61 ムギは素直な子
閑話です。
食堂を見渡してムギはみんなに聞く。
「シャウラは?」
「シャウラ?あいつ忙しいからもう会議室行った。リーダーミーティングがあるって。」
「シャウラに料理教えてもらいたいのに。」
「え??」
以前ムギがしょっぱすぎる目玉焼きを作っていたのを思い出す男子一同。
しかも普通の料理もできないのに、アレンジ料理だとティガがキムチ用に作っておいた煮干しと昆布と大根の超濃い出汁にシチューのルーを入れて、なんとも表現しがたい物を作っていた前科がある。動物の餌にすらなるのか、というひどい物であった。がんばって豚さんや虫なら食べてくれるであろう。
「………。」
「どうしたチビッ子。」
意外過ぎてウヌクが眼鏡を掛け直して聞いてしまう。
「料理ぐらい作れないと…。」
「ええっ?!!!」
一同重ねて驚きである。
「え?いいんじゃない?ここにいれば誰か作ってくれるし…。」
「いつまでも寮にいるわけじゃないし……」
「でも、まだ高校の間はいるよね?」
飛び級できる頭脳はないであろう。
「目玉焼きは味付けせずに後で好きなもん掛ければよくね?」
「まだ半生のいい感じの目玉焼き作れないし……。がんばらないと!」
安定した地域でしか食べられないので、少しドロッとした目玉焼きが好きなのである。
「………。」
最近のムギはおかしいと気が付いているファクト。
「シャウラじゃなくてもここ、料理作れるのいっぱいいるぞ。」
「俺もできる!」
ローも楽しそうに言う。一応ローも飲食店経験者である。自前で作ってはいないが。
「料理学びたいの?簡単なのから教えよか?」
そんなムギに、いきなり男が声をかけてきた。
「っっ?!」
ビビり過ぎる大房民ども。
乱入してきたのは、大房宿敵とされる第4弾常若メンバー。
大房が言うに雰囲気イケメンの二人である。女性たちの好みそうな、清潔感がありながらも、スポーツや家事ができそうなバランスのいい野郎どもである。
同じくバランスよく家事も運動もでき、乙女の根幹に何か来るサルガスやタラゼドと違うのは、爽やかカジュアル系だという事だ。こっちは男が好きな、男が対戦ゲームキャラ選択に選ぶ系男子なのに。
同じ爽やかイメチェンしたサルガスでも、雰囲気イケメンどもと並ぶと十分むさい。オラオラワイルド系がにじみ出ている。
が、奴らはツッパリをしていた親世代の鱗片も見えないほどクリーミー系だ。昔を知る大房民としては、路線変更せざる負えないほど、あのクリーミーな面をマットに叩きつけて覚醒させてやりたい。
「お前ら下らないこと考えるなよ。」
まともな誰かが教えてくれる。顔を見ているだけで考えていることが分かるのか。
丁度コーヒーを作りに来てこの場に遭遇した二人はムギに優しく聞いてみる。
「簡単な朝食?」
「………。」
ボーとその男子を見ているムギ。
「お兄さん料理作れるんですか?」
「俺、お店してるから。ちょっと友達に任せて休業してるけど、難しかったら最初はホットドックとかホットサンドとかは?」
「………それくらいなら自分で出来そうだけど…。」
いやいや、出来はしない。と、思う3弾以前。ナイフ使いなどは超器用なくせに、色がキレイだからとワサビペーストを入れてエグイものを作っていた。
なので大房男子はこう言ってしまう。
「そうだな。パンに挟むだけだし。教えなくてもムギはできる!」
大房男子、自分たちはどちらかと言えば世間に冷めた世代で、親世代のように常若と対立関係はないはずなのになぜか張り合ってしまう。こいつらが教えるなら自分たちが教えたい。ぽっと出の奴らに、和やかポジションを取られたくないのだ。
それでも常若お兄さんは優しい。
「そういう作りやすい料理に少しだけアレンジを加えて、そこから少しずつ料理をおぼえていけば?味付けの塩梅とか。ちょっとしたディップとか。」
「へー!」
ムギは嬉しそうに常若男子を見る。
「…なんだ?あいつら子供相手にヤバいだろ?」
切れるキファだが、ファクトは冷静に言う。
「別に本当に子供相手に教えている気分かもよ。」
しかしティガは言う。
「俺らみたいにチビっ子ムギから見ていないと、普通に女性を相手にしている感じかも。」
「?!」
ラムダはビビってしまう。ムギは不可侵領域である。明日、遂に南海広場に磔がさらされるのか。
「なぜ、ただ普通に親切心で教えてあげるという発想がないんだ?」
普通人リゲルはそう言ってしまった。
「でも、ムギちゃんはよけいなアレンジをしたがるから教えたところで無駄だよ…。」
ジリが的確に結論を言った。
「なんでチビッ子は最初に基本を作らないんだ?腹立つな。」
細かい性格のウヌクはムカつくのであった。最初は基本を守るべきである。
それをよそに即席料理教室は盛り上がっている。
「そうそう。ソーセージ焼いて…横でチーズ焼いて…。パンは焼き目が付かない程度にあぶるくらいでいいよ。」
「こう?」
しかも普段身勝手な行動をするムギなのに、なぜか常若男子の言うことはよく聞いている。味付けは支離滅裂でもヘラさばきは一流コックである。
「おー!ムギちゃんかっこいい~!」
無駄に盛り上がっている。
さらにムカつくウヌク。
「は?なんだ?あれ!」
「初めてのよく知らない人に、ムギちゃんだって無下な態度はとらないって…。」
「え?俺、初めからからゴミを見るような目で見られたけど?」
初対面、目が合っただけでウゲッと吐き捨てられたファクトとしてはその印象に少し納得いかない。
「そうそう。それで……」
「これ昨日、しゃぶしゃぶにポン酢で食べたらおいしかったの。ポン酢かける?」
ムギが聞くと、お兄さんたちは、
「ポン酢はそのままだとパンに水分が染み込んで普通に食べれなくなるから、今日は簡単にケチャップとかにしておこ。ここにソースあるけど何がいい?ここにあるのならどれでも合うよ。」
ソースやペーストが並べてあるコーナーを教える。
「これ。」
なぜか少し別コーナーの醤油系ドレッシングを指すムギ。よほどポン酢が気に入ったのか。
「それも液体だから……。酢は合うか分からないけれど、今度醤油もペーストかテリソースにしてあげるよ。」
「ほんと?おいしいの?」
「おいしいよ。楽しみにしてて。」
「今回は俺はこれをお勧めする。子供でもおいしい!」
そう言って一人がアボカドペーストを出した。どうやら子供という認識らしいと見ている方は結論付ける。
「そう?じゃあ、それにします。」
と、ムギは素直にペーストを付けている。
「今度、酢も風味付け程度に入れて見ようか。クロスはどんな料理にも入れるから、もしかして合うかもね。」
「はい!」
「何だそれは!納得いかん!!!」
ウヌクは遂に怒りだす。なにせいつもケチを付けられているのだ。ここで「昨日おいしかったもん。」と醤油ドレッシングをかけるのがいつものムギである。しかしムギだって、相手を先生と認識したら一応言うことは聞くのであった。
「わーい!お兄さんありがとう!!」
3つ作って早朝から出勤しているVEGAの女子事務局員にも持って行くムギ。
「またねー!」
「ムギちゃんバイバーイ!」
非常に楽しそうであった。
そして、主に大房民の方に向く常若お兄さんたち。
「あ、先輩。段取り持って教えたらいいですよ。」
と言って礼をし、作ったコーヒーを持って去っていく。
「…………。」
その場に取り残された、納得いかない古参大房民。
「何だあれは!!」
「感じ悪い!」
傍から見たら全くもって普通であるが、そんな事は関係ない。
「段取り持って教えても勝手なことをするんだよ!!普段は!」
「ムギが悪い!!」
全部ムギが悪いということで、話は収まった。
「はっ。あんたたち見た目のいい優秀な男どもが現れて妬いてんの?」
ここで、現れたのはファイ。
「感じ悪いムギに怒っていたんだ!」
「素直に話を聞きやがって!!」
さすがにパブリックスペースでは言わないが、イケメンでなく雰囲気イケメンだし!といろいろ言いたい。
「ムギ、いい子にして聞いてたじゃん。何がダメなの?」
「…っ!」
「??」
「自分たちが大人の言うことを素直に聞け、っていつも言ってるし。」
「………そうじゃなくて……」
「成長して素直になったんじゃん。」
「………えっと……」
「そうだな…。」
「そうだね。素直に聞いていた…。」
あれ?それって悪いことか?
「…………」
なんとも言えない大房民。そんな気もするし……もともとの話の観点が違ってしまった気もする。
話がすり替えられると、根本を忘れてしまう大房民単純チーム。だいたいムギはなぜ突然料理に目覚めたのだ。干し肉と山羊の乳だけで生きていけそうな顔をしているのに。
最初何の話をしてたっけ?と何かモヤモヤしながらも、今日一日を出発するアーツであった。




