5 二つ名はダンジョンベガス
「お前ら緩み過ぎだ!!!」
第1弾から3弾までのリーダー格メンバーを集めて、説教を垂れているのはチコである。
「………。」
一部のメンバーはなぜ叱られているのか分からず、とりあえず聞き入る。
しかし分かりやすい。
河漢から呼ばれて項垂れているイオニア。
いつも図々しいほどかったるそうに後ろで座っているのに、こめかみに手を置いて下を向くウヌク。
早退してでも来い!と、どやされ、会社に文句を言われながら出席したタラゼド。
そして、なぜかここに呼ばれて姿勢よく真面目に座っているムギ。
ドンッ!と机を叩くチコ。
「何が優先かよく考えろ!!」
「年頃の男女や、婚期の男女を集めるから悪いんです。」
カウスがぼやくと、チコにまたペッドボトルを投げられる。
「そんなもの会社も同じだろ!やっとできた団体がそういう理由でまた解散してもいいのか?!」
「えっ?それは嫌です!!」
泣きそうなカウス。「カウスが創設に関わる団体。いつも痴情で解散」を定例にはしたくない。
何だこれ。と見ているサルガスやタウ、シグマたち。
ちなみに、サルガスの結婚や、イオニアが地味女を切なく抱きしめていたことは、大房で密かなビックニュースになっていた。そこに一部で有名なタラゼドまで来て地味女を介抱。前はきつい性格だったキファも地味女の小犬みたいになっている。
しかもあのパイが、ベガスの女番長に説得されて専門学校にまで通っているのだ。高校をほとんどサボって、補講の補講で先生を泣かせて卒業したのに。
なおかつ、ティガが調味料会社共同経営の片側の社長になっている。
さらに永遠の童貞、恋人はRⅡと男子の間で知られていたヴァーゴが、もうすぐパパになってしまうらしい。彼女いたことない、彼女なかなかできない男子たちのオアシスが、本物の桃源郷に行ってしまった。
その上、パイが「ベガス到着の、一番最初に異世界闇の帝王ラスボスに会ってしまった!そんで、また呼ばれて暗黒法王に脅され、その後に顔だけは自分も負ける金髪中身破壊王に学校行きにさせられた!!」と、言いふらし、「最初に三帝王を攻略してしまった。自分チート。破壊王も私に頭を下げて頼んだ!」とさらに騒いでいたのだ。
意味不明で話題にならないわけがない。
『ブラックホールベガス』『ダンジョンベガス』『ギルドベガス』『ジョブチェンジベガス』と大房は盛り上がっていた。
恐るべしベガス、ちょっと行ってみたいベガスと有名になっても、入出管理があるので簡単には行けない。今までバカにしていたのに、出入りの履歴が残るのだ。
チコは続ける。
「とにかくお前ら!気を引き締めて、何かあったらすぐに報告するように。ベガス内で付き合う場合は相手が誰か報告もするように。」
彼らを管理する意味で言っているのではない。知っておかないとトラップに使われることもある。いわゆる、緩いハニートラップだ。精神の緩みや後ろめたさを作らされるのだ。霊に引きずられる場合もる。
「………。」
そして、もう少し加える。
「前にも言ったが、変化のある場所、成長していく場所はある意味たくさんの人間や霊が集まって来る。自分個人の魅力が上がるだけでなく、その背後にある全てのものが関わって注目を始めるんだ。」
自分が成長しただけ、人が惹かれてくるのだ。そして自分も新しい価値観で人を見つめ始め、世界が動き出す。変化を見極めていかなければ、良いものも悪いものももたらす。
「そういうものをコントロールするのは、修行した僧でも難しい。むしろ高みを目指すほど色沙汰は付きまとう。でも、全部塞ごうとするのも逆効果だ。人間の本質だからな。
ユラスでは必ず相談役がいて、未来をどうするか、それがどういうものか話し合って方向性が揺るがないようにしていくんだ。分かっていればこちらも、霊性の守護を作ることができる。
不倫、浮気、奪略、性犯罪は全部ダメにすることもあるから…。
結構面倒なのが、やたら身内や仕事相手の男女にあっちこっち手を出すのもいることだな。なるべく、そういうのは面接で省いているが、仕事や共同生活をしていると、そう変化してくる者も時々いる。気を引き締めろ。自分にそういう思いがあったら隠そうと思わず言えばいい。」
「……はい。」
「………あと…。カウスがいろいろ話したらしいが、カウスの例よりエグいの、いろいろ知っているが聞きたいか?」
「っ?!」
『傾国防止マニュアル』である。
それは聞きたくない、と思うメンバー。あの事例よりエグいって、人としてもう末期である。シグマだけは「聞きたいっす!」と楽しそうだが。
性犯罪と聞いて、ムギに見惚れてしまった自分に頭を抱えるウヌク。見た目は別にタイプではないのになぜ。
「………。」
そんなウヌクをチコとカウスはジトッと見つめる。
「あいつは分かりやすくていいな。」
「内面隠せそうなタイプなんですけどね。本人イレギュラーな事態なんでしょう。」
***
そして、その後また全体ミーティングがある。
講義はガイシャス。
先の話を砕いて話したうえ、移民、宗教、民族の違いをもう一度説明する。女性に手を出したことで、本国だと暴動に発展することもある。
「……これだけ男女がいる環境なら、何かない方がおかしいが順序を弁えろ。そして、外部で付き合っても、アーツの看板を背負っているなら絶対に二股、不倫、浮気はするな。身を亡ぼす可能性が高い。小さいことを理由に揚げ足を取ろうとする者も多いからな。」
「………。」
時々デバイスに目を落としながら、ガイシャスが説明を続ける。
「既婚者も何人かいるし、第4弾でも入って来る。夫婦関係に不満がある場合も、話せる人間に相談してどんな形でもカウンセリングに繋げろ。性関係の話でもいい。旦那の出張中に関係が壊れる場合もそれなりにあるからな。」
「…………」
嫌な話である。本来大房民が一番好きな話なのに、人生の破滅話に直結するとは。
ユラスは幼い頃から貞操教育が徹底しており、かなり対策を立てているため、他の国より仕事によって夫婦関係が崩れることは少ない。霊性が高いため、離れていても相手を感じ合える者たちも多い。
それでも軍は長期出張も多いし、全く不貞がないわけではないのだ。
そうなると、よほど片方の信仰が厚いか、よほど愛されていなければ関係を修復することは難しい。
霊の中に絡まった夫や妻の不貞相手が見えてしまう者もいる。
男女の思いも、性も複雑だ。
誰にでも内在し、身近であるがゆえに、時に戦争よりも人を滅ぼす。
豊かなダークブロンドの髪を揺らしながら、大人のグラビア誌の表紙に出てきそうな美女が話すので、男子は実感せざる負えない。
「講師自らその危険性を体現している…。」
「あれで4人の子持ちの人妻らしい………」
「フェクダさん、よく数年離れていられましたね…。」
「まあ、ユラスは近いし。」
軍服で体型までは分からないが、かえって想像してしまう。
「とにかく相談だ。秘密にしてほしいことは守るし、基本同性の相談者を付ける。移民に関わる場合の文化や内情も教える。西アジアも場所によって、アンタレスとはだいぶ事情が違う地域もあるからな。相談、報告ということを忘れないように。」
先の流れで、そのまま真面目にちょこんと座って話しを聞いているムギ。
「…………。」
ファクトはそんなムギをじっと眺めてしまう。
言葉も汚いし、怒りやすいし子供みたいで。でも、ファクトが知る中で、誰より大人でもあった。
小さな体で大陸を駆け回るムギを支えてあげたいと思う自分がいる。
永遠の森でムギをすくい上げた時………
あの針葉樹の渓谷だけでなく、ムギの願う全てを解放したいと思った。