
リギルの動画サイトを知っているシャムはやんわり守ってあげるのだ。KYでも気が利くこともある。
その時だ。
ウヌクやパイに続いて………いや、それを越えるアホが来てしまう。
「あ~!リギル君?リギル君だよね?お・ひ・さ!」
「?!」
食堂が騒めいた。
食事を持ってきたファクトやラムダ、ファイにリゲルたちも注目する。誰だ?
「リ・ギ・ル・君!」
「……リギル君、呼ばれてるよ?」
「知り合い?」
リギル。リアルではここ以外に知り合いはいないどころか、生きている存在さえも知られてもいない。彼を知るのは役所の各登録だけであろう。
全然聞き慣れない声に首をかしげてから、ゆっくり振り向く。
「…………。」
目を丸くするリギル。
そこに立っていたのは肩を越える長髪ブロンドの顔の整った男であった。
「?!」
「誰?」
みんな気になり過ぎる。配信者リッターのファンだろうか?
ベガスは入出管理はあると言っても、犯罪歴などなければ現在出入りは自由だ。移住には厳しい審査があるし、訪問者も尋問されたら素直に身分証明に応じなければならないが行き来はできる。変なファンだったらどうしようと思うみんな。しかも食堂まで入って来るとは。
「…誰?」
リギルも知らない。
「え?知らないの?」
こんな陽キャ知るわけない。そもそもリッターのファンにこんな陽キャがいるのか。
男は天然ブロンドをかき上げて言う。
「何言ってるの?リギル君!我が愛しの弟よ!」
めっちゃ余裕そうである。
「は?」
リギルが困ると、そのお兄さんはあれ?となった。
「………。え?ウチの弟だよね?」
陽キャが考え始めた。
「…え…。知らないけど…。」
全くもって分からないリギル。早くこの会話から解放されたい。この何かを封印したい。
みんなもどうしていいか分からないし、誰?これ?という感じである。全然似ていないし雰囲気すら何一つ被っていない。唯一、種類は違っても偉そうな言葉遣いだけは同じである。
そこに駆けてきたのは、なぜかもう仕事復帰をしているサラサ。
「ちょっと、そこの男!勝手に食堂に入らないで!!」
基本ここはアーツ寮の食堂だ。第3弾メンバーのライミーに呼ばれて、急いで来たサラサは怪しい男を止めた。
「あ?何すか?」
「あなた……。蔚藍ランスアさん?」
「そうですが?」
「…蔚藍?」
やっと気が付くリギル。
「あ…、あ……」
「リギル君分かったの?もしかして彼さ、大房民?」
話せないリギルにそれでもファクトは聞いてみる。ライミーは大房出身ではないがダンスなどで大房を出入りしていたチームメンバーだ。
「あ…えっと……あ…、あに……?」
「そうだ。忘れるなアホが。」
「………。」
みんな何のことか分からないが、必死になって考える。
「『…あ、あに…?』って本当に『兄』の事?」
ラムダがリギルに確認する。
「そーだよ。お兄様だよ!」
男は偉そうに言い放った。
「はあーーーーーーー???!!!!!」
驚きすぎる一同。誰も彼を知らない。いや、ライミーは知っていたのか。
リギルは慌ててさらにフードを深く被った。蔚藍は自分の苗字である。
「リギル、そうなのか?」
シャムが聞くが、
「……よく知らない。」
とぼやいている。ちょっとおかしいファンなのか。
椅子で小さくなっているリギルと対照にロン毛の男は超余裕だ。
「リギルくーん。お金貸してほしいんだけど。」
すごい偉そうにすごいことを言ってのける。
「お金………?」
アーツドン引きだ。
「…………。」
「リギル君大丈夫?」
フードに隠れて石になっているリギルをファクトは心配そうに見る。
「お兄さん、いくらですか?リギル君は今まだバイト代入っている状況じゃないので。」
リギルがかわいそうなのでファクトが出そうとする。早く去ってほしい。
「ウチのオカンが、こいつ、金はどうにかなってるって言ってたけど?僕は何?お友達?」
そこで、リギルが反射的にバッと乗り出した。
「おい!」
ここでよくしてくれるメンバーに、自分の家族のお金のことで迷惑は掛けられない。それぐらいの気概はリギルにも出来始めていた。正確に兄かは知らないが自分に兄が二人いることはさすがに知っている。
片方がモテることも。
しかし、その兄は自分の中で記憶もろとも封印したはずだ。封印が破られたのか?誰が封印を破ったのだ。
「なに?取り敢えず100くらいほしいんだけど。」
「100円?」
分かっているけど、ファクトはわざと聞いてみた。
「ああ?かける『万』に決まってんだろ?ねえの?だったら50でいいよ。」
「…お…おい。お前…」
「リギル君、なに?連絡先教えてよ。で、送って。」
と、兄が言ったところでサラサが怒る。
「ちょっと!ここでやめなさい!」
周囲を見てみると、第4弾のまともな家庭で育った雰囲気のメンバーが超ドン引いていた。
男はリギルの鼻先まで来てデバイスを押しつける。
「ロック解除しろよ。」
陽烏が動くべきが様子を見る。
「あの……やめてもらえませんか?」
と、ファクトもどうするか考えながら言ったところで……
サラサが本気で怒り、デバイスを差し向けた男の腕を掴んだ。
「やめなさい。」
「お姉さん、何言ってんの?家族の問題だよ?」
そこでサラサが一気に男の腕をひねる。
「あ!あた!あたたっ!」
男はねじられて座り込むも、ラサはその手を弱めない。そして、床に押し付け動けないように両手で制した。
「あてっ!マジ、マジ痛いって!」
やっと声がでる。
「ならやめる?それともここで拘束して警察に突き出す??」
「あー!お姉様離して…!やめっ!やめまっ…すから!!」
あっさりやめる男。見物人たちはサラサ、スゲーと思ってしまう。
「サラサさんもやっぱりファイターであったか…。」
満足に眺める妄想チームであった。
かたや男は先とは打って変わって大人しい。サラサにみっともなく捻られたのがショックだったのか。
「リギル……こいつ本当に誰か知らないのか?」
リゲルが聞くとリギルは何とも言えない顔をして、しばらくすると、
「兄かもしれない………。知らないけど。」
と、フードの端でグッと顔を隠し静かに答えた。本当はリギルもなんとなく気が付いてはいたが、精神が自動で彼の記憶を追いやっていたのだ。どのみち顔はうる覚えだ。
そうしてその怪しい男を床に膝立ちさせたところで、連絡を受けたチコがカウスと共に入って来た。
「チコさん。ミーティングルームに移りますか。」
「そうだな。」
サラサの言葉に頷く。こんなところでこんな男の話をする必要はない。
「待ったチコさん!」
すかさず意見を出すのは騒がしいので見に来たシグマ。
「なんだ?」
「この人大房民なんですか?」
「そうだよな?おい?」
チコが聞くと男はそうだと返事をする。
「なら大房の問題は大房で対処したいので、ここでお願いします。俺らの大房です!」
「は?」
シグマはただ何事か知りたいだけである。
「お前な。大房のバカ具合をバカでない皆さんにも公開したいのか?ただでさえいろいろあるのに。」
「見届けたいです!」
「僕たちは皆家族ですから!」
「人類皆、地球号の愛する兄弟ですから!」
第2、3弾の各地メンバーもテキトウなことを言う。第4弾もなんとなく居座ってしまった。
「出たい奴は出て行け。」
誰も立ち上がらない。
それからチコは何も言わずに席に座った。
「チコさん、コーヒー飲みます?」
「いらん。」
いらんと言っているのにファイはコーヒーを入れに行く。
「お前、ここに座れ。」
チコはそう男に向かって言って、リギルやファクトたちの横のテーブルを叩く。
「あ、どうも。」
ブロンド男は立ち上がってチコの向かいにコソコソ座った。
「蔚藍ランスアで間違いないな。」
確認すると男は頷いた。
「そうです。」
チコが指で指示すると、アセンブルスが動いて生体認証をさせる。
よく見ると河漢に行っていたユラス軍サダル組も帰って来ていて、サダルは端の方に座っている。サダル側近のメイジス、他にガイシャスやその部下もいて、なぜかファイは全員にドリンクを出していた。
認証して出てきた資料を見て間違いないとチコが頷く。
「ライミーありがとうな。」
ライミーがこの男を知っていて、急いで事務局に駆け付け、サラサがチコにも知らせたのだ。長男ローは河漢から帰宅中でチコも先まで河漢にいた。
「兄だ…。本当に兄だった……」
リギルが驚いているが、ギャラリーの多さに語尾が縮こまってしまう。
「え?お兄さん行方知れずだったの?」
陽烏が驚くも、知っている者は知っている。引きこもりとヒモ男でお互い数年面識がなかったのであろう。
ローの弟は、次男ヒモ男。末子は自室からは出られるがほぼ母親としか接触のない元引きこもりであった。ローは彼らをたまに家で見かけていたが会話はなかった。
「で、何なんだ?」
「あの……名乗らないって失礼じゃないですか?私、ランスアと申します。」
と、男がアナログな紙名刺をチコに出す。店名と仮名しかない。
「………。」
黙って片手で取り上げ。チコはそれを眺める。カウスが横から見ると、クラブラウンジの名刺であった。一般的に男女で話をする高級店だ。
「私はここの責任者の一人、チコ・ミルク・ディーパだ。」
「え?チコちゃん?!」
「………。」
みんな固まる「チコちゃん」?
「可愛い名前だね!何て呼んだらいいの?チコちゃん?チコ?」
「………。」
いきなり元気になるランスアに、凍った目を向けるチコ。
「それともミドルネーム?ミルク?」
「ミルクっ?!」
見物人たちの方が吹き出しそうになる。
「おっ、ミルク?めっちゃ可愛くない?!ミルクちゃんがいい?ミルキー?ミルティー?猫みたいじゃん?」
「ディーパで。」
「えー?!せっかくかわいいのに?チコかミルクちゃんでいい?」
非常に活きが良くなるランスアに、サダル側近たちは思わずサダルを見てしまう。ドリンクを入れていたファイもサダルの顔を見るが何もない顔をしていた。
「あんた敬称を付けなさいよ!」
そこで怒ったのはライミーだった。
この世界のクラブラウンジは、いろんな種類があって高級ホストかホステスのいる場所な感じです。




