51 謝りなさい。悔しくても。
「……………っ。」
ここ1年以上河漢民に付き合ってきたタウは何かが限界に来ていた。
タウやサルガス、シグマ、ライブラたちはとくにめんどくさい地域を担当している。
シャウラたちは現在アーツ第4弾を見ていて現場にはほとんど来ないし、仕事の規模が大き過ぎてアーツもVEGAも力が分散されていた。
ここらの質の悪い者たちからも住民を保護し、ギャング的な者たちから暴力を受け怪我人を出しながらもどうにか説得を続け、話の通じない人間を煽てて動かし、必死になって一先ず、河漢住居と『東海』をはじめとする3地区を形にしてきた。
正直まだ仕事は多く、この住民たちの面倒をいつまでも見ている訳にも行かない。こっちはカスタマセンターではないのだ。カスタマでさえ、目に余る者は通報したり警告を言い渡す。
なのに………、こいつらがまともな住民と一緒に暮らせるわけがないのに………それは既に一度思い知っているのに………
「…………。」
遂にタウの中で何かがブチ切れ………
そして事件は起こる。
タウはさらにタウを煽って来る男性住民の胸倉を掴み、
「黙れ低能!」
と脅してしまった。しかもそれでも喚いているので「クソ野郎」と数回胸倉を前後に揺さぶってしまった。気が動転したのか住民は失神。
そしてその後、首に後遺症を訴えたのであった。
この出来事は動画が残り、タウの顔は解析できないように別色も入れてぼかしてはいるもののそのシーンだけ切り取られ拡散されてしまった。顔がぼかされたのは、たとえ犯罪者でも勝手に広めると犯罪になることを知っていたのと、タウの頭から血が流れているのを見せたくなかったのだろう。住民側の暴力が残ってしまう。
実際のところ、精密検査でも霊視でも住民男性の首に異常は見られなかったが、痛いと言われる以上仕方がない。
この件でまずかったのは、あくまでこちらは行政の仕事でありタウも団体職員であり、武術武器系の一連の資格を有していたことだ。そして、誰の投げた物がタウの頭に当たったのか、男性も物を投げていたのかも分からない。もしかして無抵抗の人間を脅したということになる。
無抵抗と言っても、言葉の暴力を除けばだが。もっと言えば、住民のタウへの煽りを暴力としなければだが。
タウはしばらく謹慎になり周りも同情したが、もっと納得できないのはタウ自身であった。
***
「はあ……。最高にムカつく。」
ここはタウの自宅。
「怒っても謹慎だからね……。」
「ファクト、なんでそういうこと言うの?ダメだってば。」
「今議長がいて怖いからさ、受け入れるしかないよ。怒っても怒られそうだし…。」
「議長はもうアーツやベガスの責任者じゃないだろ?これ食べてよ。新作のチーズインチーズ・オンチーズだよ。」
「俺はお前らみたいに、チーズ狂じゃねーよ。」
うるさい男どもにタウが怒る。
「一児の父がそんな言葉使いしたらダメだよ。」
「…お前ら。マジで何しに来た?」
タウがさらにキレそうだ。ファクトにラムダ、リゲル。そして、コンビニ食を手土産に持ったジェイがタウ家に遊びに来たのだ。タウを励ます会である。
今日は公休日なのでターボ君も家にいる。リゲルは話に加わらずひたすらターボ君と遊んでいた。
「これターボ君にあげる時は串抜いてね。」
「え?あんな赤ちゃんこんなの食べれるの?」
「食べられるよ。俺、前に事務局でチーズフランクフルトあげたけどイータ怒んなかったよ。」
「見てなかったんじゃないのか?食べられないよ。」
「食べるよ。前食べてたよ。」
「もう赤ちゃんじゃないよ。幼児だろ?」
「え~?でもまだオムツしてたよ??」
「あ~!!!うっせーなっ!!!お前ら!!!!」
「ひぃぃぃっ!」
普段激怒の直接対象にならず、陽キャが怖いラムダがタウの怒りにビビる。ファクトがいなければジェイとラムダはここには来なかったであろう。
妄想チームにとって、ABチームはほぼ無条件陽キャ扱いである。パリピ陽キャレジェントは、シグマ、キファ、ロー。2、3弾にも陽キャナシュパーなど強者がいるが、チコやエリスにもスレスレまで調子に乗るのは主に第1弾であった。第2弾ウヌクは陽キャ異種単独型と言われている。実際はどいつもこいつも単独行動型で、あまり群れない。
ただ、実際の世の中で陽キャと言われるのは、何かを極め過ぎないバランスよく世をまとめている、BCチームあたりである。あの常若雰囲気イケメンどもや、爽やかそうで何気に積極的なアストロアーツ5代目店長ジジェなどであろう。程よく世を掌握しうまく世渡りしている。
なお、サダルにまで調子に乗っているファイはいつか粛清されると言われている。ユラス人でさえ最側近とカウス以外は距離を置いている人物なのに。
カウス、どこまでもウザい。
「みんなサイダーがいい?お茶?」
末っ子を寝かしたイータが横の部屋から出てきた。
「あ?こいつらは水道から水道水でも飲んでりゃいーよ。」
「あ、イータ姉さん。サイダーで。」
「ファクト、貴様いつか締めるからな…。」
仕方なく自分でみんなの分も取りに行くファクトである。缶だが。
「ムカつくって言ってもさ、みんなタウのこと悪く思ってないよ。」
揉めにも揉めた河漢35地区の話だ。ファクトも河漢を行き来するだけでなく、今となっては担当しているのでイラつく気持ちがよく分かる。
ジェイもコンビニの河漢営業に付き合わされているので、移民ベガスの中でも質の悪い層より、そこらはさらにヤバい地域と知っている。防犯対策のある完全オートの店以外は、万引きや占拠を防ぐため店舗無人にも出来ないのだ。
河漢民はほぼ不法占拠なのに縄張り意識が強く、話しも通じない。自分の意見以外通す気もない。
面倒なのは、それでも河漢民は立派なアンタレス市民ということだ。不法滞在と確定しなければ、移民のように強制送還も退去させることもできない。確定しても逃げ回っているが。
不法占拠でもそうなので、自分たちの法的な場所を有している者たちはもっとこじれている。かなり安い税金など優遇されているのに、払っているその税金年間1万円でさえ恩を押しつけてくるのだ。商売までしていれば、本来はもっと税が掛かるのにどうごまかしてきたのか。その上、支援金も貰っている。
そういう者たちは同じ河漢のまともな層には何も言わず、わざわざVEGAやアーツに文句を言うのだ。
ただでさえアーツから見たらムカつく奴らなのだが、これを責任者として受け止めるとまた重みが違う。もちろんこういうのも巨大河漢民の一部ではあるが、彼らの声がデカいためそこに追随してしまう者もどうしてもいる。
「あいつら、何をしたら満足するんだ??」
「満足なんてしないよ。まあ、大して働かなくても芳醇な生活が保障されれば大人しくはなりそうだけどな。」
「一回あの味を覚えた上にさ、隣の芝が良く見えたらもうダメだろ。」
「~っ。」
言いたいことが多すぎるが、タウは言葉がもうまとまらない。
「河漢でも移住地域はかなりいい環境なのにベガスに行きたいって…。自治区域が違うの知らないのかな…?」
「その意味、分かってないんだろ。」
与えられた生活義務を果たすならともかく、そうでない者も河漢には多い。全体的には若者以外の凝り固まった層が問題だ。そしてベガスはアンタレスでありながら、いわゆる別の州のような扱いである。一般のアンタレス住民ですらベガスには普通に移住はできない。河漢からベガスに移った者は、生活教育などに関しても一定の条件にクリアしている。
タウが押し黙ってしまう。
「………」
「……謹慎があけたらどうするの?」
「…………」
「移動?一旦他の地区に移った方がいいよ。」
「…………。」
「………謝れと言われた…。」
空気が固まる。
「え?」
「暴言、怪我や失神に関しては謝ったんだけど、本人とあの地域にも正式な場で謝れと…。」
「………」
みんな声に出さないが、うわ~と思う。
「謝ってあの地区に戻れと言われた…。他に移っても河漢を担当する限り同じことは起こりやすいし、そうでなければ謝った後にベガスか外部営業に異動になるって。」
「………気持ちを切り替える意味では異動はいいとは思うけれど…。」
なんとも言えない思いになる。それか、タウの能力なら河漢の若年層を引っ張って行きやすいかもしれない。若い人材の多い場所に移るか。
「……でもさ、向こうは謝ったの?」
タウとの直接の会話には加わらないラムダだが、今日は疑問に思って思い切って聞いてみる。
向こうも暴言、暴力を振るったのだ。タウもケガをしている。
それ以上の問題だ、本来なら。
「……あっちは謝らないよ。」
イータが初めて意見を口にした。
「内容関係なく謝らない。」
「大房のうちのオカンたちの層と同じ感じでしょ。彼ら。自分たちが悪いとは思ってないよ。良心はどうだか知らないけど、少なくともあの中心にいる人たちは本当の良心なんて考えないよ。自分の思うことが良心だと思ってる。」
「………。」
イータの母親は子供の全部を吸い取るような親だった。そして子供の話は全く聞かない。いつまでも被害者。自分が加害者などと考えたこともないだろうし、考えもしない。そう思っても被害意識が上回ると思っている。
イータの親がおかしかったというだけでなく、全体としても今の20代30代の親世代にそういう層が多いのだ。大房の30代終盤から60代だ。
「……………。」
あの辺のめんどくささを知っている大房民。誰も何も言えなくなる。謝ったらさらに調子に乗るし、そうでなければずっと喚く。
「…なんでこれ以上謝んなきゃいけないんだよ………。」
顔を見せずに悔しそうにタウが言う。
それでも、『低能』と言ったタウの言葉は広がってしまった。タウだって河漢民全員に言ったわけでない。あの集団たちとあの男に言ったのだ。でも世間的にはそうは思われない。とくに切り取られたあの動画では。それに、周りにいた者も自分たちが言われたと捉えるだろう。
くやしい。あの動画はずっと残るだろうが、タウは河漢事業の開拓側で最も尽力してきた一人だ。20万人移住計画業務実行者のであるのに、その働きはどこにも映らない。
「……あのさ。自分に謝るんだよ。不甲斐なかったって。」
ボソッとジェイが口にした。
「はあ?あの状況で…」
「タウ、しっ。」
あんな状況で不甲斐ないと言われ腹が立つが、反論しようとしてイータに止められる。
そんなイータを見て続きを話し出す。
「あと、あの男じゃなくてさ、真面目にしてきた他の河漢の人に。それから、内容関係なく起こってしまった騒動そのものに。そう思うしかないじゃん。」
ジェイが仕方なさそうに言う。
「…。」
タウは何も言わずに膝に顔を埋めて押し黙ってしまった。
***
夜。
ベガスの小さな商店街の近く。
インターンからマンションに帰宅した響は、エントランス前で待っていた人物に思わず固まる。
黙ってUターンしようとしたが遅かった。
「響!」
「来ないで!」
「…響!待て!」
それでも逃げようとする響に男は大声で叫ぶ。
「タラゼド君と話をした!」
「?!」
「…」
響のお兄様である。
固まってお兄様を見つめる響。
暫く黙ったままの二人は、しょうがなくマンションに入った。




