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ZEROミッシングリンクⅥ【6】ZERO MISSING LINK 6  作者: タイニ
第四十八章 止まっているのか進んでいるのか

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52 他の人を?



「結構いいマンションなんだな…。」


家の中を見渡してお兄様は驚くしかない。いくらベガスでもファミリータイプだ。初期の本当に都市ができるのか……という段階ではあったが、ここは後期の良質物件のリノベーション。外観もアンタレスの新築マンションと変わらないレベルだ。3DLKなら当時でも4千万から5千万はするだろう。

「これ……買ったのか?」

「………。」

一括で買ったが答えない。

「もしかしておじい様が買ってくれたのか?」

「……違います。」

祖父は響びいきであった。


「タラゼド君と住むために?!」

「違います!!」

一室は資料室、一室は作業部屋、一室は寝部屋だ。そもそもこの物件を買った時はそんな思いすらなかった。結婚したらその内アンタレスの住まいにできるとも思っていたが、相手がいなかった頃の思いだ。

「サイコスターってそんなに儲かるのか?」

「…病院のインターンでも儲けています。」

これまでの病院のインターンだけでは買えないが、医師のインターンに入ってからは給料も違う。

「…………。」

お兄様の顔を見る気には全くなれない。


「タラゼド君に告白したのは本当か?」

「ふん゛っ?!!」

咳き込んでしまう。


ここでやっと少し振り向いて話してくれる。

「何で知ってるの?!!」

「………」

「誰から?!」

「誰?」

「誰から聞いたの?」

「本人から聞いた……。」

「…?!」

やっと顔を上げた響は真っ赤な顔をしている。

「…うそ……。」

「……」

「…なんで?」


「響とお付き合いしたいので…よろしくと言ってきた…。」

「…………。」

固まってしまっている。なぜお兄様に…。


「…響のことを責めないでと…。」


なんとも言えない思いになる。いつの話だろう。あの、話がしたいとタラゼドにメッセージを送る前だろうか。

「……思ったより軽い感じでイラついたんだが…。

でも普通、お互い大人なんだし好きに付き合えばいいだろ?わざわざ自分に言ってくれるから…」

きちんと、親族も含めた未来を考えたいということだ。良家のお嬢様。大房のようにはいかないと思ったのか。


響は何と答えていいか分からない。


お兄様は頻繁にベガスに出入りしている上にあれこれうるさいし、タラゼドたちと飲み仲間になってしまったので、避けて通ることもできないと思ったのだろう。しかも株式会社サイファークリアの、ベガス支社の支社長になるかもしれないらしい。サイファークリアは他の大手がいるためアンタレスにはこれまで進出していなかった。しかし、空いたベガスに先行。この勢いで河漢に。そうすれば東アジアにも入れる。


「……」

あれから響はタラゼドに会っていない。


けれど、今はそんな気分にはなれない。これが反対の立場だったらどうだろうか。懇意の相手がいながら、自分に好意のある別の女性の教育担当をするなどありえるだろうか。響も、自分以外にこのサイコスが使える人間がいたら他人にお願いするだろう。



それに、シェダルの人生はチコと紙一重だ。


何もかもがチコに似ていて、そうでありながら紙一重で何もかもが正反対になっている。


同じ母に生まれ、おそらく何かが正反対だった父親。

同じ兵士でも多くの人に(かくま)われたチコと、孤立したシェダル。

同じように強化ニューロス化をさせられ、けれど放置されたのはシェダル。

ガチガチに位置を固められた姉と、どこにも所在がなかった弟。

正規の訓練を受けたチコと、コントロールできない力と体を抱えた彼。


女であったチコと………一線が必要な彼。



そしてチコの実の弟。



出会った時に二人は同じ顔、同じ目をしていた。

同じ表情の抜けた顔をして、同じ目の底のない瞳。


放っておけなかったし、今シェダルを持って行かれたらサイコスターの世界も危険になる。彼は無意識層も行き来できる。そこは世界の全ての意識層と繋がっているのだ。つまり、全ての人と。普通の人はそこで記憶や自己を保てない。無意識層なのだから。

でもシェダルは違う。


危険だ。


出来ることは、シェダル自身の方向性を変えていくことだ。



だから誰よりも気になる存在でもあるのだ。個人としてだけでなく、でも個人としても。


逆に今シェダルに何もしなかったら、そしてもしシェダルがまたギュグニー側に行ってしまったら……


一生そのシェダルを抱えていくことになる。

二人の心理層の中で………。




「響?」

お兄様が触れてはいけないものに触れるように覗き込む。


「…私……。やっぱり、タラゼドさんとはしばらく距離を置こうと…。」

「…っ?」

は?という感じのお兄様。

「………」

妹は目を合わせない。

「…響?」

「…………。」

「タラゼド君には言ったのか?」

「…まだだけど…。メールは送ったから、悟ったことはあるんじゃないかなって…。」


お兄様は妹の言うことが信じられない。

「…近々言わなきゃとは思っていたんだけど……。」

「…理由は?やっぱり迷ったとか?」

「…そうかも…。今は……タラゼドさんのことは忘れていたいの。」

相手も真面目に考え、お兄様も悩み、響に対してきた態度を改めなければと己に言いきかせてここに来た。

いつもなら大房の人間との付き合いをやめるならそれでよかったと思うのかもしれない。けれど今回ばかりは納得いかない。


「…それはちょっと……。曖昧にしたのは不誠実じゃないか?」

それはそうだ。結婚前提でのお付き合いを頼んだのに、お互い忙しいのを口実に曖昧なメールを送って放置している。

「だから………タラゼドさんには今度話します…。」

「今度っていつ?あいつが何かしたのか?」


響は何も言わずに首を振る。


こんなこと今までの響にはありえないことだったので考えもしなかったが、お兄様は気が付く。ここでは響は非常にモテると聞いていた。

「もしかして他に気にある男ができたのか?」

「…っ?」

驚くので、お兄様も驚く。まさかホントに??


当たってはいないが、完全に的外れてもいないので響は答えに詰まってしまう。


仕事と割り切っていれば全ての動揺を隠せるが、響は少し混乱した。

「響?」

「……」

「そうなのか?!」

強く出てしまうお兄様。

「違う!」

「響!!」


お兄様は同業者の地域把握のために、ベガス総合病院や藤湾学校錬にも出入りしているので知っている。響はベガスだけでなく倉鍵の医師からも藤湾大の先生たちからも、あからさまな好意を寄せられていたらしい。いくらでも選べる環境なのだ。

響に限ってそんなことに揺らがないと思っていたが、響もただ虫を追いかけているだけの年齢ではない。そして、周りもそうはさせておかないだろう。取り巻く世界も一人旅をしていた頃の響とは違うのだ。


「………響。」

正直それが本当なら、少なくとも今この場では許せない思いになる。誰かに揺らぐ程度の決意ならもっと待てばよかったのだ。そしてお兄様はタラゼド含む、ゼオナスやベイドなどアーツのメンバーとは多少の縁もできている。響に対する思いだけではないのだ。


響に言いかかろうとして、自分を制する。これでは今までと変わりない。今まで以上にこじれてしまう。そんな気がする。


けれど、今までで一番許せなく動揺している。




響は既に、あれから2回、シェダルの心理層に入っていた。


そしてシェダルも、明らかに変化していた。




***




「納得いきません。」


謝れと言われたタウは、事務局でチコに食い下がった。

「もう謝ったし、これ以上無意味に謝るなんて納得できないです。」


「でも、あのコミュニティーには謝っていない。タウの言った言葉はあそこにいたみんなが知っている。」

そこまで大きな声でなかったことも、動画で拡散された。

「それに関しても謝りました…。」

「だから、全体に謝れ。」

「……。」


言いたいことは山のようにあるが、既にチコには言ってある。それでも謝れと言われた。

「ここはアジアだ。何でも謝ればいいわけではないが、それでも謝罪には意味がある。組織として社会的不安を煽ったことへの責任もある。アンタレスは大房の雰囲気も知っているからな。あれがアーツだと印象が付く。」

「………。」

「あとなタウ。前にも言われただろ。何でもかんでも怒るな。」

「…でもっ。」


あまりにもたくさんのことがあった河漢だった。いつまでも南海広場を出て行かない移民のじじいどもが憎らしい時もあったが、それが比にならないくらい河漢はめちゃくちゃだった。


「怒ってもいいい。でもまず内部の対等な同僚か上官に怒りをぶつけろ。この時代でもまだマスコミは8割左傾だ。世界が割れる原因になる。国や行政、自分たちの反組織のしたことは民間の何十倍も責める。これが大房で、これがベガスだと思われる。」


前時代の東アジアの一部は9割5分以上。つまりほとんどのマスコミが左だった。下手をすれば大手は全部だ。


これがややこしいのは、聖典知識がないので、自身で何が左で何が右か判断できない人間があまりに多かったのだ。左自体が聖典信仰への怨みから出ているので、真の聖典を知らなければ見抜けない。


あらゆることを受け入れ、浄土的な信仰が広がった東方アジアには、自分たちは中立でまともだという人間が多いが、真の中立は個々人に聖典の知識がなければ知ることはできない。なぜなら、そこから無神論自体も始まっており、正統宗教そのものにも左が入り、世で言う中立はだいたい左か右に偏って広まっているからだ。

そうなると、無信仰や天尊を失ったこと自体が既に左だということも分からない。それが左傾の最終目的の一つだからだ。右も左も中立も、とても筋が通った正当で自由で良いものに見え、見分けがつかないように世俗に身を潜めているのだ。


河漢の今回の住民は左傾とも無信仰者だともいえないが、不満をエネルギーにしている時点で、既にあらゆるものに利用されている。



「こっちが真摯に……紳士的姿勢で行くしかないんだ。一回一回怒りや思いを相手にぶつけている余裕はない。」

「……でも、そんな事をしていたら、向こうのやりたい放題じゃないですか。こっちだって人間です。」

「そうだ。それでもだ。ユラスでは多少の口の悪さは、なんか溜まってたんだな程度で許されるし、大房もそうだろうが、そうじゃない世界の方が多い。」

「あいつらだって、汚く人を罵っています…。」

「それでも我々は公人で立場がある。」

「こっちが公人だったら、向こうは好き勝手して何のお咎めもなく?!」


「タウ。今は向こうの話じゃない。こっちの話だ。」




それに、このことで第4弾に小さな亀裂が入っていた。


元々アウトローなことが受け入れがたい、いわゆる中間的一般層や中流層が今アーツには多く入っている。

アーツなどの一部流出した動画が、藤湾大のベガス外部生から広がり、さらに試用期間のアーツにも広がっていた。大房は少し荒れた地域程度しか知識がない若者たちには、いくつかの乱闘事件が受け入れがたかった。タウに犯罪歴はないが、それでも全体は違う。過去に何かをしてきたという人間に対し、嫌悪感も生まれてきている。人は更生などできないと。


ベガスには信仰的で篤実なユラスや西アジア人のイメージがあったし、アーツ加入の際に移民地域だからと周りに反対されてもそう乗り切って来たのに、そのギャップに悪印象を持ったのだ。


裏切られたような。



第2、3弾も同じ立場だが、彼らは慣れているし既に移住や河漢に関わっている者も多く、現場がどれほど大変か知っている。自分たちも全く思い通りにいかない現場に出会い、それでもスケジュールを進めなければならない案件は、未熟でも動かしていくしかない。住民や各行政、組織との衝突も多く経験し、一度くらいは「こいつら…」とか「クソったれ!」と言葉なり心なりで言ってしまった経験もある。仲間うちでもだ。


でも、その代わり仕事を放棄しないでやってきた。


けれどまだ卓上の知識でしかなく、地域創生に関し理想が大きいメンバーには反発心が生まれていた。




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